25 夢でお礼
日が西に傾いた頃。
俺たちは村へと戻ってきた。
「おっ宝おっ宝バインバイ~ン! おっ宝おっ宝ボインボイ~ンっ!」
両手いっぱいに魔石を抱えたエロナが弾む足取りで教会に向かって行く。
「帰ったわよー! 子っ供たちー!」
「エロナママぁ!」
「クレスおじちゃんもいるーっ!」
うんうん。
子供たちは今日も元気だ。
だが、おじちゃんはやめろ。
お兄様で頼む。
「クレス、これだけの魔石があれば、借金完済どころか教会を建て直せるわ! ありがとう! 全部クレスのおかげよ!」
大空を舞う鷹のように腕を広げてエロナが飛んでくる。
俺に抱きつくや、今度はタコみたいに絡んできた。
「好きよ、クレス! あんたのこと!」
またまたー。
俺をたぶらかそうとしたって無駄だ。
ちょっと鼻の穴が膨らんで、胸がドキドキするだけ。
それだけさ。
目のピントが合わないくらいの至近距離にエロナの赤らんだ顔が見える。
「私、割と本気なんだからね? 男なんてチャームをかけるだけで思い通りにできたから、善意で誰かに何かしてもらった経験は初めてなの。400年も生きているのにね」
さらに顔が寄ってくる。
なので、俺は背伸びして逃げる。
「あんたみたいなイイ人がいるのね」
「おう、いるいる。探せばいっぱいいるから離れろ。ほら、暑いし汗かいちゃうだろうが」
「ダメよ。……お返し、しなきゃ」
「お返し?」
この距離感的に、……キスとか!?
まあ?
そのくらいなら?
もらってやっても?
別に?
イイケド?
俺はちょっとばかし期待しながら唇の状態を確認した。
あ、ガサガサしてる……。
その唇をエロナの人差し指が塞いだ。
「今はダメ。子供たちがいるもの」
つまり子供の前じゃできないお返しってコト!?
「今夜、会いに行ってあげる」
「おう。お構いなく」
俺は曖昧な返事を残し、ぽわぽわ気分で教会を出た。
頭の上から伸びてきた爪が頬をガリガリと引っかく。
クロ、痛いわけだが?
「どうして断らぬのですか、あるじ殿!」
「俺の故郷じゃ据え膳を食わぬのは男の恥でな」
「淫魔ですぞ、淫魔。猛毒入りでも食べるのですか」
「皿まで食えばノーカン的なことわざもあったはず……」
「なりませぬ、あるじ殿!」
怒られているうちに、家についた。
リードを外すとシロは玄関先にゴロンと横になる。
番犬専用のポジションだな。
「帰ったぞ、ルノン」
「おかえりなさい! ご無事でよかったです、クレスさん!」
キッチンのほうから銀の髪をなびかせてルノンが駆けてきた。
俺の手を取り、腕をさすったり背中に回り込んでみたりと落ち着かないご様子だ。
「お怪我はないですか!? 怖い魔物とか出ませんでした!? わたし、クレスさんのことが心配で今日一日ぼーっとしてました!」
「このとおり元気に戻ってきたぞ」
「本当によかったです、クレスさんっ!」
まばゆい満面の笑みが俺を照らす。
うんうん。
「やっぱり俺はこっちだな」
エロナ?
そんな奴、知らん。
「あるじ殿」
クロがジト目で見てくる。
「我輩、さきほどはああ言いましたが、世間体を考えるなら年端もいかないルノン殿よりエロナルーナのほうが健全かと存じます」
「クロさん、今夜のごはんはお外で食べてください」
「にゃは!? ルノン殿……!?」
抜きじゃなくて、外で食べさせるところが逆にエグいな。
俺はクロをシロの腹の上に置きつつ、人差し指を突きつけて言う。
「いいか、クロ。俺は確かに御年30のおっさんだ。だがな、体感だと18歳なんだよ。肉体年齢なんて血管年齢とかと同じだ。大事なのは自認年齢のほうだろ。俺が18だと思っている限り、俺は18の少年のままなんだよ」
「軽蔑という字を辞書で引きなされ。あるじ殿にピッタリな言葉でありましょう」
口達者な猫め。
そこで、もふもふ同士モフモフしてろ。
○
そして、夜が来た。
今夜会いに行くなんていうから割と楽しみに待っていたのだが、結局エロナが俺の元を訪れることはなかった。
まあ、別に?
俺も?
見返りが欲しかったわけじゃないし?
全然?
気にしてないっていうか?
とまあ、俺は不貞寝した。
「……」
否、寝たはずだった。
だというのに、なぜか意識ははっきりしている。
起きているかのように。
なんだ?
ここはどこだ?
一面真っ白な空間にベッドだけが置かれている。
俺はその上にパンイチで横たわっていて、なぜかはわからないが体の自由がきかない。
困惑しているとピンクのモヤが集まって、人の形になった。
ヤギの角に小麦色の肌。
雪のような白い髪。
そして、何よりボボンッ!!
張り出した胸の迫力が凄まじい。
「エロナ……!?」
俺は自分の上にまたがる女の名を呼んだ。
「ここどこ!? なんでまたがってんだ!?」
「まず、どうして裸なのか訊きなさいよ。私もけっこう恥ずかしいんだから……」
真っ赤になった顔を凝視する俺。
顔しか見れねえ。
ホント、すっぽんぽんだし。
「会いに行くって言ったでしょ?」
「それはそうだが」
「ここは夢の中よ」
「……夢?」
「淫魔の魔法よ。寝ている相手のおでこにキスすれば、夢に入れるの」
「なる、ほど」
いや、なるほどじゃあるか。
「ということは、お前、今俺の寝室で俺のおでこにキスしているってことか!?」
「ええ。馬乗りでチューしてるわ」
「絵ヅラやっば! ルノンに見られたらどうしよう……」
「見つかるようなヘマはしないわよ。私、姫級淫魔よ?」
なにその謎の説得力……。
「クロは!? クロはどうした!?」
「寝てるわ。あんたの頭の横でね」
「あの寝ぼすけ番犬……いや、番猫、役立たずすぎない!?」
「猫なんて元来可愛い以外何の役にも立たないわよ」
だな。
それはそうだ。
エロナが俺の両肩を手で押さえつけ、顔を寄せてきた。
真っ白な髪がカーテンのように広がる。
甘い息が俺の顔にかかった。
「本当はリアルでシてあげようかと思ったんだけどね」
「お、おう」
「さすがに初めてだし、緊張するし、ちょっとパニクりそうだったから夢で勘弁してね」
「おう」
「じゃ、そういうわけで、朝までたっぷりお礼してアゲル」
俺の胸に柔らかいものが押し付けられた。
指と指が絡み合い、腰の上にぐっと負荷が加わる。
「いやいや、こういうのはキチンと大人になってからで」
「あんた、十分おっさんじゃない」
そうだった。
「大丈夫よ。これは夢だもの。現実には何の影響もないわ」
そうなの?
それは嬉しいような悲しいような。
「へ、下手でも笑わないでね!? 私も男の人の精気を吸い取るの初めてなんだから」
俺のことも笑わないでくれ。
経験値足りない上に、身動きまで取れないからな。
「いくわよ? 淫針、刺すからね?」
耳元でそんな声が聞こえた。
淫針ってなに!?
と思っていると、スペード型の尾針がキランと光った。
あれか。
――ぷす。
あ、刺された……。
その瞬間、俺は俺じゃなくなった。
この後のことは、ちょっと筆舌に尽くしがたい。
極上の夢だったとだけ言っておこう。
サキュバスすげえ……。
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