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3 聖獣の中の人


 城門をくぐり抜けると、緑の草原が広がった。

 吹き抜ける風を大の字で受けて、俺は思いっきり深呼吸してみる。


「すがすがしいな!」


「旅立ちはかくあらんという天気ですな!」


 クロは白い毛並みを風になびかせつつ、俺のブーツを前足でツンツンした。


「して、あるじ殿、これからどちらに向かわれるのです?」


 それは、もう考えてある。


「ド田舎だ!」


 勇者を辞めると決めた途端、肩が軽くなって天使の羽でも生えた気分だ。

 だが、15年にも及ぶ苦難の旅は、今も俺の腹の底に疲れの塊となって吹き溜まっている。

 だから、田舎でのんびりしたいんだ。

 頑張った自分を休ませてやるために。


「田舎ですか。いろいろ都合がよさそうですな」


「そうだろう」


 勇者と魔王の戦いは、大陸全土を股にかけた壮大なスケールで繰り広げられた。

 まさしく天下分け目の合戦。

 この先1000年の歴史書に分厚く記されるほどの出来事だった。


 だが、テレビ中継されていたわけではない。

 人流の少ない片田舎ならば、対岸の線香花火くらいの話題にしかなっていないはずだ。


「ずっとお前と旅を続けるのも悪くないがな、だが、根を下ろせる場所ってのは大事だ。俺を知る者がいないのは絶対条件としてな」


「では、北に進まれるのがよろしいかと。王国北部は魔王領からも遠く、地政学的にも無価値であったため戦火は及んでおりませぬ」


 クロの短い前脚がピッ、ピッ、と北を指している。

 じゃあ、そうするか。


 一歩踏み出しかけたそのとき、


「おい、あの犬、しゃべったぞ」


「まるで、勇者様のお犬様みたいだ」


「つか、あれ、本物のクレス様と聖獣様じゃないか!?」


「お、オレ! ファンなんだよ、すっげえ!」


 門番に見つかってしまった。

 騒ぎが大きくなる前に、ささっと距離を取る。


「旅の道すがら、今と同じようなことがありましょう。えらい魔力量のムキムキおっさんと後光をまとった聖獣のコンビです。よほど察しが悪くない限り、ひと目で勇者一行と気づくでしょう」


「ムキムキおっさんなのは認めよう。だが、後光というのはなんだ? お前のどこが光っている?」


「バカには見えない後光でありますれば。……あだだ、あだだだだだ! あるじ殿、す、すみませぬ!」


 俺はクロのこめかみを思いっきりグリグリしておいた。


「でも、身バレするのはまずいな。国王の耳に入れば連れ戻そうとするだろう」


 頭を抱えていると、城壁の影で眠る猫を発見した。

 黒真珠のような艶やかな毛並みの猫だ。

 俺の脳内でピコーンと豆電球が灯る。


「お前、聖獣とか言っているが、元は犬じゃなくて精霊なんだよな?」


「いかにも。我輩は犬を寄り代として具現化した高位の精霊にございます」


 クロはライオンの王様みたいに胸を張っている。


「なら、ほら、そのへんの猫とかに憑依し直せよ。しゃべるのが犬じゃなくて猫ならバレないだろう」


「あるじ殿! もっと相棒の造形にこだわりを持ってくだされ! 雨の日も風の日も15年間片時も離れず寄り添った仲ではないですか!」


「もふもふがなくなるわけじゃないだろう」


「我輩の主体はもふもふですか!」


 そうワンワンするな。


「俺もほら、髪型変えるから。……ほら、な?」


「アホ毛を作っただけではありませぬか。……まあ、犬である必要はありませぬゆえ、我輩は一向に構いませぬが」


 そう言うと、クロは猫にオデコをくっつけた。

 あたりが光で満たされる。

 神々しい輝きの中、猫はすくっと立ち上がって、


「あるじ殿、うまく憑依できたみたいですぞ」


 と、そうおっしゃる。


「猫は液体と申しますが、なんとも柔軟な体ですな」


 クロは落ちていた鍋の中で丸くなると、顔だけ持ち上げてニャーと鳴いた。

 これが噂のねこ鍋か。


「急に可愛くなったな、お前」


「可愛くなかったみたいに言うのはやめてくだされ」


「俺、実は猫派だったんだ」


「それは僥倖にございますな。あるじ殿、我輩は猫でありまする」


「惜しい。そこは、猫であるが正解だ。あと、ニャをつけろ。普通に話されると可愛さが目減りする」


「我輩に失礼ですぞ! あるじ殿!」


 俺はシャーシャーと毛を逆立てるクロを持ち上げた。

 陽光を受けた黒い毛並みがまばゆい光を放っている。


「そういえば、お前の名前は俺が付けたんだよな」


「我輩、一生の自慢です! ふんっ!」


「白いオス犬だから逆張りでクロロンティーヌと名付けたんだ。懐かしい」


「わ、我輩の正式名称はクロロンティーヌだったのですか……!?」


 縦長の瞳孔がカッ、と開いた。

 15年目の真実だったりする?


「でも、ここにきて黒いメス猫だからな。熱い伏線回収って感じだ」


「何も熱くないでしょう。我輩は背筋が凍る思いです」


「だが、黒いからクロというのも安直だ。ここはもう一度逆に振って、シロロンタロウみたいな感じで」


「我輩の名前で遊ばんでくだされ!」


 爪を振り回すのでうっかり取り落とすと、クロは音もなく着地した。

 さすが猫だ。


「あるじ殿、名前とは愛です。ひねる必要はないのですぞ」


「俺はひねりたいんだ。だって俺、勇者クレスだぞ? 本名が暮杉だからクレスって安直すぎだろう。IQが2しかなさそうな名前で嫌だったんだ」


「以前、ヘラクレスみたいで格好いいと自画自賛されていたではありませんか! ヘラクレスが何かは存じませぬが」


「じゃあ、お前はヘラクロ(・・)スあたりにしておくか?」


「名前を変える前提から離れてくだされ! 肉体を変えて名前まで変えたら、我輩はなんなのですか」


 俺はイカ耳になったクロの頭をそっとなでて言った。


「どんなに変わり果てても俺の相棒だ。それは変わらん」


「あるじ殿……。すき……」


 などと主従で乳繰り合っていたら、グルルルル……、と低い唸り声がして白い犬が近づいてきた。

 クロの寄り代だった犬だ。

 要するに、もはやただの野良犬ぬけがらだな。


「ガルルルル……」


 なんだか知らないが、狂犬病の犬みたいにガルガルしながら、牙の隙間からよだれを垂らしている。


「クロ、すごい目でお前を睨んでいないか?」


「ですな。一体なんだというのでしょう?」


 一触即発の空気だったが、喧嘩にはならなかった。

 ペ――ッ。

 犬はクロの足元に唾棄すると、ついでに糞まで残して駆け去っていった。


「あるじ殿の前で粗相をするなど、しょせん駄犬ですな」


 後ろ脚で砂をかけるクロ。


「お前もところかまわずやってたろ。俺が拾って捨てていたのを忘れてはいまいな?」


「な、なんのことでしょうニャアニャア……」


 でも、まあ、俺にはあの犬の気持ちがよくわかるぞ。

 勝手に憑依された挙句、火の雨が降り注ぐ戦場に繰り出して大立ち回りを演じてきたんだからな。

 オレの体で無茶しやがって、って気分なんだろう。


 宇宙に打ち上げられたり、南極に置き去りにされたり。

 犬も大変だ。

 せいぜい平和に暮らしてくれ。

 あばよ、白い犬。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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