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2 ハーレム願望


 思い出すだに怖気が走る。

 異世界に召喚されてから今日に至るまで、身の毛もよだつ日々だった。


 15歳の夏休み。

 中学3年生だった俺は、じーちゃんチの縁側でセミの声を聞きながらスイカの種をプップしていた。

 思えばこれが最後の平和な日常だった。

 次の瞬間には、見知らぬ玉座の間にいた。

 そして、勇者サマータスケテーだ。


 俺を召喚したのはカラウ王国という、大陸でも大きな勢力を誇る国だった。

 それでも、死者の大軍勢を率いる魔王国には到底敵わず、荒波に削られる岩肌のように少しずつ国土を失っていったらしい。


 俺が召喚されたのは敗戦と亡国が濃厚になった頃だった。

 手段を選ぶ余裕がなくなった王国首脳部は異界から勇者を召喚するという禁忌の一手に打って出たのだ。

 そして、呼び出されたのが俺ってわけだ。


 そこからは、地獄の日々が幕を開けた。

 王国軍屈指の鬼教官どもにみっちりシゴキ倒されたのだ。

 疲れ果てて気絶しても治癒魔法で強制的に回復させられて、鞭と棍棒で叩き回されながらまた気絶するまで延々と猛特訓。

 飛竜にロープで繋がれて、1日で700キロ近く走ったこともあったな。

 思い出しただけで吐き気がしてくる。


「あれは、見ている我輩も鳥肌ものでしたぞ」


 クロが同情の眼差しで見上げてくるので、俺は蔑視で迎え撃った。


「お前は俺がしばかれている間、教会の修道女たちにチヤホヤされていたよな。ああ、羨ましいなあ」


「あ、あれは聖獣としての試練でありまして。身を清めて神力を宿すには、彼女らの御手になで回されるのが一番なのであります」


「どうだった?」


「それはもう至福のひと時でありました」


「……」


 俺は駄犬を捨てていくことにした。


「……ハッ!? お待ちを、あるじ殿!」


 クロは短い脚をせかせか動かして追いかけてくる。


「ときに、あるじ殿!」


「なんだ?」


「晴れて自由になったわけですが、あるじ殿はしたいことなどございますか?」


 将来これからのことか。

 俺は王都の町並みを眺めながら、うーんと唸った。

 目の前のことに精一杯だったからな。

 火炎魔法と矢の雨が降り注ぐ戦場を駆け回り、夜は暗殺者に怯えながら眠った。

 将来はおろか、明日のことさえ考える余裕はなかったぞ。


「難しく考える必要はありませんぞ。要は、欲求です。今、胸の内に秘めたるものをさらけ出せばよいのです」


 俺の表情をだいぶ下のほうから読み取って、クロがそんな助言をくれた。

 至言だな。


 俺は素直に自分の胸と向き合った。

 で、言う。


「歳下美少女を集めてハーレムを作りたい。あと、妹が2人欲しい。片方にはお兄様って呼ばせたい」


「急に下衆ですな……」


 男とはそういうものだ。


 クロは、わぅん、と首をかしげた。


「しかし、歳下美少女ですか? 少女ならそもそも、みな歳下でしょう。なんせ、あるじ殿は御年30歳であらせられます」


「え……」


「え?」


 俺は一瞬凍りついてから、素早くクロの頬をサンドイッチした。


「俺、30だっけ」


「左様でございまフが?」


 そういえば、そうだった。

 言われるまで気づかなかった。

 召喚してからこっち、自分を顧みる余裕などなく、気づけば時間だけが過ぎていた感じだ。

 俺はてっきりまだ18後半くらいだと思っていたんだが。

 ……30歳か。


「もうおっさんじゃないか……」


「大丈夫ですぞ、あるじ殿」


「何がだ?」


「犬年齢ならまだ4歳ほどですから」


 一瞬固まってから俺は尋ねた。


「……3歳女児を狙えと? 俺いちおう元・勇者なんだが」


「まだ若いという意味です。どんだけ歳下にこだわるのですか……」


 冗談だ。

 まあ、要するに、こういうことだろ?


「これからは、自分の時間を生きていいってことだな」


「あるじ殿、それはいささか違いますな。これからは、我輩とあるじ殿の時間をともに生きてゆくのです」


「俺、とりあえず、見た目が少女の長命種を探そうと思う。エルフ美少女400歳とかな」


「せめて相槌を打ってくだされ。それと、普通に2歳下あたりを狙うのがよろしいかと。合法○リはほぼ違法です、あるじ殿」


 口達者な犬の相手をしているうちに、城門が見えてきた。

 窮屈な王都と広い外界を隔てる境界線。

 勇者としては何度も越えたが、見慣れた門扉も今は新鮮なまでに輝いて見える。


 俺は勇者を辞めたのだ。

 これが決別の一歩となるだろう。


「しかし、我輩は残念でなりませんな」


 おい、後ろ髪を引っ張るな。

 今は前だけ向いて進むシチュエーションだろう。


「魔王を討伐して以来、民草は猫も杓子もクレスクレス。皆があるじ殿を賞賛しておりましたのに」


 クロは賑やかな雑踏に寂しげな目を向けていた。


 ちなみに、クレスってのは俺のことだ。

 暮杉くれすぎ太郎だから、クレスだな。


「子らは木の枝片手に勇者ごっこに熱を上げ、吟遊詩人は勇者の武勇伝を高らかに詠う。我輩はそれを誇らしく思っておりました」


 そうだな。

 たしかに、子供にサインを求められたり、遠巻きからご婦人がたにキャーキャーされたりするのは俺も心地がよかった。

 魔王を倒した勇者クレス――。

 それは、俺にとっても誇りだ。


「こうして、人知れず旅に出れば、我輩とあるじ殿の思い出の日々も忘れ去られてしまうのでしょうか」


「思い出か。いっぱいあるな」


「たくさんございますなぁ」


 俺たちは青い空を見上げ、揃って去りし日に思いを馳せた。


「魔王四天王のドエロいサキュバスに騙されて血を見たり、助けた女の子が敵の刺客だったり」


「わぅ!? 悪い思い出ばかり!?」


「いい思い出は、あー、……無いな」


 ひとつも出てこなかった。

 とにかく地獄だったからな。

 もう忘れよう。


「行くぞ、ポチ」


「クロです、あるじ殿」


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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