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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
7/27

1-7

「エナちゃん知ってるの?バン・ヒモゲイトー」

 ヒクイにエナガは自信なさげに頷いた。

「多分、クラスメイトです。めったに学校こないですけど。頭のいい人です」

「十六歳でここら一帯の不良をまとめているボス猿さ。ハーリキンは観光客を狙ったスリや盗難をするグループが多いが、バンが顔をきかせはじめてからは、そういう奴らが目に見えるように減った。警察でも扱いにくい子どもだよ。けど、仲間意識は異常に高い。お前らに報復にくるぞ」

 ニオが忠告をする。アトリは鼻を鳴らした。

「俺らはぶつかってねぇよ。追いかけてきた奴らがやったんだ。車が炎上したのもあいつらがランチャーをぶっとばしてきたからだよ。俺らは命からがら車から飛び出して逃げたんだ」

 アトリは少しずらした嘘をついた。

「本当に?」

 踊り場でルリがヒクイに首を傾けてたずねた。ヒクイは青い瞳を優しく細めた。

「小さい悪事は、大きな悪事に肩代わりしてもらえばいいんだよ」

 エナガはぎょっとした。ヒクイは、優しい物腰の中にがめつさと残酷さが見え隠れしている気がエナガにはした。人を見かけで判断してはいけないと、エナガはつくづくと思った。双子はヒクイのことを、嘘吐きだねとくすくす笑い合っている。ヒクイはそれを楽しそうに見守っていた。

「サンシ橋の近くに俺が住んでいるマンションがあるだろう」

「まだあの苛立ちマンションに住んでるのかよ。蛇口ひねったら何分で水は出てくる?」

「七分だ」

「俺がいた頃より三分も増えてるじゃねぇか。引っ越せ。そのうち頭おかしくなるぞ。いや、もうなってるか」

 ハイスクールを卒業したアトリは格安につられて、ニオと同じマンションに引っ越したが、あまりの不便さに一週間で引っ越した。ニオは忍耐強く、寛容というのともまた違い、便利にこだわらない男だった。ニオは七年もそのマンションに住み続けている。そういう神経的な部分でもアトリとニオは正反対であった。

「マンションの隣にコーヒー屋がある。そこでコーヒーを注文していると、爆発音が聞こえた。コーヒーを受け取って店を出れば、橋の向こうに走って逃げていくお前らが見えた」

「逃げたんじゃない、避難だ」

「そして目の前を黒い車が走り抜けていった。一瞬だったがな。昨日、捜査資料を穴が空くほど読み込んでいたから、すぐにわかった。運転していたのは時間教祖、タイムの側近のオークロだ」

 アトリがまだ顔を見てない方の男の名前だった。

「助手席にもうひとり乗っていただろう。褐色肌の黒髪で、こっちの耳に揺れるでかいピアスをつけてた」

 アトリは自分の右の耳たぶを親指と人差し指で掴むとひっぱり、揺らした。

「そいつは知らん。けど、オークロがハーリキンに現れたってことは、時間教を取り戻しに来たか。それか、不可解な出頭だったしな、捕まったのも計画のうちかもしれない」

 アトリは推測した。ハーリキンというタイムマシンを使って、タイムトラベルをするつもりで、時間教がわざわざ捕まったのは、自分に注目を集めて、オークロたちが行動しやすくするためだろうか。それにしては大胆な派手な行動だった。アトリが黙り込んで考えている様子をニオは怪しんだ。

「なぜ追いかけられていた?」

「知るかよ」

 アトリはエナガのことはいわなかった。けれど、ニオはお見通しとでもいうように階段の方に目線をやった。そして再び、アトリに視線を戻す。

「三日待とう」

 ニオの譲歩はアトリにとって予想外であった。

「三日だけ、お前らとあの時間教の関係を見逃す。だが、三日経って、こっちがオークロの身柄を確保できなければ、吐いてもらうぞ」

「勝手な都合だな。仕事しろ、仕事」

「優しくしてやってんだ。この街にお前らの味方は多いからな」

 ニオはイエの方を見た。イエはとぼけたように両手をひらひらさせた。

「朝からお騒がせしました。失礼します」

 ニオがハルガヤ家を後にする。

「見逃して貰えたようだね」

「馬鹿いえ。タイムリミットをつくっちまった。のんびりするつもりもないけどな」

「館長さんは置いていきな。ちょうど夏休みだ。子どもたちが面倒を見てくれる」

「ありがとう」

 アトリは階段をのぼると、踊り場の前で立ち止まり、エナガの顔をのぞいた。

「聞こえたか?」

 エナガは頷く。

「館長はここで預かってもらおう。俺たちは移動だ。どっかいい場所はないか、ヒック?」

「五時通りと六時通りの間に、最近別宅を借りた。ここからそんなに距離はない。油断はできないが」

 ヒクイが別宅を持っていること知らなかったアトリはけっと吐き捨てた。

「儲かってることで」

「あんたら、これ」

 イエが踊り場までくると、白いキャップをエナガに、黒いキャップをアトリに渡した。

「こっそり行くなら、見た目を変えた方がいい。アトリの髪は目立つからね。ヒックもサングラスかけていくかい?旦那のがあるんだ」

「じゃあお言葉に甘えて」

「あの!」

 エナガがキャップを掴んで立ち上がった。

「あの、えっと、ご迷惑かけてすみません」

 声が裏返り、エナガは顔を赤くする。イエは清らかな笑い声を階段に響かせた。

「可愛いね。大丈夫だよ、生きてたら迷惑はかかるもんさ。館長さんのことは安心して任せなさい。館長さんに声かけていってあげなよ」

「あ、はい。ありがとうございます!」

 エナガは客間に戻ると、チャボの元へ駆け寄る。チャボは座ったままだった。その姿は頼りなさげだったが、エナガにとっては唯一の頼りにしている家族だ。チャボは腕時計をはずす。裏には、「4-35」と番号が彫られていた。

「エナガ、腕を出しなさい」

 そっとチャボにエナガは左腕を出した。白く華奢な手首にまいた。いちばん小さくしてもエナガの手首にはぶかぶかだった。

「これはシジューからプレゼントして貰った腕時計だ。時間は少しずれているが、お守りの代わりに」

 エナガは腕時計を大事そうになで、チャボに抱きつく。

「心配しなくていいから、おじさん」

「心配するさ。気をつけるんだよ」

 チャボは娘の背中を優しくあやすようにたたく。ツグミが客間に入ってきて、エナガを呼んだ。

「母さんが上着もあった方がいいから、おいでって」

「ありがとう、すぐに行くね」

 チャボから離れると、エナガはツグミと一緒に客間を出た。入れ違いでアトリが入ってきた。

「エナは、はっきりと自分の意思がいえない子だ。苛立つかもしれん。あの子は父の死に目に会えなかった。それがいまだに心のしこりになっていて、ひどく臆病だ。けれど、いい子に育ったと思っている」

「せっかちな女よりずっとマシさ」

 チャボはアトリに心配の眼差しをやった。

「手を出すなよ。君と違ってあの子は純情だ」

 アトリは心外過ぎることに、頭に血が上った。

「あんた色々無茶頼んどいておきながらうるさいな!それに俺も純情だ!」

 アトリが喚きを、ドアのそばにいたヒクイが声を上げて笑った。

「それは悪い。あと、あてになるかはわからんが、グースベリーという男を知っているか。十年以上前に世界機構の調査が入った男だ」

 笑いを止めたヒクイがチャボの話に部屋へ入る。

「それってさっき、マヒワが話してた人じゃないか。反秘史党の歴史の先生だったとかいう」

「ああ、そうだ。今も目を付けられていてな、ひっそりと暮らしている」

「噂をすればなんとやら、か。それで、その男がどうかしたのか?」

 アトリが聞く。

「友人で、時々会いに行くんだ。引きこもりでね。話し相手に。五時通りから入って二本目の裏道に住んでいる。彼はタイムトラベルに詳しい」

「世界機構に目を付けられるくらいだから、そうだろうな」

「そうだ。それが今回役に立つ保障になるかもしれん」

 チャボはアトリの言葉を皮肉として受け取らなかった。

「会いに行くなら、電話をしよう。ここの家主さんに頼んで欲しい。あとはエナに渡した腕時計を身分証明に見せればいいだろう。それを彼はわたしのものだと知っているはずだ。玄関はドラム缶だ。みどり色のドラム缶」

「ドラム缶?」

 ひっくり返った声でアトリは聞き返した。

「地下に住んでいる。人嫌いってわけではないんだが、自分の時間を愛しているんだ」

「変人か?」

「良くいえばな」

 アトリの問いにチャボはそう答えた。

「悪くいえば?」

 ヒクイは念のために聞いた。

「変人だ」

「短所も長所だ」

 アトリがいった。

「会いに行くかどうかは君らが決めるといい。強制はしない。悪い人間ではない」

 アトリとヒクイは目を合わせ、ヒクイがいった。

「操縦室がどこにあるかも、どうやって探すかもわからないこの状況では、変人でも頼りにしますよ。けど、そのグースベリーさんは世界機構に目を付けられるほどの何を知ったんですか?」

「そんなの時間マニアとはいえ、恐ろしくて聞けないさ。わかるだろう。小心者は、好奇心に対しては忍耐強い。線引きは上手いのさ。けれど、たったひとことらしい。それだけ聞いた」

「ひとこと?」

 アトリの瞳に映ったチャボが、そうだ、と頷いた。

「たったひとことで、人のすべてを揺るがすのさ」

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