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アート オブ エデン  作者: M-47


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13/13

父親としてできること



中央広場




「それで、会わせたい人というのは?」


相馬が尋ねる。


馬場は微笑みながら歩き続けた。


「まぁまぁ、落ち着いてください。」


「きっと、お二人もお会いしたかった人物ですよ。」


含みのある言葉に、相馬とユナは思わず顔を見合わせる。


広場を抜けると、小さな畑が広がっていた。


畑の手前には大きな一本木が立ち、その木陰には古びた木製のベンチが置かれている。


子どもたちが輪になって座り、その中心では、一人の老人が野菜の苗を手に取りながら話をしていた。


「だからね、根は優しく触ってあげるんだ。」


「植物も生き物だからねぇ。」


穏やかな笑顔。


子どもたちも真剣な表情で耳を傾けている。


「先生。」


馬場が声を掛けた。


老人は子どもたちの隙間から、ひょいと顔を覗かせる。


「ああ、馬場くん。」


穏やかな返事だった。


馬場は相馬たちへ向き直る。


「紹介いたします。」


「神代・アルベルト・久喜先生です。」


その瞬間。


相馬もユナも言葉を失った。


一方、事情を知らない子どもたちは、馬場の仰々しい紹介につられるように拍手を始める。


「お、おいおい……。」


久喜は照れくさそうに頭をかきながら苦笑した。


「そんな大げさに紹介しなくてもいいだろう。」


ようやく相馬が口を開く。


「……神代久喜先生。」


久喜は静かに視線を向ける。


「オリジン所属の相馬玲司です。」


「神代真人さんと、M-47についてお話を伺いたく参りました。」


その名前を聞いた途端。


久喜の穏やかな笑みが、静かに消えた。


しばらく二人を見つめたあと、小さく頷く。


「……分かりました。」


「ここでは話しにくいですね。」


子どもたちへ優しく声を掛ける。


「今日はここまで。また続きをやろう。」


「はーい!」


元気な返事が広場に響く。


久喜は立ち上がり、相馬たちへ振り返った。


「では、私の研究室へ。」




神代久喜個室 兼 研究室




久喜は慣れた手つきでコーヒーを淹れていた。


部屋の中へ、香ばしい香りがゆっくりと広がっていく。


「お嬢さんは、コーヒーは苦手かな?」


優しい声で尋ねられる。


「ユナです! 天宮・ロミナ・ユナです!」


ユナはぴんと背筋を伸ばした。


「それと、コーヒーは飲めません!」


元気よく答える。


「そうかそうか。」


久喜は目を細めて笑った。


「ユナか。」


「良い名前だ。」


「それに、良い子じゃないか。」


そう言うと、冷蔵庫から一本の紙パックを取り出す。


「はい。」


ユナの前に置かれたのは、いちごミルクだった。


「わぁ……!」


思わず目を輝かせる。


「ありがとうございます!」


両手で受け取り、大事そうに抱える姿を見て、久喜は小さく笑った。


相馬の前には湯気の立つコーヒーが置かれる。


自分も静かに椅子へ腰を下ろした。


「さて。」


一口コーヒーを口に含む。


「少し落ち着いたところで、お話を伺いましょうか。」


穏やかな声だった。


だが、その瞳だけは先ほどまでとは違い、静かな真剣さを宿していた。


「ではまず――」


相馬は姿勢を正した。


「神代真人さんについて、お話を伺いたいと思います。」


久喜は静かに頷く。


「神代真人さんは、先生のご子息で間違いありませんか。」


その問いに、久喜は穏やかに微笑んだ。


「ええ。」


「真人は、紛れもなく私の可愛い息子ですよ。」


その笑顔は、どこにでもいる父親のものだった。


だが、久喜は相馬の表情を見つめると、小さく笑う。


「……ですが。」


「本当に聞きたいのは、その先でしょう?」


相馬は静かに頷いた。


久喜はカップを持ち上げ、一口だけコーヒーを口に含む。


「私も、もう八十一になります。」


「真人は二十七歳。」


「計算すると、少し不思議な親子でしょうね」


少しだけ目を伏せる。


「あの子は、一度も母親に抱かれたことがありません。」


部屋の空気が静かに変わった。


「私の妻になるはずだった女性は――」


ほんの一瞬、言葉が止まる。


「殺されました。」


ユナは思わず息を呑む。


「もう六十二年も前のことになります。」


静寂が部屋を包んだ。


誰も言葉を挟まない。


久喜は遠くを見るような目で話し続ける。


「彼女は、紛れもない天才でした。」


ふっと笑う。


「……この私よりも、ね。」


その笑みには、誇らしさと寂しさが入り混じっていた。


「私は彼女を愛していましたし、きっと彼女も私を愛してくれていた。」


照れ隠しのように鼻をかく。


その仕草だけで、六十年以上経った今でも、その女性が心の中で生き続けていることが伝わってきた。


「ですが。」


「私は、どうしても諦めることができなかった。」


「彼女が亡くなってから三十五年。」


「ようやく決心したんです。」


「幸い、私たちの精子と卵子は、ジェネティックアーカイブに登録してありました。」


「とはいえ、亡くなった女性との間に子どもをもうけるなど、制度では認められません。」


苦笑する。


「結局は、権威にものを言わせてしまいました。」


「今思えば、少し恥ずかしい話ですがね。」


そう言って、机の上に置かれた写真立てへ視線を向ける。


そこには、一人の女性が穏やかに笑っていた。


久喜もまた、小さく微笑む。


「……今でも、毎日話しかけているんですよ。」


その一言だけで、部屋は再び静まり返った。


相馬はゆっくりと頭を下げる。


「……辛いお話を聞かせてしまい、申し訳ありません。」


久喜は首を横に振った。


「構いませんよ。」


そう答えた頃には、久喜の表情は再び穏やかな笑顔へ戻っていた。


「では、神代真人さんが、殺人の容疑で追われていることはご存じですか。」


相馬は単刀直入に切り込んだ。


久喜は静かに頷く。


「もちろん知っています。」


「ですが、その件については既にユニティにもお話ししました。」


「真人の居場所は分かりません。」


「連絡も取っていないんです。」


「……そうですか。」


相馬は短く返す。


久喜はカップへ視線を落とした。


「私は今でも、息子が人を殺したなどとは到底思えません。」


その言葉に、ユナが勢いよく立ち上がる。


「真人さんは殺してません!」


部屋へ声が響いた。


「シナが見せてくれた記録には、真人さんが誰かを殺す場面なんて一つもありませんでした!」


「むしろ最後まで逃げて……守ろうとしていました!」


久喜は穏やかな笑みを浮かべる。


「ありがとう。」


ユナは自分の頭を指差した。


「シナが見せてくれた記録は、全部私の記録媒体(メモリー)に保存されています!」


「だから分かるんです!」


「真人さんは誰一人殺してません!」


「殺したのは――」


その瞬間。


言葉が喉で止まった。


殺したのは、レガシー。


つまり、今自分がいるこの場所の誰か。


ユナは拳を握り締める。


言っていいのか。


ここはレガシー本部だ。


「その……殺したのは……」


見かねた相馬が静かに口を開いた。


「レガシーを名乗る人物です。」


久喜は驚く様子もなく、小さく頷いた。


「……そうですか。」


「やはり、そこまで話は大きくなっていましたか。」


そして優しくユナを見る。


「まずは落ち着こう、ユナさん。」


「一つ聞いてもいいかな。」


「シナというのは?」


ユナが答える。


「M-47のことです。」


その瞬間だった。


久喜の口元がわずかに緩む。


「あの子が……。」


懐かしむように目を細める。


「ちゃんと名前を付けてもらえたんだな。」


相馬はその表情を見逃さなかった。


「やはり、シナとは面識が?」


久喜は小さく笑う。


「面識も何も。」


静かにコーヒーカップを置いた。


「あの子を作ったのは、私です。」


相馬は静かに頷く。


「やはり、そうでしたか。」


部屋が静まり返る。


久喜はゆっくりと二人を見渡した。


「まず先に答えておきます。」


「施設で人を殺した、レガシーを名乗る人物。」


「その者は、この本部にはいません。」


相馬とユナは黙って耳を傾ける。


「レガシーは、人類の進歩から取り残される者を生まないために創設した組織です。」


「創設には私も出資という形で関わりました。」


「ですが。」


久喜は少し寂しそうに笑う。


「理想だけでは、人はまとまりません。」


「時が経つにつれ、思想は少しずつ分裂していきました。」


「そして、レガシーの名を掲げながら、自分たちだけの思想で暴走する者たちが現れたのです。」


ユナはぽつりと呟く。


「私……もっと怖い場所だと思ってました。」


久喜は優しく頷く。


「そう思われても仕方ありません。」


「ですが、本部や各支部にいる者たちは違います。」


「本当の過激派は、こちらにも姿を見せず、水面下で独自に活動しています。」


一度言葉を切る。


「とはいえ。」


「そのような者たちを生み出してしまった。」


「その責任が、私たちに全くないとは言えません。」


久喜は静かに立ち上がる。


そして深く頭を下げた。


「大変、申し訳ありませんでした。」


相馬も立ち上がる。


「……頭を上げてください。」


「私たちは責任を追及しに来たわけではありません。」


「真実を知りたくて、ここへ来たんです。」


久喜はゆっくりと顔を上げた。


その穏やかな笑顔は変わらない。


だが、その瞳の奥には、六十年以上背負い続けてきた後悔の色が静かに滲んでいた。


「では、本題へ戻りましょう。」


久喜は静かに椅子へ腰を掛け直した。


部屋の空気が、わずかに張り詰める。


先ほどまでの穏やかな老人ではなく、研究者としての神代久喜が、そこにいた。


口を開いたのは相馬だった。


「M-47――いや、シナについてお聞きします。」


「シナを作った目的は何だったのですか。」


久喜は迷うことなく答える。


「真人のケアと、経過観察のためです。」


「それ以外の目的はありません。」


淡々とした口調。


その答えに嘘は感じられない。


だが、どこか引っ掛かるものがあった。


相馬は質問を続ける。


「M-47は、当時の技術水準を大きく超えています。」


「なぜ、あそこまで過剰な設計をしたのですか。」


久喜は答えず、静かに相馬を見つめる。


その沈黙を破るように、相馬は次の質問を投げた。


「それと、あの豊かな感情表現です。」


「AI戦争以降、人間に近すぎるAIは危険視され、人格モデルを採用する機体はほとんど姿を消しました。」


「ですが、シナには人格モデルが使われています。」


「もし、再びAI戦争のような悲劇が起きないと、言い切れますか。」


久喜はゆっくりと頷いた。


「ええ。」


「大丈夫ですよ。」


「所詮は人格モデルですから。」


一度言葉が止まる。


「……ただの、ね。」


静かな沈黙。


「人間を参考にしたプログラムに過ぎません。」


「完全に再現することなど、不可能です。」


相馬は短く頷いた。


「そうですか...」


そして、最後の質問を口にする。


「では。」


「なぜ、あそこまで高性能だったのですか。」


久喜は答えなかった。


テーブルに置かれたコーヒーカップへ視線を落とす。


部屋を包む静寂だけが、ゆっくりと流れていった。


そして、ゆっくりと口を開く。


「私は……真人に父親らしいことをしてやれませんでした。」


穏やかな声だった。


しかし、その一言には長い後悔が滲んでいた。


「彼女を失った私は、その面影を求めるように真人をこの世へ送り出しました。」


「ですが、結局は研究ばかりで、あの子を構ってやることもできないまま大きくしてしまった。」


静かに目を伏せる。


「そして事故です。」


「あの子は苦しみ、私は側にいてやることすらできなかった。」


拳がわずかに震える。


「だから……せめて私の代わりに、あの子を見守る存在が必要だった。」


「それが、M-47です。」


部屋が静まり返る。


久喜は続ける。


「表向きは観察ユニット。」


「ですが実際は、国が定めた機体性能基準を大きく逸脱しています。」


「人格モデルの搭載。」


「独自AI。」


「医療支援。」


「すべて、本来なら認められない技術でした。」


淡々と語るその姿は、自らへ判決を下しているようだった。


「すべては私のエゴです。」


「私が生み出してしまった罪なんです。」


重苦しい沈黙が部屋を包む。


世界最高峰の科学者。


その口から語られるのは、自らの功績ではなく罪だった。


「あのー……。」


空気を破ったのはユナだった。


「私は法律とか全然分かりません。」


「だから、久喜さんがどれくらい悪いことをしたのかも正直分かりません。」


一度息を吸う。


「でも!」


勢いよく立ち上がった。


「シナは私の友達です!」


カバンを開き、シーカーを取り出す。


「この子だってそう!」


眠っていたシーカーを両手で抱える。


「もちろん、人間とは違うところもいっぱいあります。」


「でも。」


「シナも、この子も。」


「ちゃんと私を覚えていてくれて。」


「『おはようございます』って言ってくれるんです。」


「それって、すごく嬉しいことで。」


「だから私は、この子たちが大好きです!」


久喜は何も言わなかった。


ただ、その目には静かに涙が浮かんでいた。


「……そうか。」


小さく笑う。


「あの子は。」


「友達になれたんだな。」


相馬が静かに続ける。


「それに。」


「先生を裁くのは警察やユニティです。」


「我々はオリジン。」


「真実を記録し、未来へ残す者です。」


「責任を追及しに来たわけではありません。」


「ただ、真実を知りたいだけです。」


久喜は目を閉じた。


ゆっくり息を吐く。


そして胸ポケットから一枚のカードを取り出した。


「これを持っていきなさい。」


相馬が受け取る。


「これは?」


「私の管理者権限の認証カードです。」


「最後の置き土産、とでも思ってください。」


相馬は静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。」


久喜は穏やかに笑う。


「この先、私がどうなるかは分かりません。」


「ですが、それでいい。」


「自分の責任は、自分で取るつもりです。」


「ところで。」


「シナは今、どこに?」


「ユニティに押収されました。」


相馬が短く答える。


「……そうか。」


久喜は少し考え込む。


「なら、私からも連絡してみよう。」


「まだ話を聞いてくれる知り合いがいるかもしれない。」


ユナが慌てる。


「そんなことしたら、先生まで捕まっちゃうんじゃ……。」


久喜は優しく笑った。


「それでも構いません。」


「私が作った子ですから。」


「最後まで責任を持ちたい。」


相馬はもう一度頭を下げる。


「我々が欲しかったものは、十分いただきました。」


「本当にありがとうございました。」


「では。」


久喜はゆっくり立ち上がる。


「下までお送りします。」


三人は研究室を後にした。


廊下を歩く久喜の背中は、先ほどまでの世界的科学者ではない。


どこにでもいる、一人の年老いた父親だった。


しばらく歩いたその時。


ユナが何気なく口を開く。


「そういえば。」


「初めてシナとおしゃべりした時、みんなが『高性能すぎる』って言ってて。」


「私は、てっきりシナってエデンから来たのかと思っちゃいました。」


久喜の足が、一瞬だけ止まる。


静かな沈黙。


振り返ることはない。


それでも、その声だけは少しだけ弾んでいた。


「……そうか。」


「エデンから来たように、見えたか。」






          父親としてできること end...


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