#001
夕闇が迫る教室に、放課後特有の静けさが満ちていた。斜陽が窓枠の影を長く引き伸ばし、床を赤く染めている。
俺は目の前にいる麗しき女性を見つめた。
「悪ぃけど、俺、今は誰とも付き合う気ないから」
自分の口から出たとは思えないほどクールで低音のイケメンボイスが、夕暮れの教室に響いた。
刹那、目の前で頬を赤らめていた演劇部のエースが、ショックでふらついた。
「そっか……ごめんね、急に。でも、気持ちだけは伝えたくて」
ぎこちない笑顔でニコッと俺を見ると、彼女は涙目で走り去っていった。
俺は短くため息をつき、ポケットに手を突っ込んだ。
静寂につつまれ、誰もいなくなった廊下をスタスタと歩き出した。
校舎を出て、角を曲がり、完全に誰の目もない死角に入った、その瞬間。
「ッシャオラァァァァアアアアア!」
俺は音にならない絶叫とともに、ガッツポーズを繰り出した。
聞いたか俺のセリフ!
今は誰とも付き合う気ない? 嘘つけぇぇ! 喉から手が出るほど付き合いたいわ! だがあえて断る! 恋愛ってのは振った側が上の立場であるのは明らか! そして、あの女は誰もが認める一軍女子! つまり、今、俺は……!
「スクールカーストの頂点だー!」
思わず天を仰いだ。
俺を照らすこの夕日の光すら、まるで自分が放っているような、自分が世界の頂上に君臨したかのような感覚におちいる。
脳内でエンドレス再生されるは、演劇部エースの涙目。
ククク……脳汁が止まらねえ。ドーパミンがナイアガラの滝だ。俺の人生、ここに来てまさかの確変突入か?
イージーモードすぎてあくびが出るぜ。あーあ、明日学校行くのめんどくせえなぁ。下駄箱開けるのが怖いよ、モテすぎる自分が怖い!
俺は世界で一番幸せな男として、夕陽に向かってスキップしようと足を上げた。
——その時。
世界が、けたたましい爆音とともに崩壊した。
ジリリリリリリリリリリリ!
七月一日木曜日。目を開けると、そこは夕焼けの通学路ではなく、湿気た布団の中だった。
鼻をつくのは、昨晩食べたカップ麺の残骸の匂い。
視界の端には、昨日と全く変わらない、何の通知も来ていないスマホの黒い画面。
俺は、天井のシミを一点に見つめたまま、ゆっくりと状況を理解する。
演劇部の美少女? いない。
クールな俺? いない。
残っているのは、寝汗で張り付いたTシャツの不快感と、これから始まる代わり映えのない現実の朝だけ。
俺は、夢の中で聞いた自分のクールな声とは似ても似つかない、しわがれた声で盛大な舌打ちをした。
なんだよ今の夢。新手の拷問か?
ここまでリアルに見せておいて、俺の脳みそはサディストかなにかなのか?
枕に顔を埋め、くぐもった声で毒を吐いた。
「返せよ! あの全能感を返せ! なんで夢の中の俺だけあんなにスペック高いんだよ! 現実の俺への当てつけか!? ああクソッ、ムカつく!」
俺は布団を頭までかぶり、自分を騙した世界への呪詛を吐きながら、再び目を閉じようとした。
その時、俺の二度寝を阻害する喧しいキンキン声が聞こえてきた。
「とうやー! 遅刻するわよー!」
寝ぼけまなこで時計を見ると時刻は八時十分を過ぎようとしていた。
「やっべっ! 母さん、もっと早く起こしてくれよ!」
布団の中から飛び出して、大きめの声でそう叫んだ。ハンガーにかかっていた制服を雑に剥ぎ取り、カバンとスマホを手に取り、階段をおりる。
まずい、早く行かないと遅刻だ!
「おっと」
階段を降りる直前、忘れ物を思い出し、部屋にUターンした。そして手に取ったのは小さなお守り。それをポケットにしまい、再び階段をおりた。
リビングでは母さんが朝食を食べながら、テレビの天気予報を見ていた。
……あの天気予報士、胸デカいな。
「とうや、なにボーッとしてんの。早くご飯食べて学校行きなさい」
「そうじゃん! なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ! 今日遅刻したら、反省文だって!」
「もー、起こしたわよ。三回も」
母さんは淡々と白米を口に運び、少し呆れながら俺に言った。
ったく、こっちが起きないと起こしたことにならないんだよ!
正門が閉まるまであと十分弱、間に合うか?
朝ごはんを食べてから行くかどうか少し迷った結果、
「いってきます!」
「ちょっと朝ごはんは?」
「帰ってから食べる!」
ガチャ! っと力強く扉を開き、走って家を出た。
俺の学校では三日連続遅刻するとゴリに捕まり反省文を書かされる。ゴリ、というのは体育教師だ。筋肉ムキムキのスキンヘッドで柔道家特有の潰れた耳をしている。
噂によると柔道の寝技大会で優勝してるとか。なんだよそれ。そんなことを考えつつ俺はダッシュで通学路を走った。
「……またあいつか」
クラスメイトの女が俺と同様に血相をかえて走っているのが、カーブミラーにばっちりうつっていた。
本当に図ったかのように毎日すれ違うそいつは、いつも通り食パンを咥えて走っていた。
天然アピールだろう、ドジを演出してるとしか思えないぶりっ子女の上藤典子だ。偏見純度百パーセントだが多分あってるだろう。
典子と知り合ってまだぶりっ子だと気づいてないとき(実際分からないが)わざとぶつかってキャッキャウフフな展開をつくろうとしたがそんな肝が据わってる俺ではない。
結局その後も何も進展はなく、強いて言えば手を振る仲になったくらいだ。ちなみに俺はこの年まで愛しのムスコを守り続けた純粋無垢な男の子だ。まだ高校生だしまったく諦めてない。というか始まってない。どうやら未来のフィアンセはまだ準備中らしい。
このまま走れば典子とぶつかるだろう、そう踏んだ俺は少しスピードを緩めた。素晴らしい緩め加減で典子は俺にスレスレで通り過ぎた。そして広がるこの香り。
パンを焼いたかのような香ばしい匂いとバターの濃厚な香り……ん?
あいつ遅刻しそうになってんのにパン焼いてんのかよ!
ま、まあ今回は例外だが普段はこんなことをやって、女子高生の匂いをひそかに楽しんでいる。
これが童貞の所以だと指摘されればぐうの音もでないが、そんなのはしったこっちゃない。イケメンがやっても何も言われないのに俺がやるとダメなのか? あ? ぶち殺すぞ?
学校まであと約四百メートル。五十メートル走七秒の俺からすると五十六秒、そんな馬鹿げた理想論を脳内で繰り広げながら走る速度を早めた。
☆
キーンコーンカーンコーン
「はぁ…はぁ、はぁ…」
なんとか間に合った。
鐘が鳴る直前、間一髪で正門にゴールインした。それから、正門で仁王立ちしていたゴリが俺を少し睨みつけてから門をしめた。
「ええー! 絶対間に合ってたよー!」
背後から女子生徒の高ぶった声が聞こえる。
どうやら典子は間に合わなかったらしい。馬鹿め、パンなんか食ってるからだ。あの口内の水分泥棒を食ってまともに走れるわけはない。
途中で追い越したとき、少し怒ってたようにも見えたが気にしない気にしない。
「やはり女は貧弱だな」
時代にそぐわない不適切な発言を小声で吐き捨て、教室へと向かった。
☆
「おせぇよ」
俺の隣の席に座っているのは俺の数少ない友人の陽。陽キャだ。ダジャレではない。
野球部のキャプテンで高校生にして百五十キロ投げる世間から注目されている投手でもある。
「陽、お前クマすごいぞ。ちゃんと寝てんのか?」
「こっちは毎日六時登校で朝練なんだよ。夜は遅くまで練習だしよ、もう寝不足で……ふぁぁ、にゃむにゃむ」
陽はそう言うと、ちらっ、ちらっ、と俺の鞄に目をやり、何かを訴えかけてくる。
「あのなぁ、毎日毎日俺みたいな馬鹿の宿題写さなくたっていいだろ」
「確かにオマエ馬鹿だもんな。だが背に腹は変えられない。借りてくぜっ」
陽は俺の鞄に手を伸ばし、強引にノートを奪っていった。
「てか今更なんだけどなんで勉強なんかしてんだ? 勉強しなくていいくらい野球うめぇじゃんかよ」
鬼の速さでノートを写す陽に話しかける。
「いやな、野球選手ってのは寿命が短いんだ。特にピッチャーはな。長くても三十代には引退ってのが当たり前なんだよ。もちろん遊んで暮らせるだけのお金は稼ぐだろうけど、その後の人生を考えたときに、勉強がまったくできないじゃダメだろ?」
「じゃあなんで今写してんだよ」
「そこはご愛嬌」
すると陽は、てへっ、と舌を出した。きもちのわるい。
何も取り柄がないから仕方なく勉強してる俺の身にもなれ。ノート奪い返してやろうか。
「よっしゃ、終わり! ノートサンキューな」
「いつかなんか奢れよ」
「任せとけって」
陽が親指を立てたその時、ガラガラと教室の扉が開き、担任の先生が入ってきた。
「はーい、みんな席つけー」
先生の号令で立っていた生徒が一斉に自分の席へと戻っていく。そして出席をとると、息つく暇もなく授業が始まった。
退屈だ。
もう塾でやったから頭に入ってるんだ。とかいう猛者ムーブをかましてるのではない。ただただ暇だ。
背後から小さい笑い声が聞こえる。横目で見ると女子たちが何かをまわしていた。交換日記か何かだろう。目障りだ。最近はこういう些細なことでイライラしてしまう。更年期だろうか。
その時、教室の扉が開いた。
「すみません! 遅れました!」
すると少し機嫌が悪そうな典子がズカズカと足音を立てながら入ってきた。
そして、俺を睨みつけた。
雛を殺された親鳥のような、そんな目をしていた。
俺なんか悪いことした?
その後は大したことはなく、いつも通り授業が終わった。帰りはいつも一人。陽と時間が合えば一緒に帰るが、俺は部活に入っておらずほとんど一人で帰る。
なんだあれ?
視界の端に黒いスーツの男が二人と女が一人、喋っているのが見える。その近くには黒くてでかいワゴン車が止まっていた。
かっけー。あの人たちなんの仕事してるんだろう。そんなことを考えながら、帰路についた。
☆
「ただいまー」
「あらおかえりー、学校間に合った?」
「なんとか」
「よかったわね、さ、早くお風呂はいっちゃって」
母さんに催促され、風呂に入った。それから夕ご飯を食べ、自室に戻った。
明日の分の宿題を片付けて早く寝るとしよう。そう考えるとすぐノートを取り出し、雑に数学の問題を終わらせた。
これは恥ずかしいから内緒だが、最近は陽にノートを見せるために宿題をやってる。
学校ではあんな感じだったが、まあ、いわゆるツンデレってやつだ。
学校の人気者に頼られるのは優越感があっていい。
宿題を終えた開放感とともに、ベッドにダイブ。
「すぅーー、はぁーー」
仰向けになって深呼吸をする。
心を落ち着かせ、一日の出来事を整理し消化する。
……俺、このままだとヤバくね?
ここ最近、一日に一度はこの気持ちになる。
人は誰しも夢を抱いている。
それは、俺も例外ではない。
スポーツ選手、社長、医者、弁護士、パイロット、配信者……
この世には魅力的な職業が溢れかえっている。
ように見えていた。
だが、これらは氷山の一角。
自分にとって都合のいい所しか見ようとしない人間の特性。
このままだったら社会に使い潰されるコマになるだけ。
「おい! 学校! 俺をなんとかするのがお前の仕事だろ!」
ただの八つ当たりである。
不満を嘆いてはいるものの行動はしない。それが俺だ。
一通り愚痴ったところでスマホを手に取りショート動画を見始めた。
流れるように下へ下へと指を動かす。
今の人可愛かったな……
タイプの娘を見つけると戻って、いいねを押す。
この繰り返しが人間を腐敗させていく。
かれこれ一時間が経過し、今は零時をまわっていた。
そろそろ寝よう。
部屋の電気をぱちッと消した。
……いっそ神頼みといくか。
「神様、我儘はいいません。夢でいいです、夢でいいですから今日は女性の胸を触らせてください。何卒よろしくお願いします。えー、ちょっとエッチな展開があればなお良いです」
二回手を大きく叩くと俺はゆっくり目を瞑った。
☆
「ひぎゃあああああああああ!」
自分の鼓膜すら破壊しそうなほどの絶叫とともに目を覚ました。
飛び起きた拍子にベッドから転げ落ち、床に頭を打ちつけた。だが、その痛みすら生きてる実感として感謝したくなるほどだった。
荒い息をつきながら、天井に向かって中指を突き立てた。
「おい聞いているかクソ神! 出てこい! 今すぐ示談金もって正座しろ! 『ちょっとエッチな夢を見せてください』って、俺がどれだけプライドを捨てて、神妙に、敬虔に祈ったと思ってんだよ!」
俺は立ち上がり、ぐちゃぐちゃの枕を床に叩きつけた。
最初は良かった。そう、最初は。
夢の中の俺は、南国のプライベートビーチにいた。隣には金髪の美女がいて、『トウヤ、日焼け止め塗って?』って甘い声で言ってきたんだ! 完璧だ! 俺が求めていた黄金のテンプレートだ! だが、そこから地獄がはじまった。
日焼け止めを手に取った瞬間、その美女が巨大なチェーンソーを振り回すレザーフェイスに変身し、物理法則を無視して俺の四肢をバラバラにした。
『あはは、トウヤ、よく切れるわね!』じゃねえよ! 挙句の果てに、アイアン・メイデンの中に放り込んで、上からプレス機で潰すって……どんな情緒不安定な脚本家が書いたんだよ、あの悪夢!
怒りに任せて、俺は壁をガンガンと蹴る。
乱れた髪を掻きむしり、窓の外の青空を睨みつけた。
「いいか、これはハラスメントだ。創造主による深刻なハラスメントだ。俺がもし神だったら、もっとユーザーフレンドリーな夢を提供するけどね! 訴えてやる! 今度寝る時までに、謝罪の印として『清楚な幼馴染との添い寝』の夢をきっちり用意しとけよ! 分かったかコラァ!」
俺は、誰もいない部屋で神への宣戦布告を終えると、一種の賢者タイムのような心持ちになった。
「はぁ、学校いくかー」
時計を見るとまだ七時。悪夢のせいか悪夢のおかげか今日は余裕をもって学校に行けそうだ。
俺は時間割を眺め、教科書をせっせと鞄に入れた。
あれ、お守り昨日どこにおいたっけ。
昨日の行動を脳内で再現し、お守りの場所をさぐった。
あっそうだ制服のポケットの中だ。
「あったあった」
お守りを手に取り、しばらく眺める。
誰から貰ったかわからないお守り。
昔から俺は小さな不幸が不自然なくらいに多かった。
例を挙げるとすると、一つは小学校の運動会、徒競走。ぶっちぎりで一位を走っていた最高にかっこいい瞬間、なぜかハチがズボンの中に入り込み、パニックで自ら脱ぎ捨てながらゴールテープを切った。
あの日、俺の尊厳は消滅した。
他には、熱中症寸前で水を買ったら熱々のおしるこがでてきたとか、シンプルに鳥のフンをくらうとか。
どう考えても可哀想なことが一日一回は必ずあった。
まあそんなことがあって、とてつもなく悩んでいたところ、いつだったかだいたい二ヶ月前くらい、タンスの中にこのお守りを発見した。そして、ヤケクソで携帯すると、なんとびっくりピタリと不幸事が起きなくたった。
それ以来、このお守りはいつも携帯している。
身支度をしてリビングへ向かうと母さんは朝ごはんを準備している最中だった。
俺の母さんはいわゆるシングルマザー。小さい頃から一人で俺を育ててくれた。まあ、俺には事故の影響で小学四年生以前の記憶がないのだが。
俺はソファに座ると、おもむろにテレビをつけた。
『速報です。今朝、鹿児島県の山中で男子高校生の遺体が発見されました。近年相次ぐ男子高校生の不審な死。警視庁は連続殺人の可能性があるとして捜査を進めています』
ここ最近やけに多い。たしか宮城、栃木で今度は鹿児島か……。俺が住んでいる福岡まで来なければいいが。
「とうや、あんたも気をつけなさいよ。帰るときはできるだけ誰かと一緒に」
「わかってるよ」
生憎、俺にそんな友達はいない。
その後、朝食をとり家を出た。
家を出てしばらく行ったらまたカーブミラーには典子が映っていた。ほんと、毎日いるよな。
今日も今日とて衝突を避けるべく、スピードを緩める。
俺の目の前ギリギリを走って通った典子が巻き起こした風を吸い込むとなんともいい香りが鼻腔をくすぐる。
柔軟剤変えたか? (変態である)
「ねえ」
突如、声をかけられた。
通り過ぎたと思っていたが、典子は俺のすぐ側で立ち止まり、こちらをじっと見つめていた。
「……え、俺」
俺に決まっているのにこんな馬鹿な質問をするところが俺が童貞(以下省略)
「ナ、ナニ?」
おいおいおいおいおいおい、いつぶりだ? 女の子と会話したのは! こんなに早く神様の謝礼がいただけるとは!
ちょっと声裏返っちゃったけどまあいい。
「今日から一緒に学校いかない? あの事件も怖いしさ。通学路一緒だし。嫌なら大丈夫だけど」
俺が女の子と登下校!? つまり、俺のことが、好きってことだよな! (勘違いである)
今朝のニュースを見て怖くなったのだろうか。
嫌なら大丈夫? 嫌なわけがなかろう。こんな提案は二つ返事で了承だ。
「あー、いいよ?」
なんですかしてんだ俺ー!
それ全然かっこよくねえから!
お、落ち着けー。一緒に学校はいくのは早くないか? 赤ちゃんとかできないよね?
「やった! じゃあ明日からここで待ってるね! そういえば明日の文化祭、憧也くんは何の仮装するの?」
典子は嬉しそうに飛び跳ねるときょとん顔で俺に尋ねた。
そうそう明日は文化祭。そのおかげで今日の午後はその準備となり授業が潰れた。
俺は文化祭ガチ勢というわけでもないのでそんなに張り切ってはいないが授業がなくなることはいいことだ。
「俺チラシ配り」
「あっ、そうなんだ」
陰キャが仮装するわけないだろ。明日の文化祭の話をしているといつの間にか俺達は学校に着いていた。
「じゃあ私先に行くね!」
正門付近で典子は颯爽と走っていった。
どうやらみんなに俺といるところを見られなくないらしい。これは脈なし確定だな。
☆
「トウヤ? なんか、今日顔がいつもより、キモくないか?」
教室に入り、席につくと陽が真っ先に話しかけてきた。
「おい、言葉には気をつけろよ。ただ今の俺は機嫌がいいから許そう。驚くなよ? 俺、今日から典子と一緒に登校することになった!」
「ほえー、上藤さんかー」
リアクションが薄い。嫉妬だろうか。
「なんだよ」
「意外だなと思ってよ。そういや今日は上藤さん休みか?」
「え? 一緒にきたはずだけど……確かにいないな」
「トウヤ、久しぶりに女子と話して嬉しいのはわかるが、拉致監禁は流石に」
「お前殺してやろうか?」
「冗談冗談」
こいつ、俺が女経験がないからって馬鹿にしやがって。
「はーい、みんな席つけー」
そして、先生がやってきた。
さらに立て続けに。
昨日と同じように典子が少し遅れてやってきた。
今まで何してたんだ?
俺より早く学校行ったろ。
『伏せろ!』
——ッッ!?
突如、頭の中に声が響く。イヤホンのボリュームを間違えて最大にしたかのように体が跳ね上がった。
『早く!』
誰だ?
周りを見ても皆いつも通り振舞っている。
この声、俺以外には聞こえてないのか?
だが、なぜかこの声に従ったほうが良い気がする。
……!?
動けない。
伏せようとしたその時、自分の体が固まっていることに気がついた。
金縛りにあったかのように指一本すら動かせない。
そして、パッ、と目線を典子に向けた。
「なっ……」
彼女は、耳まで裂けた口と、黒一色に染まった目で、にやりと不気味に笑っていた。
そこからはよく覚えていない。
ただ気づけば俺の頭は地面に転がっていた。目線の先には、首から下だけが静かに席に座っている俺がいるだけだった。
ふっと力が抜けていき、内貴憧也の生涯はそこで終わった。
☆
「はっっ……!」
気づけば、ベッドで横たわっていた。
なんだ今の夢……。
あまりに生々しすぎる出来事に、思わずそっと首を撫でた。
生きてる……のか?
俺はたしか典子に殺されて……
「とうやー! 遅刻するわよー!」
この声、俺はこの出来事を知っている。デジャブという言葉では語りきれないほど酷似した現実。
おそるおそるスマホをみた。
今日は七月一日。木曜日。
時間が、巻き戻った。




