皇太子の覚悟
「 殿下!早くここから立ち去りましょう 」
「 レイ? どうした?ボーッとして 」
カルロスとオスカーは、魔木を見上げたままに動かなくなっているレイモンドを急かした。
サラが魔木に宿っているからには、この場にいるのは危険だ。
魔女アリスティアがいないなら尚更に。
それでもずっと見上げたままのレイモンドに、カルロスとオスカーも魔木を見上げた。
辺りは真っ暗でよく見えない事から、目を凝らして。
顔はよく見えないが、長いミルクティー色の髪がサラサラと風に揺れている。
「 ま……まさか…… 」
「 ティ……ア…… 」
立ち尽くしているレイモンドの横で、カルロスとオスカーは青ざめた。
魔木の幹から上半身だけを出した、自分達の最愛の妹の姿に。
「 ア……ア……アリスティアーっ!! 」
「 ティア! ティア! ティアーっ!!」
カルロスの悲鳴と、アリスティアの名前を連呼するオスカーの叫び声が辺りに響いた。
二人はアリスティアを助けようと、魔木に駆け寄った。
しかし、見えない壁遮られて全く近付く事も出来ない。
まるで結界が張られているかのように。
その時。
魔木から声がした。
「 お前達はいらない 」
「 誰だ!? 」
「 もしかして……サラ? 」
今までのサラは、タナカハナコに憑依していた事から、彼女のオリジナルの声を聞くのは初めての事。
その声は、妙な声のタナカハナコとは違って落ち着いた低い声。
何だか心地好い声。
ずっと聞いていたいような、心がフワフワとする声だった。
「 貴様ーっ!!アリスティアを下ろせっ!! 」
サラの魅惑な声などものともしないで、妹の残酷な姿にカルロスが絶叫した。
普段は温厚で冷静沈着なカルロスだが。
アリスティアの変わり果てた姿にぶち壊れている。
「 もう駄目よ。この女、さっきまで自分の魔力で抜け出そうとしてたわ。でも、レイ様を私に近付けたくないからって、最後の魔力を使ったのよ。だからもう意識は無いわ 」
嫉妬に駆られた馬鹿な女と言って、クスクスと笑った。
先程、魔木を触ろうとしていたレイモンドの手を弾いたのはアリスティアの魔力だった。
それはレイモンドの手を気遣っての優しい魔力。
因みにアリスティアの魔力の属性は破壊だ。
消滅の魔力は、破壊の魔力がレベルアップした魔力である。
ティア。
僕の為に……
レイモンドは自分が情けなくなった。
守られてばかりいる自分が。
「 サラ!お前の目的は何だ!? 」
レイモンドの怒気の交じった声に、カルロスとオスカーは驚いて振り返った。
怒りに満ちている彼のオーラは恐ろしい程だった。
それは国を背負う皇太子に相応しいもの。
そして……
こんな彼は今までも見た事はなかった。
特に女性に対して、『 お前 』などと言うレイモンドは。
魔物を女性扱いするのかどうかは別にして。
「 私の目的? ウフフ……世界を滅ぼす事かしら? 」
「 何だと!? 」
「 もう、この木の中でしか生きられないのなら、こんな世界なんかいらないわ 」
滅びれば良いと言ってケラケラと笑った。
サラは、魔女であるアリスティアには憑依出来なかった。
それに、もう一つの器であるタナカハナコがいなくなったのだから、この魔木に宿るしかなかった。
世界を滅ぼす?
一体どうやって?
サラの言葉に、言いようのない恐怖を感じる。
レイモンドを守るようにして、彼の両脇に立つカルロスとオスカーも。
世界を救う筈の聖女はもういない。
タナカハナコが聖女だったかどうかは謎だが。
魔物を唯一消し去る事が出来る魔女アリスティアは、魔物に捕らわれてしまっている。
一体どうすれば……
考えあぐね、その場に立ち尽くしたままの三人を、嘲笑うかのようにサラの楽しそうな声が辺りに響いた。
「 でも。レイ様が私と一緒にここに来てくれるなら、考え直してあげても良いわよ 」
「 ……こことは? 」
「 この木の中よ 」
「 木の中に入る?……馬鹿馬鹿しい 」
「 貴様は狂っているのか? 」
カルロスとオスカーが怒りの声を上げた。
「 あら?出来るわよ。魂を一つにして二人だけで生きて行くのよ 」
急に甘い声になった。
気持ち悪い。
最早、何を言ってるのかが分からない。
レイモンドは顔を上にあげ、もう一度アリスティアを見つめた。
アリスティアの身体は、先程よりも魔木の中にめり込んでいる。
外に出ていた両肩が、木の中に入って見えなくなっている。
暗くてよく見えないがそれは確実に。
最早、躊躇する余地はない。
「 僕が、お前の望み通りにしたら、アリスティアを解放してくれるか? 」
「 そうね。解放して差し上げるわ 」
「 ……それは嘘ではないな? 」
「 約束するわ。この女の中にある私の魂の欠片は、もう私に取り込んであるしね 」
邪魔者はいらないと、サラはクスクスと笑った。
サラの魂の欠片を取り出した?
じゃあ、ティアの中には、もう、サラの魂の欠片はないのだな。
そう。
良かった。
レイモンドは少し溜飲を下げた。
それはアリスティアの身体の中に、魔物の魂の欠片を入れてしまった事に胸を痛めていたからで。
知らなかったとは言え。
「 殿下! 駄目です!早まってはなりません 」
「 そうだ! 何か他に方法がある筈だ! 」
必死で懇願する二人に、何も言うなとばかりにレイモンドは首を横に振った。
アリスティアが、魔木の中に消えてしまうのも時間の問題。
それはカルロスとオスカーも分かってはいるが、レイモンドが魔木の中に入るなどあるまじき事。
彼はエルドア帝国の皇太子殿下なのだから。
この時……
レイモンドは声を落として二人に告げた。
「 ティアが解放されたら、ティアの魔力で魔木を消し去ってくれ 」
勿論、アリスティアの魔力が回復してからにはなるがと言って。
「 待て待て待て……レイごと消し去れと言うのか!? 」
「 殿下を消し去るなんて…… そんな事は到底容認できません! 」
「 他に何か別の方法がある筈だ! 」
カルロスとオスカーは必死で否を懇願した。
泣きそうになりながら。
「 僕では魔物は討伐出来ない。世界を救う為には魔女であるティアが必要だ 」
これは皇太子としての命令だと言って、レイモンドは小さく微笑んだ。
「 多分。僕は……この時の為にアリスティアを転生させたのかも知れない 」
自分自身を鼓舞するかのように、そう呟いたレイモンドは、踵を返し魔木に向かって歩いて行った。
自分がいなくなってもこの国には兄上がいる。
天才の兄上が。
昔から……
どんなに頑張っても兄上には叶わなかった。
我が国の発展の為にも、兄上が皇太子になる方が得策だ。
兄上こそが皇太子に相応しい。
何も出来ない僕よりも。
父上も本当は兄上を皇太子にしたかったのだから。
ティアが助かるならそれで良い。
どうせ……
ティアがいないと、僕は生きてはいけないのだから。
いや、生きていたくはない。
そう。
こんな愚かで情けない皇太子は必要ない。
アリスティアが消えた半年の間。
彼女がいない世界なら、生きる意味さえないと、レイモンドは思い知ったのだった。
「 殿下…… 」
「 …… 」
皇太子レイモンドの強い決意に、これ以上否を言う事は出来なかった。
その場に跪いた二人は、魔木に向かって歩いて行くレイモンドを背中を見つめた。
涙で歪みながら。
国を守る為に己の死を決めた、皇太子としての。
その崇高な後ろ姿を。
***
もう少しよ。
もう少しで、愛するレイ様が私のものになる。
常に邪魔をして来たこの女は、最早虫の息。
サラは高揚した。
千年の想いが成就する事に。
凱旋したあの日の、王妃の勝ち誇った顔が忘れられない。
セドリック陛下の隣にいる事を、当然のように振る舞った王妃。
敵が攻めて来た城を王妃が守り抜いた事を、セドリック王は称賛し感謝した。
それがサラとしては気に食わなかった。
我が国に勝利もたらしたのは自分だ。
王妃はただ敵を追い払っただけ。
敵陣に乗り込む事の方が、どれだけ恐くて困難な事だったか。
この女を見ているとあのムカつく王妃を思い出す。
サラは、目を閉じたままに、グタッタリとしているアリスティアを見た。
そんな姿でも美しい姿である事が更にムカつくが。
もうこの女に邪魔されないと、サラは愉快そうにクスクスと笑った。
レイモンドが魔木の前に立った。
やはり躊躇しているのか、中々魔木に触れられないでいる。
「 もう、どうにもならないのか? 他に術はないのか?」
ただ見てる事しか出来ない状況に、カルロスはオスカーの肩を掴んだ。
「 ティアに魔力が戻れば…… 」
そう。
サラも言っていたのだ。
『 木から抜け出す為に最後の魔力を使った 』と。
先程は、婆さん達に変身を頼んだ事でアリスティアの魔力が回復した。
それはアリスティア自身への嫉妬だったが。
しかしだ。
ここにいるのは自分達だけ。
アリスティアが嫉妬をするような女はいない。
「 クソッ! 婆さん達がいれば…… 」
魔女の森は直ぐ側にあると言うのに。
オスカーは拳を強く握り締め、下唇を噛んだ。
カルロスは魔木に向かって駆け出した。
そして、行き当たった見えない壁を叩いた。
バンバンと。
「 ティア! アリスティア! お前の皇子様が、魔物の元へ行こうとしてるんだぞ!! 戻って濃い!!早く戻って来い! 」
しかし、カルロスの声はアリスティアには届かなかった。
アリスティアのミルクティー色の髪がサラサラと風に揺れているだけで。
やがて……
魔木の前で暫く佇んでいたレイモンドが、意を決心したかのように、自分の前にある魔木に手を伸ばした。
「 ティア! 後を頼む! 」
それは転生前と同じ。
レイモンドは、国の未来を魔女アリスティアに託した。
***
ドーーン!!!
グラグラグラグラ……
レイモンドが魔木に触ろうとした時に、魔女の森からいきなり凄い音がした。
その後、地面がグラグラと大きく揺れたままで。
「 !? 」
「 な……何だ!? 」
それは、地面に手をついて身体を支えなければならない程の大きな揺れ。
カルロスもオスカーも地面に突っ伏す程の。
「 レイ!?無事か? 」
「 殿下! 」
地面の揺れはまだ収まらない。
レイモンドを見れば、彼は地面に片手と片膝を付いている。
その時。
地鳴りのようなゴーッ!っと言う凄い音が辺りに響いた。
「 !? 何か来るぞ! 」
黒い塊がこちらに向かってやって来ている。
懸命に目を凝らしながらその姿を確認すれば……その正体は木。
魔女の森にいる動く木が、こっちに向かって来ていた。
それも団体で。
「 ※*%#○+* 」
目の前に起こっている理解出来ない状況に、カルロスとオスカーは言葉にならない言葉を発している。
そして走って来た木達は、レイモンドの前で止まると丁寧にお辞儀をした。
いつの間にか揺れは収まっている中、一本の木がレイモンドの前に進み出た。
片膝を立てた姿勢でいるレイモンドを、自分の枝を使って立たせた。
すると、サササササと後ろに下がった。
そして木達はその場に跪いて、レイモンドに忠誠の姿勢を取った。
それはまるで騎士のように。
木なのに。
「 こいつらが魔女の森にいる動く木か 」
「 殿下に忠誠を誓っている…… 」
そのおかしくも不思議な光景は、二人を感動させた。
我が国の皇太子を崇める所為に。
木なのに出来た奴らだと。
動く木がいる事は、以前からレイモンドとアリスティアから聞いていた。
何故かレイモンドを崇める木だと言う事も。
レイモンドにベタベタてしてくるクネクネとした木とは、何時も戦っていた事も。
なので二人は、この木達を見たいとずっと思っていたのだ。
人間くさい木達を。
自分達は魔女の森に入れない事から諦めていたが。
因みに、この木達がサラの魂の分霊だと言う事は、アリスティアから聞いて最近知った話だ。
「 何故木が動いているの?この木達は何なの? 」
サラも困惑しているようだった。
ここにいる誰もが、思わぬ珍客にどう対処すれば良いかを戸惑っていた。
すると魔女の森から何かが走って来た。
それは一本の木。
タタタタタと。
クネクネしながら。
そのクネクネとした木を見たオスカーの顔が……パァァッと輝いた。
来たーーーっ!!!




