24 扉の向こう
遺跡系ダンジョンの中は業務用冷凍庫のようにひんやりしていた。
罠の半分は凍りついてしまって機能していない。
遺跡を守っていたであろう骸骨の騎士団も分厚い氷の牢獄に幽閉されている。
数多くのダンジョンに潜った俺もちょっと見たことがない雰囲気の場所だった。
「寒いわね。シロ、湯たんぽになりなさい」
「わうわう!」
エロナの胸に大喜びで飛び込み、深い谷間に埋もれるシロがなんとも羨ましい。
犬になりたいと思ったのは初めてだ。
「クロ、お前は俺が湯たんぽにしてやろう。すまんな、俺の硬い胸板で」
「いいえ、あるじ殿。我輩はあるじ殿に抱っこしてもらえるだけで幸福の極みにございます。それに、硬いほうがよろしいかと」
「なぜだ?」
「こんなふうに爪が研げまする」
俺の胸をカリカリするクロ。
お前の爪は岩をも斬り裂くのだから、ほどほどで頼む。
大胸筋まで6つに割れちまいそうだ。
「このスケルトンどもが持っている武器、妙ね」
エロナは骸骨の氷像に触れて眉をひそめている。
「お前も気づいたか」
骸骨騎士が握っているのは巨大な薙刀だ。
刃渡りだけでも、ゆうに2メートルを越えている。
狭い遺跡の中では向きを変えるだけでも一苦労だ。
それに、騎士たちは遺跡の奥に薙刀を向けて並んでいる。
侵入者を阻むなら外を向くべきなのにな。
俺は氷の壁を砕きながら思案にふけった。
「……遺跡系ダンジョンってのはな、特別な用途のために造られるんだ」
「特別な用途?」
「ああ、金銀財宝を守る金庫や時の権力者の墳墓が一般的だな」
「ここはどうなのよ?」
「うーん……」
奥に向かって布陣する骸骨騎士たち。
飛んできた巨大な槍。
身の丈を越える大薙刀。
それらのヒントから俺はひとつの推測を導き出した。
頭が良さそうな雰囲気を醸し出しつつ俺は言った。
「ここは、太古の強大な魔物を封じた遺跡なのかもしれないな」
「帰るわよ、あんたたち」
くるっと来た道を戻るエロナ。
「私はお金が欲しいだけなの。冒険がしたいわけじゃないのよ」
ごもっともだな。
危険を冒しても見返りがあるとは限らないし。
……だが、少し気になることがある。
俺は初めて狩りをしたときのことを思い出した。
黒の森の一角が氷漬けにされていたことを。
この凍りついたダンジョンと何か関係があるのではなかろうか。
もし、本当に太古の強大な魔物などというものが封じられているのだとしたら……。
憶測の域は出ない。
だが、ノーデン村の安全のためにも全容を把握しておくべきだろう。
「子供たちが安心して暮らせる村は大事だろ?」
「そう言われると弱いわね……」
めちゃめちゃ渋々エロナもついてきてくれた。
奥へ奥へと進むにつれて、気温がぐんぐん下がっていく。
吐く息が真っ白な煙幕となって行く手を曇らせた。
吸えば肺まで凍りつきそうだ。
「尋常ではないな……」
「ど、どんな魔物でも魔王様よりはマシよ。大丈夫、大丈夫……。こっちには魔王様より強い勇者がいるんだし。きっと大丈夫よ……」
「全然大丈夫そうに見えないわけだが」
「べ、別に怖がってなんかいないんだからね!?」
「じゃあ、シロを抱いていろよ。ポイ捨てして俺に乗り換えんな」
捨てられたシロが冷たい床の上で惨めな顔をしている。
可哀想に。
頭の上にクロを乗せ、左腕でシロを抱え、エロナが右腕に絡みつくという動きにくいことこの上ない格好でヨロヨロと歩を進め、俺はついに最深部らしき場所にたどり着いた。
巨大工場の物資搬入口にありそうな特大の扉がででーん、とそびえ立っている。
迷宮主の間か、それとも、封印の間か。
何が待っているのかは知らないが、とんでもなくヤバイ奴に違いない。
「開けないわよね? 中を見てみようとか思ってないわよね? 頭悪くないわよね? 引き返すわよね? ね? ね? ちょっとクレス、何か言いなさいよ」
「安心しろ」
「よかったわー」
「ちょっと見るだけだから」
「そんな先っちょだけ論法いらないのよぉ……!」
エロナの悲痛の叫びがダンジョンに虚しく響いた。
でもさ、ここまで来たら中見るじゃん?
見ない奴いなくない?
それこそ、先っちょだけで終わるはずがないのだ。
「じゃあ、扉壊しまーす!」
「やめええてえええええええ……!!」
ぐるんぐるんと腕を回す俺。
しかし、殴る前に待ったがかかった。
「あるじ殿、どうやら扉はとうに開いているようですぞ」
クロが前足でツンと触れただけで、巨大な扉はゴゴゴゴゴ、と左右に分かれた。
扉の隙間から猛烈な吹雪が吹きつけてくる。
さては、冬将軍でも閉じ込めているな?
やーやー、我こそは召喚されし勇者なり。
いざ尋常に勝負いたせ。
俺は意気揚々と扉の奥に踏み込んだ。
……が、中はがらんどうだった。
壁も床も氷に閉ざされた、だだっ広い空間を寒風が吹きすさんでいる。
それだけ。
これといって、おかしなものは見当たらない。
空の冷凍庫を覗き込んだみたいな虚無がそこにあった。
「迷宮主は!? 封印されし魔物は!?」
恐る恐るついてきたエロナが俺の脇の下から臆病なウサギみたいに周囲を見渡している。
「何もおりませぬな、あるじ殿」
「ああ。宝物殿でもないし」
強いて言うならば、がらんどうのド真ん中に瓦礫の山ができている。
俺は高い天井を見上げた。
遥か上方に青空が見えている。
「天井が崩れたみたいね」
「崩した、の間違いじゃないか?」
俺はエロナの言葉を微妙に正した。
「ここに封じられていた何かが、天井を突き破って外に出たってこと!?」
「そういうことだ」
「わ、私、ポジティブシンキングが好きだわ。最初からここには何もいなかったのよ。さっさと帰りましょ。下向いてたらどんな雨雲もそのうち去っていくわよ」
下向いてやり過ごすポジティブシンキングってなんだよ。
「わんっ!」
シロが何かをくわえて駆けてきた。
「……鱗、か?」
手のひらよりも大きな白銀の鱗だ。
触れてみると指が凍りそうなほど冷たい。
「あるじ殿、これは」
「ああ、どうやら封じられていたのは超巨大なお魚さんだったみたいだな。悲しいな、クロ。お魚さん、逃げちゃったみたいだな」
「あるじ殿、小馬鹿にするのはやめてくだされ」
すまんすまん。
「それで、これからどうするのよ?」
まさか、逃げた魔物を捜して焼き魚にしようなんて言わないわよね、とばかりにエロナはひどく訝しげな面持ちで俺を見つめている。
さすがの俺も危ない魔物にわざわざ自分から会いに行こうとは思わない。
地上に引き返すか。
でも、その前に。
「弁当食べよう。きっと豚料理だ。ルノンの作るメシはどれも絶品なんだ」
「よくこんなところで食欲が湧くわね……」
「戦場じゃ食えるときにしか食えないしな。ほい、クロにはサーモンの燻製。ちなみに、俺の手製だ」
「あるじ殿、大好きですにゃー!」
「シロにはハンバーグな」
「んぉぉワンワンワンあー!」
「なんとエロナの弁当もあったりする」
「ルノン、いい子すぎない!? もうただの天使じゃない……」
それはそう。
ということで、氷の上にあぐらを組んで、2人と2匹で舌鼓を打ちましたとさ。
豚うっま。
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