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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
22/27

3-6



「ハニーちゃん、大変だよ」

 ニオ・ハニーサックルの同期、アカンサスがニオのデスクに来る。ニオは不快感をあらわにして、同期に何度いったかわからない苦情を強く訴えた。

「アカンサス、お前いい加減にしろよ。何度いったらそのふざけた呼び名をやめてくれるんだ。気持ち悪いだろう。俺を、ハニーちゃんなんざ」

「俺が女だったらいいの?ブロンド美女になれないこともないぜ」

 オジロは逆立ったブロンドの髪を安っぽい色っぽさで撫でながら、榛色の目でウィンクした。ニオは冷めた目をした。

「男か女は関係ない。職場でハニー呼ばわりするのが最悪だ。それで?」

「ああ、あの窃盗犯がいってたヤマガラ・ロベリアの話。一応、向こうの警察に確かめてみたんだよ。そしたらさ、一か月ぐらい前に身元不明の死体があったらしくて」

「それが?」

「急かすなよ、ハニーちゃん。そいつが黒髪の褐色肌で、まあ、酷い死体で。顔は潰れて右耳はもげてたんだと。もう焼いちまったらしいが、こっちの話を聞いてもしかしたらヤマガラの死体だったかもって。背丈は一致するそうだ」

 ニオは信じられなかった。

「そんな馬鹿な。ヤマガラは今この街にいて、オークロと行動しているはずだ」

「そのヤマガラは偽物ってことじゃないの」

 オジロは簡単に答えを出した。ニオはそんな簡単に納得できず、顔を渋くする。けれど、エナガの「顔に穴が空いていた」の証言があるのも事実だった。顔に穴が空いて、血が出ないのはおかしい。本物を殺して、成り代わった。そうだとしても、この時代にそんな精密な、見てもわからないぐらい顔が変えられるマスクなんて存在するだろうか。それこそ過去の、未来人のような知識と技術なければできないはずだ。それを持っている危険人物。

「それと、時間犯、まだ意識が戻らないって。話聞いたよ。本当に不気味で怖い男だね。あ、時間教っていわなくちゃいけないんだっけ?」

「本人の目の前じゃないから、好きな方で呼べよ」

 ニオは過去の技術をもったと仮定したヤマガラの偽物について考えたく、オジロをないがしろにするが、オジロは話をやめない。

「なんのこだわりなんだろうね。時間犯と呼ばれるのを相当嫌がってたんだろう?チャービルさんがぼやいてたよ。カリフラワーとブロッコリーの違いなんかわかるかって」

「カリフラワーとブロッコリーは全然違うだろ、似てるだけで……」

似ているだけでまったく違う。ニオは胸に沸いた違和感を逃さないように集中した。タイムは顔が覚えられないといわれていた。あの表情のうごかない不気味さのせいで。けれどもうひとつ理由があるのだとすれば。マスクで別人になれる。顔が変わるから、顔が覚えられない。タイムの言動の不一致は、こちらが勝手に不一致だと信じ込んでいたのだとしたら。

「似てるけど、別なんだ」

 似ているからと勝手に、世間も警察も呼び名の違いで済ませてしまっていた。故意に惑わされているのだとしたら。

「カリフラワーとブロッコリー?俺はサラダにどっちが入ってっても気にならないよ。好き嫌いはしないタイプなんだ」

「そうだとしたら」

「ご飯奢ってくれる?」 

 オジロは目を輝かせる。

「ヤマガラの偽物は時間犯かもしれない」

 オジロは困惑した。

「何いってんだ?時間犯は病院に、」

「違う!」

 ニオは強く否定した。電話が鳴っているがそれに出るより先にニオは言葉にしなければならなかった。

「時間教と時間犯は別人かもしれない」





 ラジオからはジャズが流れている。強く降り続いた雨は、小雨になった。ヒクイはちっとも頭に入ってこない雑誌を熟読しているように見せていたが、最後のページまでめくってしまい、雑誌を閉じた。背後の窓にあたる雨の弱さを見て、もうすぐ止みそうだと思った。そしてアトリが気がついた。

「エナ、シャワー長くないか?」

「本当だ。もう八時になるよ」

 ヒクイは壁の時計を見て心配した。シャワーの音はまだ聞こえている。

「エナちゃん、倒れてるんじゃないか?」

「まさか」

 アトリが洗面所の方へ歩いていく。必然的に、玄関が視界に入る。アトリは足を止める。何か違う。おかしい。傘がなくなっていた。ニオがエナガに貸した黒い傘を帰って来たときに、エナガが壁に立てかけていたのをアトリは見ていた。そしてドアを見れば、鍵が開いていた。不穏にさいなまれ、アトリは洗面所のドアを壊す勢いで開け放ち、風呂のドアを開けた。そこには誰もいなかった。シャワーが出て、流れ、排水溝に流れていく。アトリはシャワーに手を伸ばす。その冷たさに湯ではなく水だとすぐにわかった。それはエナガは最初からシャワーを浴びるつもりはなく、自分たちをあざむくためだけに流して出て行ったということだった。アトリは茫然とする。

「エナちゃんは?」

 異変に気がついたヒクイがアトリの背後から風呂場を覗く。

「いない」

 アトリはそういうしかなかった。部屋の電話が鳴る。ヒクイが走って戻り、受話器を取った。

「もしもし。ああ、俺だ。ニオ?どうした?」

 ヒクイはえっと声をあげ、背筋が凍った。

「ヤドリギに?マヒワが?」

その言葉がアトリの耳に届き、アトリはニオの部屋を飛び出した。


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