10 狩り
鬱蒼とした森が広がっている。
むせ返るような緑の生気で胸を膨らませながら、俺は意を決して森に分け行った。
「北の大地にこれほどの緑があるのは珍しいんじゃないか?」
「霊峰ノーデンベルクの雪解け水が育んだのでありましょう。その森に棲まいし魔物も一筋縄ではいかないかと」
と言う割に、クロは子猫並みの無警戒さでツル草にじゃれついている。
どんな魔物も俺の敵ではないと思っているのだろう。
ま、その通りだがな。
「本丸から攻めてみるか」
黒の森だったか?
勇者だとバレない程度の大物を持ち帰れば、多少ぐーたらしていても「あの人はいざという時はやってくれるポジション」を確立できるはずだ。
でかくて強そうな魔物がいいな。
「あるじ殿、油断なされぬよう」
「油断しても死なないことはお前が一番よく知っているだろう」
「ですな。何度も美少女暗殺者の凶刃を受けましたが、あるじ殿はいつもケロッとしておられました」
「それ、馬鹿は風邪ひかない、みたいな話だったりする?」
「ニャッハッハ!」
笑って誤魔化すな。
お前の弁当食ってやろうか、このニャ郎。
「さっさと行くぞ。さっさと休むためにもな」
俺はクロを頭の上に乗っけて、思い切り地面を蹴りつけた。
一歩目で最高速度に達し、緑の森を矢のごとく突き進む。
実際、矢より速いぞ。
俺は平地なら時速300キロは出せるからな。
100メートル1.2秒だ。
魔力を使えば物理を無視できる世界だから、全身の骨が疲労骨折するほどの猛特訓を丸1年続ければ、みんな俺みたいになれるぞ!
「ぎ、にゃ……!?」
調子乗ってビュンビュン突っ走っていたら、枝にぶち当たったクロがバイィィンン、とすっ飛ばされた。
ホントすまん。
「ここが、黒の森か」
歩いたら半日ほどかかりそうだが、突っ走ったおかげで20分とかからなかった。
俺の前には黒ずんだ巨大樹の森がそびえ立っている。
デカイだけではない。
幹は奇怪にうねり、枝はあちこちにコブを作りながらデタラメな方向に広がっている。
根っこなんて大蛇のバケモノだ。
それに、こののしかかってくるような空気感。
「信じられないくらい魔力が濃い森だな」
まるで、ダンジョンの中にいるみたいだ。
「地下に魔石の大鉱脈でもあるのでしょう。あるじ殿、こういう場所には強力な魔物が棲みつきますぞ」
「用心しないとな」
と言ったそばから、ズンズンと重い足音が聞こえてきた。
茂みを引き裂いて現れたのは、見上げるような熊だった。
バナナみたいな爪の生えた両前脚を振り上げて、
『ゴアアアアアアアア――――ッ!!』
すごい迫力だな。
そっちがその気なら、俺も遠慮はしない。
狩人生活1日目。
初めての獲物はお前に決定だ。
熊が猛然と飛びかかってきた。
俺はそのさらに上を跳躍しつつ、狩人手帳をパラパラとめくった。
「ふむふむ。鋼皮熊か。爪は魔除けの縁起物として高値で取引される。鋼のごとき毛皮はそのまま鎧となり、肉は硬いが美味、とな。ほうほう」
要するに、美味しい獲物か。
危険度はA。
AとかBとかCとか、いまいちピンと来ないな。
どれ、一発受けてみるか。
俺は大上段からの一撃を腕で受けてみた。
ガギン――。
立派な爪が根元から折れて、俺の耳をかすめながら木の幹に突き刺さった。
ちょっと痛かった、……かも?
だが、こんなものか。
「ん」
俺はシュタール・ベアの腹を殴った。
巨体が横倒しになる。
それっきり動かなくなってしまった。
「なんとも張り合いのない。魔王軍の骸骨騎士のほうが歯ごたえがあったな」
「よいことではありませぬか」
「だな」
張り合いなんていらん。
俺が欲しいのは平穏な毎日だけだ。
ちょろい熊さん、大いに結構。
今度また相撲取ろうな?
「ええっと、ここをぶっ刺して、と……」
狩人手帳とにらめっこしながらシュタール・ベアの血抜きをしていると、血の匂いに釣られたか山犬の群れが現れた。
剣牙犬というらしい。
単体ではBだが、群れだとSランクの魔物だとさ。
サーベル・ファングはマスゲームみたいな一糸乱れぬ動きで包囲網を形成した。
だが、俺は魔王軍3個師団を正面突破した男だぞ?
あまいあまい。
「フン――ッ!!」
地面を強く踏む。
すると、クレーターができて、群れごと宙に投げ出された。
身動き取れないところを、ズドン。
群れのボスらしき大柄の個体を殴り倒すと、ほかの山犬はキャンキャン言いながら逃げていった。
その後も10分おきに魔物の襲撃を受けた。
ノーデン村に狩人がいないのも納得だ。
並の人間ならミイラ取りがミイラになるを地で行くことになるだろう。
「さすが、あるじ殿です。その気になれば森中の魔物を狩り尽くすなど造作もないことですな」
クロはシュタール・ベアを座布団にしている。
「生態系を崩すつもりはないさ。獲るのは必要な分だけだ」
魔物も自然の輪の一部だからな。
村にちょっかいを出さないなら獲って食ったりしないさ。
「それじゃ帰るかな」
結局、仕留めたのは3頭だけだ。
どいつもこいつもデカイし食える。
村のみんなも喜んでくれるだろう。
「っ?」
ふと寒気を覚えて俺は顔を上げた。
森の一角が凍りついているのが見える。
「誰か強力な氷魔法でもぶっぱなしたのか?」
「だとすれば、相当な使い手でありましょう」
だな。
完全に銀世界だ。
これほどの魔法を扱える者は王国広しといえども数名しかいないだろう。
「サンドイッチんまー」
「ジャーキーも格別ですぞ」
魔王はもっとすごい魔法を使ったから、この光景を見ても別段心が動かない。
俺の感覚、だいぶ麻痺しているよな……。
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