第1話 功績を奪われた安全監査
避難導線の線は、一本ずれるだけで人が死ぬ。
私は都営東環ダンジョン安全監査室で、崩落時の避難図、非常灯の向き、誘導標識の設置位置を毎日照合してきた。派手な戦闘とは縁がない。でも、探索者が最後に頼るのは剣より出口だ。
「柏木さん、三層西搬路の件、説明してもらえますか」
会議室の正面で、課長の真鍋誠司が静かに資料を閉じた。四十四歳。責任を部下へ滑らせることだけは滑らかな男だ。その隣には、後輩点検官の早宮ひよりが神妙な顔でタブレットを抱えている。二十六歳。私の作った報告書へ自分の名を重ねるのが得意な子だ。
「崩落そのものは回避されました。私が昨日、搬路の変形を検知して閉鎖申請を出しています」
「でも閉鎖は間に合わなかった」
真鍋が映したのは、今朝の社内配信記事だった。見出しにはこうある。『若手点検官・早宮ひより、現場判断で多数を誘導し二次災害を防止』。そこに使われている導線図は、私が昨夜二時まで引き直したものだった。
「その図は私の報告書です」
「細かいことはいいでしょう」
ひよりが困ったように笑う。
「柏木先輩、私、先輩の意図を汲んで現場へ伝えただけですし」
伝えただけで、名前だけ前へ出す。昔からそうだった。
「それより問題は、閉鎖前に一般探索者が第五搬路へ入ったことだ。監査の不備として扱う」
真鍋は続けた。
「柏木遥香。本日付で閉鎖区画資料庫へ異動。今後は現場から外れてもらう」
功績だけでなく、現場まで奪うつもりらしい。私は机へ置かれた非常灯配置図を見た。第五搬路の矢印が、私の申請時と逆向きになっている。
事故は未然に防がれたんじゃない。
危うく起きかけたのを、誰かが都合よく物語に変えたのだ。




