このやろーっ!!
何かの強い力で腰を引かれるようにして、アリスティアは空を飛んでいた。
凄い勢いで。
「 えっ!? 何? 」
あまりにもの勢いで引っ張られたので、直ぐに魔女になる事が出来なかった。
離宮の庭園を通り過ぎる時に、 自分が魔木に向かって飛んでいる事に気が付いた。
直ぐに指先に魔力を込め、魔木にぶつかる寸前で魔力を放った。
それが、アリスティアの行方を追うレイモンドが見た銀色の光。
それで何とか魔木の中に身体が引き込まれる事は防げた。
この時に、消滅の魔力を放てば良かったのだが。
消費の魔力は集中しないと出せない魔力。
なので、咄嗟に出す事が出来なかったのだ。
「 良かった 」
完全に魔木に引き込まれなかった事にアリスティアは胸を撫で下ろした。
早く抜け出さなくてはと、指先に魔力を集中する。
「 往生際が悪いわね 」
「 ……サラなの? 」
心に届く声は感じていたが、サラオリジナルの声を耳で聞くのは初めてだ。
タナカハナコの妙な声とは違って、低く魅惑的な声だ。
「 私の魂を返して貰うわ! 」
「 クッ! 痛…… 」
いきなりアリスティアの心臓に痛みが走り、アリスティアは胸を押さえた。
それは……
転生前にレイモンドから時戻りの剣で心臓を貫かれた時の痛み。
サラは、アリスティアの中にある自分の魂の欠片を取り出したのだ。
より完全体になる為に。
魂の欠片を剥ぎ取られたアリスティアは、同時に大量の魔力も奪われた。
なので身体が動かなくなってしまった。
「 あら?まだ魔力は残ってるのね。残りの魔力で抜け出しなさい 」
サラはそう言ってクスクスと笑った。
そう。
サラにとってはもうアリスティアは必要のない身体。
自分の魂を取り出したのだから。
今までも、ここまでの魔力切れは起こした事はなかったので、どう対処したら正解なのかが分からない。
その間も魔木に引き込まれて行く。
何度も魔力を放出して抗ったのだが、弱い魔力では抜け出す事は出来なかった。
その時。
レイモンドが現れた。
「 ティア! ………アリスティア!!」
悲痛な声でアリスティアの名を叫びながら、必死で辺りを探している。
レイ……
声が出ない。
身体が動かない。
残っていた魔力を使ったので、完全に魔力切れを起こしていた。
「 そなたは……まさか…… 」
「 そう。サラよ 」
「 そなたはハナコと異世界に行ったのではなかったのか? 」
「 そうね。でも、どうやら憑依を拒まれたみたいよ 」
「 やはり魔物は異世界には行けなかったか…… 」
二人の会話は聞こえて来ていた。
私はここよと言いたくても、声は出ない上に、身体はピクリとも動かなかった。
「 レイ様……魔木に触れて 」
サラの声が艶っぽくなった。
手を魔木に伸ばしたレイモンドは、掌で幹に触れようとした。
駄目……
触れては駄目よ。
サラに連れて行かれてしまう。
「 レイ…… 」
アリスティアはレイモンドの掌に向かって魔力を放った。
残されていた最後のエネルギーを使って。
勿論、破壊などしない優しい魔力。
***
魔女の森から現れた動く木達は、レイモンドの周りで跪いていた。
その中をクネクネとした木が走って来た。
レイモンドに近付いて行くにつれ、クネクネ度をアップさせている。
そして、レイモンドのすぐ近くでピタリと止まった。
何かを探しているかのように、辺りをキョロキョロとした後に、ホッとしたようにレイモンドに近寄って行った。
アリスティアが辺りにいないかと確かめたのだ。
燃やされては大変だと。
「 こいつがティアの言っていたクネクネ木か…… 」
「 確かに他の木達とは違う 」
想像していたよりは、かなりいやらしさを感じる木だった。
勿論、二人共に魔女の森の事はアリスティアから聞いている。
クネクネとした木がレイモンドに向かって、シュルシュルと枝を伸ばした。
「 おい!?こいつ殿下に何をするつもりだ? 」
危険を察したカルロスが止めようとしたが、オスカーが腕を掴んで止めた。
「 まあ、見てろって 」と言って。
クネクネとした木は、レイモンドの首に枝を巻き付けた。
勿論、魔女の森の動く木達はレイモンドよりは遥かに背が高い。
三倍程はある高さだ。
このクネクネとした木も同じで。
そして再び辺りをキョロキョロとした後に……レイモンドにキスをした。
正確には、木の枝がレイモンドに巻き付き、幹がレイモンドの顔にピタッとくっ付いただけなのだが。
「 離せ…… 」
レイモンドは木のホールドから逃れようと、もがいている。
その時。
魔木が大きく揺れた。
何やら不穏な雰囲気が辺りに広がる。
「 ………来るぞ! 」
次の瞬間。
魔木が銀色に輝いた。
刹那!
アリスティアが魔木から飛び出して来た。
「 このやろーっ! 」
公爵令嬢らしからぬ悪い言葉と共に。
黒のローブを翻して。
赤い瞳の魔女が、腕を胸の前で組んで空中に立っていた。
***
「 レイから離れなさい! 燃やすわよ! 」
クネクネとした木は慌ててレイモンドの前から立ち去った。
サササササと。
クネクネとした木の側に、レイモンドがいたから魔力を放つ事は出来なかったが。
アリスティアの怒りはマックス。
そして……
クネクネとした木は、レイモンドから離れる瞬間に彼の唇を葉っぱで優しく触った。
「 こ……このやろーっ!! 」
最早喜劇。
魔女VS木の。
木を相手に何をやってるのかと、カルロスとオスカーは堪えきれずに吹いた。
こんな時だと言うのに笑いが止まらない。
そそくさと逃げるクネクネとした木を、追い掛けようとして方向転換した。
「 燃やしてやる! 」と言いながら。
「 ティア! 」
地上にいるレイモンドが、アリスティアに向かって両手を上げた。
嬉しさのあまりに破顔しながら。
もう二度と会えないかも知れないと。
もう二度とアリスティアに触れる事が出来ないと。
レイモンドは覚悟を決めていたのだから。
「 降りておいで!早く抱き締めさせて…… 」
両手をあげたままに、レイモンドはアリスティアを仰ぎ見ている。
アリスティアはゆっくりとレイモンドを見下ろした。
空中に立ったままに。
その赤い瞳は更に赤くなった。
ミルクティー色の髪はフワフワと宙に浮いている。
魔女アリスティアは美しい。
それは誰もが見惚れる美しさ。
アリスティアは目を眇め、大きく息を吸うと、レイモンドに向かってダイブした。
「 このやろーっ! 」
拳を振り上げると……グーパンを食らわした。
レイモンドの腹に。
「 っ!」
銀色の光と共にレイモンドは後ろに吹っ飛び、そして尻餅を付いた。
「 わーっ!? ティア!お前何やってるんだよーっ! 」
慌てて駆け寄ろとしたオスカーを、今度はカルロスが腕を引っ張って止めた。
「 ここはスルーしておこう 」と首を左右に振って。
アリスティアは尻餅を付いているレイモンドの太ももにジリジリと股がり、馬乗りになった。
勿論、グーパンは魔力。
尻餅は付いたが、レイモンドの腹へのダメージはない。
「 ……ティア? 」
訳が分からないレイモンドに、アリスティアは顔を真っ赤にし目はつり上がり、完全に怒っている。
ただ。
瞳の色はヘーゼルナッツ色に戻っているが。
こんなに怒った顔のアリスティアは見た事がない。
レイモンドに言い寄って来る女共にさえも。
まあ、あれは完全論破を確信した、女共を見下した嘲笑う顔なのだが。
「 ねぇ?どうして諦めたの? 我が国を守るべき皇太子殿下が生きる事を諦めたら駄目でしょ!!」
両手でレイモンドの胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶった。
「 …… 」
レイモンドとしては、自国を守りたいから生きる事を諦めたのだ。
「 君の消滅の魔力が必要だから…… 」
「 また、わたくしに未来を託すの? レイがいないなら、我が国の未来がどうなろうと……知ったこっちゃないわ 」
そう言って、レイモンドに詰め寄るアリスティアの声は涙声になっていた。
アリスティアにはレイモンドの思惑が分かっていた。
自分の代わりに魔木に入り、消滅の魔力で魔物共々も消し去る算段を。
「 ……ティア 」
アリスティアの大きな瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちて行く。
「 二人で……二人で幸せになろうと言ったじゃない! 二人で…… 」
ヒックと嗚咽をしながらも、アリスティアの手はレイモンドの胸ぐらを掴んだままで。
「 ごめん 」
レイモンドはアリスティアの背中に手を回し、抱き締めた。
しかしだ。
アリスティアは、更にレイモンドの胸ぐらを強く掴んだ。
「 何故避けなかったの!? 」
「 えっ!? 」
「 奴にキスをされたのよ? 」
アリスティアの目は更につり上がった。
恐い。
「 いや、あれは木だから…… 」
レイモンドとしては、やはりあれは木。
なのでキスをしたと言う認識はない。
「 どうして女に言い寄られても何もしないの?嫌なら嫌だとハッキリ態度で示しなさいよ! 」
クネクネとした木は女……多分。
アリスティアはレイモンドが女共に言い寄られていても、今まではレイモンドにダメ出しをする事はなかった。
彼の立場上、無下には出来ない事が分かっていたからで。
レイモンドに言い寄る女共に対しては、容赦はしなかったが。
「 レイが何もリアクションをしないから、女達が勘違いするのが分からないのかしら?もしかしたら美女に腕を組まれたり、胸を押し付けられたりするのを喜んでいた? 」
アリスティアはその大きくて美しい瞳で、キッとレイモンドを睨み付けている。
「 それは……ない。断じてない…… 」
アリスティアの怒涛の口撃にレイモンドはタジタジだ。
その後も、王女や侯爵婦人や伯爵令嬢が何だかんだと、今までのレイモンドの所為への不満をギャンギャンと吠えまくった。
レイモンドに言い寄って来た女の数を数えたら両手がいる。
勿論、アリスティアが把握しているだけに限るが。
防戦一方になっているレイモンドを、見かねたカルロスは大きな溜め息を吐いた。
「 ティア!止めなさい! 殿下は…… 」
「 まあ、夫婦の事は放っときゃ良いサ。 見ろよレイは嬉しそうだぜ 」
レイモンドを見れば。
必死で言い訳や謝罪しながらも、やたらと楽しそうにしている。
アリスティアの口から出た「 このやろーっ!」にすっかりハマってしまったのだ。
公爵令嬢のアリスティアは、美しい令嬢言葉しか口にしない。
なのですっかりギャップ萌えだ。
怒っている顔も可愛いくてたまらないとデレデレとして。
そもそも、アリスティアはギャンギャン吠えているが、傍から見ればイチャイチャしているようにしか見えない。
アリスティアはレイモンドの太ももの上に跨がっているのだから。
そんな二人の周りを、皇太子殿下に忠誠を誓う木々達が跪いていると言う、摩訶不思議な光景がそこにあった。
クネクネとした木の行方は知らないが。
***
「 おい! サラは何処に行った? 」
オスカーが後ろを振り返ると、ハッとしたカルロスも振り返った。
アリスティアが魔木から出て来た時から、サラの声はしなくなっていた。
突然の木々達の突撃に、すっかり忘れていたが。
二人は一瞬にして青ざめた。
魔木は……
ドクンドクンと波打つように銀色に光っては消え、光っては消えを繰り返していた。
まるで心臓が動いているかのように。




