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プロローグ

プロローグ 忘れられた六人目

――五百年前。

世界は、一度滅びかけた。

空が。

白く染まっていた。

雲ではない。

雪でもない。

翼だった。

数え切れないほどの白い翼が空を覆い尽くし、地上へ降り注いでいる。

城が燃えていた。

森が燃えていた。

大地には巨大な亀裂が走り、遠くでは山が崩れている。

人の叫び。

魔族の叫び。

獣の鳴き声。

そのすべてを飲み込むように。

空から、光が落ちた。

轟音。

大地が抉れる。

「――立て!!」

誰かが叫んだ。

瓦礫の中。

一人の青年が剣を杖にして立ち上がる。

全身は血まみれだった。

握っていた聖剣も、半ばから折れている。

それでも。

青年は空を睨んだ。

その横。

刀を持った男が、口元の血を拭う。

「無茶を言うな」

「立ってるじゃないか」

「これは座る場所がないだけだ」

「元気そうだな」

「お前よりはな」

「喧嘩している場合か!」

巨大な盾を持つ男が二人の前へ出た。

次の瞬間。

白い光。

轟音。

盾が軋む。

男の足元。

大地が数十メートルに渡って陥没した。

それでも。

男は退かなかった。

「ぐっ……!」

「アル――」

「まだ名前を呼ぶな!」

男が叫ぶ。

「まだ、誰も死んでいない!」

その言葉に。

少し離れた場所で杖を握っていた老人が笑った。

「そういう台詞は、もう少し余裕のある者が言うものじゃ」

「黙れ!」

「お主も血だらけではないか」

「爺さんもな!」

「儂は老人じゃぞ。労われ」

「普段だけ若者ぶるくせに!」

「今それ言う!?」

少女の声。

白い法衣は。

もう白くなかった。

泥。

煤。

血。

それでも少女は。

震える両手を組む。

光が広がった。

傷だらけだった五人の身体を。

淡い光が包んでいく。

「これが……最後です」

少女が言う。

誰も。

答えなかった。

分かっていた。

彼女の魔力も。

もうほとんど残っていない。

空を見る。

白い翼。

その中心。

人の形に似た。

何か。

顔はない。

ただ。

巨大な光輪だけが。

その頭上で回っていた。

『――滅却』

声。

世界そのものが震えた。

「来るぞ!」

剣を持つ青年が叫ぶ。

五人が。

構える。

勇者。

剣士。

騎士。

賢者。

聖女。

後の時代。

世界を救った英雄として語り継がれる。

五人。

だが。

その日。

そこにいたのは。

五人ではなかった。

「退け」

少女の声。

五人が。

振り返る。

炎。

黒い炎が。

彼らの間を抜け。

空へ昇っていく。

勇者が目を見開いた。

「お前――」

「勘違いするでない」

黒髪。

赤い瞳。

小さな身体。

頭には。

二本の角。

少女は。

五人の前へ歩いていく。

「妾は貴様らを助けるわけではない」

空から。

白い光が降る。

少女が手を上げた。

黒炎。

激突。

白と黒。

二つの光が空を割った。

衝撃で。

地上のすべてが吹き飛ばされる。

それでも少女は。

一歩も退かなかった。

「これは妾の世界じゃ」

赤い瞳が。

空を睨む。

「人間も」

炎が膨れ上がる。

「魔族も」

さらに。

「山も」

さらに。

「海も」

空が。

黒く染まっていく。

「何一つ」

少女が。

笑った。

それは。

後の歴史で語られる。

残虐な魔王の笑みではなかった。

ただ。

自分の大切なものを守ろうとする。

一人の少女の笑みだった。

「貴様らなどに、くれてやるものか」

黒炎が。

空を焼いた。

「――行くぞ!」

勇者が走る。

刀を持つ男が続く。

盾を持つ男が前へ出る。

老人が杖を掲げる。

聖女が祈る。

そして。

魔王が笑う。

六つの光が。

空へ向かって走った。

その日。

世界は救われた。

――そう。

世界は、救われた。

だが。

五百年後。

人々が知っている歴史は。

少し違う。

《五百年前》

《邪悪なる魔王ベラトリクスは世界征服を企てた》

《人類は滅亡の危機に瀕した》

《だが》

《五人の英雄が立ち上がった》

勇者レグルス。

剣聖シリウス。

守護騎士アルデバラン。

賢者アークトゥルス。

聖女ルナ。

《五英雄は長き戦いの果て》

《魔王ベラトリクスを討ち滅ぼした》

《こうして世界に平和が訪れた》

誰もが知っている。

子供でさえ知っている。

五百年前の英雄譚。

魔王は悪。

五英雄は正義。

五人が魔王を倒し。

世界を救った。

それが。

歴史。

それが。

常識。

それが。

五百年間。

語り継がれてきた真実。

だから。

誰も知らない。

最後の戦場に。

本当は六人いたことを。

誰も知らない。

五人の英雄と共に。

世界を守った者がいたことを。

誰も知らない。

その名が。

歴史から消されたことを。

そして。

何より。

世界中の誰一人として。

知らなかった。

――魔王ベラトリクスは。

死んでいない。

暗闇。

光の届かない。

地の底。

古びた石柱。

錆びついた鎖。

その中心。

五百年もの間。

時から取り残された少女が。

静かに眠っている。

黒い髪。

二本の角。

閉じられた瞼。

そして。

胸の奥。

とくん。

小さな音。

五百年。

一度も動かなかった指が。

ほんの僅かに。

動いた。

長い。

長い。

眠りの終わり。

世界はまだ。

知らない。

英雄たちが残した。

本当の戦いを。

消された六人目を。

空から来た災厄を。

そして。

五百年前に終わったはずの物語が。

もう一度。

動き出そうとしていることを。

――これは。

歴史から消された魔王と。

五百年後を生きる、一人の少年が。

失われた星々の残響を辿る物語。

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