第35話 王子様が来たよ、隠れて①
「鳴海ちゃんもさっきのお店で何か買い物してたようだけど、何を買ったの?」
「ああ、伊達眼鏡だよ。かわいいのが見つかってさ、夏に実家戻ったときに妹にあげようと思って」
休日午後の県庁通りは人通りがやや多く、隣接している車道も渋滞気味だ。
道行く人をちらりと観察すると、家族連れだったり、スーツ姿の会社員だったり、部活帰りの学生だったり、とひと目に様々な人間模様がうかがえる。
「鳴海ちゃんの妹ちゃんって、どんな子なの?」
「うーん……私には似ても似つかないぐらいカワイくて、頭も良くてスポーツも万能の超絶陽キャ、かな。……あの子には、あらゆる分野で勝てる気がしない」
「ocean floor」の紙袋から、買った伊達眼鏡を取り出してみせる。
もちろん、買った個数は二つだ。デザインも色も同じである。
夏休みに実家に帰ったら、妹とお揃っちの格好でお出かけする用の伊達眼鏡だ。
近頃の妹は私と双子コーデをしたがらなくなったり、中学二年まで一緒にお風呂に入っていたのに突然それを断りだしたり、とお姉ちゃん離れが加速している。
妹のお姉ちゃん離れは、何としても避けなければならない。そのために買った二つ、である。今年の夏は、妹との距離を私のほうから埋めようと計画中なのだ。
私は、一ヶ月後の夏休みに願掛けをするように、伊達眼鏡を陽に透かした。
「鳴海ちゃんの寮って、夏休みは帰省しなきゃいけないの?」
「いや、冬休みは帰らなくちゃいけないんだけど、夏休みは基本的に自由だよ。聞いた話によれば、お盆だけ帰ってそれ以外は寮で過ごす子も多いらしいし」
ルームメイトの潮尻がまさにそのパターンだ。
夏休みは短期のバイトをしたいらしい。
「いいなぁ、寮生活。わたしは普通に家から通ってるから、そういうの羨ましい」
「……いや、家から通えるならそのほうがいいと思う。私の寮は一人部屋無いし」
「現役の寮生からすればそうなんだろうけど……それでも憧れちゃうな、寮生活」
ふふふ、と微笑みながら寮生活に夢を見る涼木さんだ。
私は車道側を歩きながら、隣で花のように笑う涼木さんに意識を向ける。
……それにしても、こんな美少女を連れて街中を歩く優越感って、ハンパない。
先程からすれ違う人達が、異性同性関係なく振り返っては、涼木さんの後ろ姿を呆けたように見つめている。
涼木さん本人はあまり自覚していないようだけど、(元陰キャ故に)他人の目に敏感な私は背中側にビシビシと羨望やら見惚れやらの視線を熱く熱く感じていた。
目的のお店に着くと、私はいつも座る店内奥の窓際席に涼木さんを誘う。テーブルに向かい合うように着き、ふたりでメニュー表を覗き込んだ。
「チャイティーが美味しいんだよね? セットで甘いものも頼みたいんだけど、何かおすすめはある?」
「うーん……ここの焼菓子だったら基本的になんでも合っちゃうぐらいに全部美味しいんだけど、その中でも群を抜いて絶品なのが――」
注文を済ませ、しばし歓談していると頼んだものが運ばれてくる。それから私たちは、学校の話や互いの好きな小説の話に花を咲かせていた。
涼木教に入信した幸せが、そこにはありましたとさ。
「……ねぇ、あの人ってさ」
お茶を楽しんでいたところ、ふと窓のほうに視線をやると、見覚えのある男の子が周囲に複数の同性を連れてこのお店に近づいてくるのが見えた。
「え、どの人――って、えっ……」
私の視線を追って外を眺めた涼木さんが――途端、ハッとなって固まる。
お店すぐ目の前までやってきた男の子は、いかにも爽やかな風貌の好青年。
友達の子と笑い合いながらお店のドアを開け、店内にベルの音を響かせる。
「おー、ここが陽のおすすめの焼菓子店か。めっちゃいい雰囲気じゃん」
「だね。部活に執心しがちのサッカーバカな陽が、こんな店を知ってるとは」
「うるさいな。俺だって、ちょっとぐらいはこういう店知ってるんだよ」
三名です、と彼は店員に告げ、そのままこちら側の席を目指して歩いてくる。
その気配を悟った涼木さんは、途端に顔を青くして小さく肩を震わせた。
「やばい、どうしよう……アキくんだ。どうにかバレないようにしないと……」
焼菓子店にやって来たのは、校内じゃ女の子から大人気の男子――鹿島陽くん。
涼木さんと「学内公認カップル」としてたびたび校内を騒がせている、学内カースト上位勢の王子様だ。
……そして何とまぁ、お連れの男の子たちの放つ陽キャオーラも甚だしいこと。




