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フェイがカーミュと出会った翌日、フェイはいつも通りに自身の経営する本屋で店番をしていた。
元々この本屋はフェイの両親のものであった。
しかし、数年前に母親が病で亡くなると、母親を深く愛していた父親が悲嘆にくれ、失踪してしまったのだ。
そこでフェイは既に職に就いてはいたが、それを辞めて父親の後を継いだ。
フェイの本屋の売り上げは、良くもなく悪くもない。
書籍の販売も行っているが、貸出もしている。むしろ、貸出が主である。
以前と比べると本の価格は落ちてきてはいたが、フェイの住む街の住人のような労働者にとってはまだまだ高額のものであった。
実際に購入する人も偶にはいるが、利用者のほとんどが実際の本の10分の1にも満たない値段で借りて行く。
太陽が一番高く上がる頃、フェイは店の片隅にある机で、帳簿をつけていた。
ちりん、とドアが開くと鳴る鈴の音が聞こえて、顔を上げるとそこにはフェイが昨日出会った獣人の少女、カーミュがいた。
カーミュは首だけドアの隙間から出し、やや険しい顔つきで警戒するように店内をキョロキョロと見回している。
店内を一通り見て人がいないことを確認したカーミュは、ドアをさらに開くと顔だけではなく全身を入れた
そして、たたたっと一直線にフェイの元へ駆けてくる。
フェイの足元に来たかと思うと、そのままそこに座った。
カーミュはフェイの右足に凭れかかり、尻尾を同じ右足に巻きつける。
フェイはカーミュの一連の動作を見ていたが、カーミュが漸く動きを止めると、鉛筆を置き、足元に居たカーミュを持ち上げた。
持ち上げたカーミュを、机の上に座らせて、二人は向き合った。
カーミュは不思議そうに目をぱちぱちと瞬きをして、耳はぴくぴくと動かしている。
「俺の名はフェイと言うんだが、お前の名は何と言うんだ?」
フェイが問うと、カーミュは耳をピンっと立たせて、やや舌足らずな口調で答えた。
「カーミュ」
「そうか、カーミュは何で俺の所に来たんだ?」
「いいにおいがしたから」
「……そうか」
ニコニコしながら答えるカーミュに毒気を抜かれたフェイは、これ以上聞いても自身の望むような答えは得られないことを悟った。
苦笑いをしてカーミュを見るフェイをお構いなしに、カーミュはキョロキョロと周りを見る。
「何か読むか?」
フェイがそう言うと、カーミュは耳を伏せて少し悲しそうに、恥ずかしそうに文字が読めないと言った。
この国には学校はある。
しかし、通うためには年間一定額を払わなければならない。
その額は高額ではないが、貧しい家庭には払うことが出来ない。
そのために学校に通うことが出来ない子供は少なくない。カーミュのように文字の読めない、計算の出来ない子どもは他にも存在する。
フェイはカーミュの頭を一撫でし、立ち上がると子ども向けの絵本が並ぶ一角へと向かった。
その中でも女の子が好きそうなおとぎ話の絵本を取る。
絵本を持って戻ると、再びカーミュを抱き上げ、後ろ向きにするとフェイの膝の上に乗せた。
カーミュは問いかけるようにフェイを見上げる。
フェイはカーミュに笑みを向けながら、本を開いた。
「俺が読むよ。ダメか?」
カーミュは首をふるふると振ると、嬉しそうな笑顔を浮かべて前を向き、食い入るように絵本を見つめる。
ピンっと立った耳を見て、フェイは笑みを深め、読み始めるのだった。
*
あの日以来、カーミュは頻繁にフェイの元に来るようになっていた。
読んでいない子ども向けの絵本も、残り僅かになる。
少しではあるが、カーミュの読める文字も増えた。
暫くの付き合いで、フェイは気になることがあった。
それはカーミュの人に対する警戒心が強いことである。
二人でいるとき、店に客が現れたことが何度かある。
その際カーミュは、机の下に潜り込み、耳は伏せて、尻尾は丸めて、プルプルと震えるのだ。
「人が怖いのか?」
客も帰り、机から出てきたカーミュを膝の上に乗せて問うと、カーミュはやはり耳を伏せながら答えた。
「まえに、ひとに……」
カーミュは言葉を詰まらせた。
フェイは聞いたことがあった。
田舎の一部では、獣人に対する差別があるらしい、と。
フェイ達の住む街は、首都に近いこともあり、それなりに大きな街だ。
故に、異国の者も多くいたりするので、そういった類の話は聞いたことがない。
もしかしたらカーミュは以前、田舎かどこかに住んでいて、差別を受けたのかもしれない。
フェイはプルプルと震えて、自身にしがみ付くカーミュをギュッと抱きしめた。
*
カーミュは今住んでいる街に住む前に、遠く離れた小さな村に住んでいた。
カーミュが生まれる前から、その村では獣人に対する差別があったがあまり表だったものではなかった。
しかしそれが一変したのは、カーミュの父が死んでからのことである。
母とカーミュの二人だけになったとたん、村人たちは醜い嫌がらせを始めた。
会えば汚い言葉を吐き、時には泥や汚水をかけられることもあった。
家の窓を割るのなんて、まだ良い方だった。
そんな生活が続き、幼いカーミュはすっかり人間不信となってしまった。
肉体的にも精神的にも辛い日々は、カーミュは勿論母にも耐えられるものではなかった。
母は大きな街では獣人に対する差別が無いことを聞いていた。
そして、母は大事に取ってあった父との思い出の品を持てるだけ持って、カーミュを連れて村を出た。
やっとの思いで着いたこの街で、その思い出の品を売り、得たお金で小さな家を買った。
近所の住民に助けられ、働きながら、非常に慎ましい生活ではあったけれど、カーミュと母は幸せに暮らしていた。
しかしその幸せは長くは続かなかった。
母が病に倒れ、呆気なくこの世を去ってしまったのだ。
残されたカーミュは一人ぼっちだった。
心配した近所の人々が、カーミュを引き取ろうとしたが、カーミュが拒否した。
いくら優しく接しても、カーミュの中に植えつけられた人への不信感はそう簡単に拭えるものではない。
前に住んでいた所でのことを母から聞いていた近所の住民は、出来る範囲でカーミュを助けた。
近所の住民の優しさを理解はしていたが、カーミュはどうしても人が怖かった。
母が死んでから数か月、ずっと人を避けるように行動していたカーミュは、母の温もりが恋しかった。
母の温もりを思い出して、何故か最初に会った時から怖くなかったフェイに縋るようにしがみついた。




