第4話 天使訪問
「卒業証書。壁越未来」
広い体育館に俺の名が響く。
「はい」
俺は返事をして立ち上がり、卒業証書を受け取る為に壇上へと向かう。今日は三月一日、卒業の日だ。
――周りにはいつもの住宅街。俺の手にはいつもの鞄と丸い筒に入れられた卒業証書。俺は家へと歩を進めていた。
俺と刹那の同居生活が始まって早二年と数ヵ月、俺はあっと言う間に高校を卒業してしまった。これからは就職に向けて頑張ら無くてはならない。フゥっと、俺は溜め息を一つ溢す。前を見ると、何時の間にかアパートに着いていた。二階へと続くと階段を登り、俺は自分の部屋に向かい、部屋のドアを開ける。
「ただいま」
「お帰り~」
俺が言った後に、俺にしか聞こえないお帰りが聞こえる。
俺は鞄を置き、靴を脱いで居間へ向かう。
居間に行くと、刹那がプカプカと宙に浮いていた。
「卒業おめでとう!」
刹那は俺を見ると拍手をしながら、笑顔で言う。
「私も生きてたら卒業なのになぁ」
刹那がポツリと言った。そう言った時の刹那の顔は、少し寂しそうだった。
そんな刹那に俺は手に持っていた筒を開けて、卒業証書を1枚取り出し、刹那に見せた。
「……!どうしたの?それ?」
刹那は驚いた様子で尋ねてくる。俺が見せた卒業証書には、天城刹那の文字がはっきりと刻まれていた。
「俺が先生に頼んで作ってもらったんだ」
刹那だけ置いてけぼりってのは可哀想だろ?
小声で付け足す。
俺が照れくさそうに言うと、刹那は満足そうに言う。
「本当に……ありがとう、未来!」
そんな刹那に、俺も笑顔で返す。
「卒業おめでとう、刹那」
こうして、俺達二人の卒業式は幕を閉じた。
――そして、それから数週間が経過。俺がバイトから帰って来た時だ。俺はTVを見て刹那と喋りながら、夕食を食べていた。
するとふいに、インターホンの音が部屋に響いた。
今の時刻は八時半程。
こんな時間に俺に用がある奴なんていたかな?
俺は疑問を抱きながら、玄関へと向かいドアを開けた。
そこに居たのは、麦わら帽子に白いワンピースを着ていて金髪にグレーの瞳をした、見た目高校生ぐらいの少女だった。
フム、可愛い。だが刹那には及ばないぜ。
そんな事を考えつつ、俺は少女に問う。
「えっと、俺に何か用かな?」
すると少女は首を横に降り、居間を指で差して言った。
「いいえ、貴方では無く、天城刹那さんに用があります」
俺は驚愕する。
この少女は、刹那に用があると言ったからだ。
まず、この子が刹那の事を知っている事に驚いた。
だが何より驚いたのは、この少女が居間を指で差して刹那に用があると言った事だ。
その行為は、私は刹那がここにいる事を知っていると言われているも同然だ。俺は混乱を抑えつつ、少女を中に案内した。
そして、今は俺と刹那と少女が円になってテーブルを囲う様に座っている。すると少女が語り出した。
「どうも始めまして、壁越未来さん、天城刹那さん、私はホリィという者です」
俺は名乗って無いのに何故名前を知っているんだ?
俺が疑問に思っていると、ホリィという少女は続けて言う。
「私は俗に言う天使です」
……は?
俺は久しぶりに疑問の最大級、は?を使う。
目の前の少女が急に天使とか言うのだ。普通の反応だろう。
「未来さん、信じられませんか?」
ふとホリィが俺に向かって言う。
当然だ。私天使です、なんて言われて信じるのは一部の馬鹿ぐらいだ。するとホリィが軽い笑みを浮かべて言った。
「私が刹那さんを認識出来るのが証拠です」
そう言ってホリィは刹那の方を見る。
どうやら本当に刹那の事を認識出来ているらしい。
俺以外認識出来ない筈の刹那を認識出来るのだ。
……確かに信じてみる価値はあるかも知れない。
すると更にホリィは言った。
「単刀直入に言います、私が今日ここに来たのは、刹那さんの『期限』について説明する為です」
「期限?」
聞いたのは刹那だった。
「はい、刹那さんが幽霊でいられるのには限りがあります」
ホリィは一息ついて続ける。
「刹那さんが幽霊でいられるのは、十年です」
……え?
俺の第一声である。
「そんなに、短いの?」
刹那は少し残念そうに言う。
「はい、これでもサービスですよ?」
ホリィは笑みを作り言う。
「実は神様が、貴方達の生活を見てもう少しこのままにしてあげようと仰ったんです」
「神様って……あの神様?」
ホリィは頷く。俺は何だかスケールの大きさについて行けずに置いてきぼり状態だ。
「……そっか。なら仕方無いね」
相変わらず残念そうに刹那が相槌を打つ。
「話は以上です。それでは二人共、残された時間を大切にして下さいね?」
そう言い残してホリィはここを出て行った。
「……言われ無くてもそのつもりだっての」
そっと呟いた。
俺は一つ溜め息を溢す。……何だか妙な気分だ。
幽霊の次は天使に神様と来たもんだ。
そんなもの俺は信じていなかったのに、今なら何でも信じられそうだ。
……十年か。
すると急に、睡魔が俺を襲う。俺は歯磨きをすると、ベッドの上に仰向けになる。
「未来、もう寝るの~?」
「ああ、何か疲れた」
「そっか、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そして、俺の意識はすぐに黒の中へと消えていった。
はい、お疲れ様でした。
次回ものんびりしていってね。




