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1 過労勇者、弱音吐く


「もうダメだ。俺は何もしない人になりたい」


 俺は地面に突っ伏して、ゲボをまき散らす酔っ払いのように弱音をぶちまけた。

 体はズタボロ、心は擦り切れ、精も根も尽きて、もはや息をするのも億劫だ。

 このままでは、死ぬ。

 俺はそう遠くないうちに死ぬだろう。

 間違いない。


「ハッ、あるじ殿が堕落しておられる……! 我輩がお支えせねば!」


 俺の腹の下に潜り込んで鼻先で押し上げてくる白い犬。

 こいつは、聖獣のクロ。

 俺に仕える忠犬だ。


「あるじ殿は勇者様なのですぞ! こんな往来のド真ん中で醜態を晒してはなりませぬ!」


 街ゆく人々がこっちを見て目を丸くしている。

 だが、それは俺のせいではないだろう。

 しゃべる犬が珍しいだけだ。

 エルフやケモ耳が町を闊歩し、ドラゴンが当たり前に空を飛ぶこの世界でも、しゃべる動物は稀有な存在だからな。


 俺がこの世界に召喚されて、15年ほどになる。

 気づいたら見知らぬ玉座の間で、いきなり王冠載っけた爺さんに泣きすがられて、魔王を倒してたもれぇ勇者殿ぉ……、だもんな。

 未だに夢でも見ている気分だ。


 あれから、ずいぶん大変な目に遭った。

 聖剣を押し付けられて戦場に放り込まれ、矢と砲弾が飛び交う中、魔王軍と大乱闘。

 何度も死にかけて、何度も裏切られ。

 それでも、15年がかりでようやく魔王を討ち取り、世界は平和になったのだ。


 だというのに……。

 だというのに、だ。

 俺の仕事は一向に減る兆しが見えない。

 むしろ増えているんじゃないか?


「先週は、西方の反乱貴族を討っただろ? その足で、国境を荒らす山賊を叩いて、ついでに竜退治した後、東に取って返して魔王軍残党の根城を潰した。そこから夜通し歩かされて今度は隣国の砦を落としてこい、だ」


 ようやく王都に戻ってこられたのが今日。

 国王に挨拶したのがついさっきの話。

 その席で軽いねぎらいの言葉を聞いた後、今度は南の森の蛮族を征伐せよと勅命を受けた。


 休み?

 もちろん、無いよ。

 死ぬよ?

 俺、死ぬよ?

 そろそろ本当に死ぬからな。


「クロ、人ってな、働きすぎると死ぬんだ。俺、この世界に過労死って言葉を刻み込んでやろうかな。最強無敵と言われた勇者の死因としてな、へへへ……」


「ど、どうかお気を確かに。あるじ殿、我輩を吸っていいですゆえ……」


 いつもは頑なに嫌がるクロがヘソ天しているので、思い切り吸わせてもらった。


「少し蘇った。今日はまだ死なない」


「左様ですか。我輩も一安心しましたぞ」


 恥じらうようにお座りすると、クロはふと真面目な顔つきになった。


「たしかに、最近の王国首脳部は目に余りますな。魔王討伐のためにあるじ殿に助力を求めるならいざ知らず、今の王国がやっているのは勇者の力を背景にした侵略行為です。見過ごせませぬ」


 勇者の力、か。

 この世界に来てすぐの俺は名も無き農民と腕相撲して完敗を喫するほど貧弱だった。

 だが、厳しい修練に耐え、あまたの戦場を渡り歩いた結果、魔王すらも一刀のもとに斬り捨てるほどの力を手に入れた。

 俺一人で国すら簡単に落とせてしまうほどの力を、だ。


 人型戦略兵器。

 歩く核爆弾と言えるだろう。

 国王陛下はそんな俺に鞭打って馬車馬のように働かせている。


 打倒魔王――。


 厳しい旅だった。

 でも、世界を救いたい一心で俺は駆け抜けてきたんだ。

 でも、今の俺は侵略の片棒を担ぐ殺人兵器キリング・マシンだ。

 もう何を支えにして戦えばいいのかわからない。


「ずっと臨界状態なんだ。もうダメだ、俺は……。いっそここで爆発してやろうか。ふふふ、新たなる魔王の爆誕だ……」


「対・飛竜砲を頭突きで止めたあるじ殿がこの有様……。なるほど、限界ですな」


 わかってくれるか、クロ。


「あるじ殿、すべてを捨て、我輩と旅に出ませぬか?」


「旅に?」


「はい。誰もあるじ殿を知らぬ土地でやり直すのです。イチから、もう一度」


 クロのまっすぐな瞳に冗談の色はない。

 俺も真剣になり、問い返した。


「いいのか? お前もいちおう国王に召喚されたクチだろう?」


「我輩は元より勇者様あるじどのの家来として召喚された身。国王の意向ではなく、あるじ殿に従いますぞ」


 その一言で俺の腹も決まった。


「よく言ってくれた、クロ!」


 俺はクロを抱えて立ち上がる。


「勇者は辞めだ。また旅に出るか、一緒に。富も名声も肩書きも、何もかも捨てて」


 魔王を討って義理は果たした。

 誰にも文句は言わせない。


「ですな。我輩、あるじ殿が一緒なら他に何も要りませぬゆえ」


「可愛い奴だ! しゃべる犬のくせに!」


「……微妙な気分です、あるじ殿」


 というわけで、俺は歴戦の相棒を抱きしめて、城を背に走り出したのだった。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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