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飛竜王記 ―竜人の少女兵とともに空を駆ける ―  作者: 角松


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8/8

#7 フライボーイズ

 耳をつんざくような爆撃の音。

 煉瓦式の建物は瓦解し、炎に染められた街。

 ツリーモアに辿り着いたソラの目の前に広がっていたのは、地獄だった。

 空からは火球と榴弾が降り注ぎ、人々の阿鼻叫喚があちらこちらで上がっていた。

 道は爆撃と崩壊した建築物によって荒れ果てており、彼はバイクを乗り捨てて駆けていく。

 負傷者を抱えた人々がツリーモアから逃げ出し始めており、彼はその流れに逆らうように家へと向かった。

 角を曲がり、足を止めた彼の前には、飛竜の火炎に焼かれたであろう()()()が落ちていた。


「あ、ああ……!」


 その黒い塊から伸びた二本の棒が空中を手繰るように突き出されていた。そしてその塊が身にまとっていたであろう布切れが、近所に住む少女だったことを表している。

 焼け焦げた匂いがソラの鼻をつき、胃から込み上げるものを必死に抑えた。

 今日の昼まで生きて、家族と庭で遊んでいたはずの、()()()()()()()

 頭が回り、視界が明滅する。街を包む恐怖と絶望の感情が彼の心を蝕んでいく。

 動くことのできない彼の耳に爆撃の音が鳴り響き、意識が戻ってくる。

 この地獄の中で、ブランドとアナを探さなければならない。

 すくんだ足を何度も叩き、再び駆けだした。


「父さん! 母さん!」


 肺が破れそうになりながら、叫び走った。

 そうして辿り着いた我が家の前で、ソラは両ひざをついた。

 目の前にあったはずの我が家は崩れ落ち、全体を炎が浸食していた。

 そしてその傍に、炎に包まれた体が二つ。


「いやだ……! いやだ……!!」


 炎を消そうとするが、ソラをあざ笑うかのように炎の勢いは更に強くなる。

 助けられなかった。盆地に行っていたせいで。

 視界がゆがみ、炎を前に全身の力が抜けていく。


「……ラ! ソラ!!」


 炎へと突っ伏しそうになる体を支えたのは、見覚えのある太い腕。

 ブランドがソラの体を抱え、そして抱きしめていた。


「父さん!」

「生きてたか! ここに来ると思った!」


目の前で燃えている肉体は、よく見ればブランドとアナには似ても似つかないものだった。


「母さんは!?」

「無事だ! 救助隊に任せて街を出たはずだ! 一緒に逃げるぞ!」


ブランドは有無を言わせずソラの腕を引いてツリーモアの郊外を目指しだす。


「軍は!? どうしてこんなことに……」

「奇襲だ。飛空艇も飛ぶ前に破壊され、対空設備も落ちたらしい」


 街全体を守る軍の施設が飛空艇一機に……そんなわけがない。

 やはり、考えうるは高度に調教された軍用飛竜だろう。

 その時、飛竜の鳴き声が上空に響き渡った。

 上空を飛び回る飛竜が銀の光へ向かって火球を放っていく。


「ハク……! 父さん、先に逃げて!」

「何言ってる! 早く行くぞ!」

「父さん!」


ソラが丸太のように太い腕を振り払う。


「あの子が、あの子が戻ってきたんだ!」

「何を言って……!」

「あの子は一人で戦っている、だから行かないと……」


 地響きが起こると、2頭の飛竜に襲われていたハクが目と鼻の先に墜落した。

 彼女へ意識を向けていたソラの肩をブランドが掴むと、目と目を合わせるように顔を近づけた。


「いいか、よく聞け。今お前が残ってもなにもならない。今は逃げるんだ」

「ダメだ、離して……!」


 高い音が響き、ソラの視界が揺れる。

 左頬に滲むように痛みが浮かびだした。

 不安を表す青を湛え、ブランドが今にも泣きそうな表情を浮かべている。


「……す、すまん」

「……いや、大丈夫」


ブランドにぶたれたのは、この世界に生まれて初めてのことだった。

感情をすぐ表に出す人間ではあったが、殴ることはなかった。

誰よりも太いその腕はソラを庇い、抱きしめるためだけに使われていた。

どこまでも直情的で、実直で、喧嘩っ早い。


──()()()とはやっぱり似ても似つかないな。


頬を抑えながら、ソラは微笑みを浮かべた。


「心配してくれてありがとう。でも、行くよ」


自分も父親だったら止めるだろう。

それでも今、行くべき時だとソラは決めた。


「父さん、すぐにここから離れて」

「ソラ!」


ソラはブランドが伸ばした手をすり抜け、ハクへと駆け寄っていく。

その銀の鱗に触れると、懐かしさのある冷気が彼を包み込む。

五年前のあの日から、探し続けてきた。

レイン、ハクと過ごした日々が彼の心を大きくした。

そして今、再び出会えた。

手のひらから暖かい光がこぼれ、彼女の中へと溶けていく。

傷ついた体を揺らし、彼女が優しく喉を鳴らした。


『一緒に行こう』


目を閉じ、優しく心の中でハクへと語り掛ける。


『うん、行こう』


自身の能力が強くなったのか、ハクの声がはっきりと心に響く。

鞍も付けていない彼女の背中へと飛び乗り、5年ぶりの感触を確かめる。


『くすぐったい』

『あ、ご、ごめん』


身震いするハクの背は他の竜と違い、突起の少ない美しい流線状の体つきをしていた。

首の根に付いた短いヒレを支えにして、ソラが胸にぶら下げていたゴーグルをかけて姿勢を整える。


「父さん!」


離れた場所から不安な表情を見せていたブランドへ空の声が届く。


「上の飛竜をここから離すから、その間に逃げて!」


ブランドの想いを痛いほど理解していたソラは、笑顔を見せた。

大丈夫、安心させるための意思表示。

街一番の力持ち、だが息子のことになると途端に弱気になる父。

ブランドの顔が笑顔なのか泣いているのか分からないほど顔をクシャっとさせる。


『ソラ、行くよ。掴まってて』

『行こう。まず飛竜をここから離して気球艦を無効化させる』

『分かった』


ソラは心の会話がスムーズにできることに思わず笑ってしまう。

上空には飛竜二頭が旋回してハクへの警戒を弱めずにいた。

爪でやられたのか、彼女は切り傷の付いた翼膜を広げ、翼を上下させる。

ソラは久しぶりの体が浮く感覚と、上昇する視界を前に目を閉じたい衝動に駆られる。

克服したと思っていたが、まだまだのようだった。


『信じて』


五年前と同じ言葉がソラへと流れ込み、暖かい光を感じる。

振り返ると、火の海となっている街が広がっていた。

その中でポツンとソラたちを見つめるブランドの姿が徐々に小さくなっていく。


『生きて帰ってこい』


突然ソラの心に響いたブランドの声。

彼は自身の力を感情の感知、そう考えていた。

しかし、ハクとの出会い、五年の月日を経て、力への認識を誤っていたことにたった今気付いた。

血が熱くなるのを感じながら、ブランドへ力強く頷いた。


『必ず、必ず帰るよ』


あっという間にブランドの姿は小さくなり、この想いが届いたかは分からなくなった。

赤に染まった街が夜空を不気味に照らし、夜を飛ぶ死の蝙蝠二頭がこちらへ冷たい眼光を向けていた。

向かい合った瞬間、どこからともなく銃声が響いた。

ソラの頬すぐそばを弾丸が通り過ぎていく。


──どこから!?


ソラは姿勢を低くし、銃声の先へ視線を向ける。

向かい合う飛竜の背に付いていたのは鞍、そして跨っているのは……。

再び銃声が鳴り、ハクが翼を傾けて回避行動を取ったことで全てを視認することが出来た。

二頭の飛竜が背負っていたのはガラスで覆われた特性の鞍と、兵士だった。

背に乗っている兵士は言葉にならない叫び声を上げ、ソラへ向かってシングルアクションの拳銃の引き金を引く。

しかし手負いとはいえハクの機動力が上回っているのか、銃弾は明後日の方角へ飛んでいるようだ。

ボルトアクション式ライフル全盛期の世界だが、高機動の飛竜に乗る場合は片手、かつ全方位に射撃可能な拳銃が最適、といったところだろうか。

とはいえ拳銃はあくまでおまけのようなものだ。

飛竜から放たれた火球がハクのルートを塞ぐように横切っていく。

以前と違い、背に乗った兵士が操る飛竜には戦術が宿っていた。

回避行動を取るハクに対し、一頭は一定の距離を保って背後に周り、もう一頭は機動力を削ぐように火球で牽制を行う。


──このままだと堕とされるのも時間の問題か……!


遠方では無力な街へ榴弾を撃ち下ろす気球艦の姿が見えた。

街を守りつつ飛竜と相対する方法は……。

その時だった。

知恵を絞っていたソラの傍を再び火球が跳ねていく。

その火球はソラたちが数秒前にいた場所、後方の飛竜との間を切り裂くように通り過ぎた。

火球を放った飛竜に乗る兵士は、乱暴に手綱を引いて狙いがずれたことを叱責しているようだった。


「これだ……!」


一つのアイデアがソラの頭に浮かび、同時にハクへと流れていく。

跳ねるように方向を変えたハクが気球艦の方角へと速度を上げる。

後ろからは二頭の飛竜があざ笑うような鳴き声を上げて追いかけてくる。

気球艦に近づくと榴弾がこちらへ向けて放たれた。


『回避行動を取りつつ一定の距離を取ってくれ』

『了解』


対気球艦での戦闘であれば当てることも容易だろうが、飛竜に榴弾を当てることは至難の技。

ハクが榴弾を器用に避け、ソラが気球艦の砲座の位置を把握していく。

そのうちの一つ、未だ街への砲撃を続ける砲座へ向けて氷の槍を放った。

互いに動きながら無誘導の弾を標的へ直撃させることは難しい。

しかし、砲座の傍に着弾したことで意識をこちらへ向けることには成功したようだった。


──これ以上近づけば危険だ……! だが()()であれば……!


『今!』


ソラの掛け声に合わせてハクが頭を90度に上げる。

その姿勢は五年前に見せたコブラだったが、ハクはそのまま後方に頭を倒していく。

視界に入ったのは後方二頭の飛竜、その方向に向かって魔法を放った。

そしてそのまま一回転させ水平姿勢へと戻る。

『クルビット』。高度を変えることなく宙返りする、特異な機動。

放たれた魔法は狙いを定めていないため、当たることはなかった。

しかし、狙いは別にあった。

飛竜の背に乗った兵士は母艦への攻撃に色を失い、飛竜はハクの射撃に牙を剥いた。

手綱を引き絞った兵士だったが、逆らうように飛竜が火球を放つ。

その射線上には、ソラたちと()()()があった。


『ハク、回避!』

『任せて』


旋回して射線上から退避したソラたちは、敵艦へ火球が直撃する瞬間を見届けた。

自分たちにあって、相手に無いもの。それは飛竜自身の知性だ。

竜人化したハクと若く気性の荒い飛竜とでは状況把握の能力が段違いだった。

火球を受けた艦は防火布をしているとはいえ延焼を起こし、近くの砲座から退避を始めていた。


『次!』


後は同じことの繰り返しだ。

気球艦の反対へと回り込んだハクへ火球が飛び、気球艦に再び火をつけた。

多くの砲座に延焼し、乗員の多くが消火に注力していたことでツリーモアへの砲撃は沈黙。


「残るは……」


手綱を限界まで引かれ、ギャアギャアと苦し気な鳴き声を上げる飛竜たちへ頭を向けた。

体勢を立て直した飛竜二頭が火球を放ちながら距離を詰める。

被弾すれば墜落は必至。

ちりちりと焼けるような心臓を抑え、火球の弾幕を突き抜けていく。

ハクの撃ち返す氷の槍は単発式で、正確な狙いを必要とするためこの状況での撃墜は難しい。


『原理を理解できていないけど、このイメージを魔法で再現できる?』

『できる』


言葉で説明せずとも伝わるのは魔法の力か。

接近戦のため、後ろ足の鉤爪を構えた飛竜が目の前に迫る。

ソラのイメージをハクは理解し、具現化した。

放たれた魔法は槍ではなく、氷の飛礫。

飛び散ったこぶし大の氷塊が飛竜の目に、腹に、翼に食い込んで引き裂いた。

所謂ショットガンと同じ原理。

絶命したであろう飛竜が力なく墜ち、恐らく脱出した兵士のパラシュートが開いた。


「よし……!」


ソラは思わず拳を握る。

残り一頭、交差した飛竜の背に回り込んだソラたちが狙いを定める。

しかし相手も直線的な動きを避けた回避行動を取る。

しかし悲しいかな、騎手の意図を理解しない飛竜は後方への意識に気を取られ、散漫な動きとなっていた。

その隙を突くようにハクが射程距離に素早く近づいた。


『……今!』


ソラの合図に合わせ、ハクから放たれしは白銀の槍。

その槍が飛竜の腹を突き破り、鮮血が吹き出た。


「あ……」


ソラの目に写ったものが、体中の血を冷ます。

その槍は、飛竜の背に乗った兵士ごと貫いていた。

体が2つに別れ、上半身だけとなった兵士が空へと放り出される。

自らの死を理解できていない戸惑いさえ感じる目。

兵士の瞳から光が消え、虚空を見つめたまま墜ちていく。

血の雨を降らせる飛竜とともに。


「あ、ああ……」


初めて人を殺した。

戦闘機に乗って、敵を倒す訓練はしてきた。

何度もトリガーを引いたことはあったが、ミサイルは発射していないし、機銃も空砲だった。

だがこれは訓練ではない。

ソラの心にあの目が絡みついて離れない。

ハクのヒレを握っていた手が震え、その心を感じ取ったハクが高度を下げていく。


『ソラ、大丈夫。私が撃っただけ』

「でも、ぼくが、合図したから……!」


ハクは瓦礫の山の上に着陸し、震えるソラを優しく背から降ろす。

突然光が瞬いたかと思うと、暖かい感触がソラを包み込んだ。


「ソラ、これは戦争。街を守るために必要だったことだよ」

「ハク……」

「大丈夫、私が守るよ。これからも」


ソラは一糸まとわぬハクの体を抱きしめ返す。

彼女の滑らかな肌と、時折指に当たる傷跡が彼女のこれまでの苦労を感じさせる。

ソラは震えが収まると、気恥ずかしさもあって落ちていたカーテンを彼女の肩に掛けた。

その時、上空から炸裂音が響いた。

沈黙していた気球艦から、黒煙が吹きあがっていた。

延焼を留め切れず、恐らく弾薬庫にでも引火したのだろう。

気球艦は高度を維持しながら北方山脈へと舵を切り、離脱しようとしていた。


「あいつら……!」


怒りに打ち震えるソラの肩に手を置いたハクの表情は冷静だった。


「大丈夫。そろそろ来るから」


ハクがそう言った矢先、気球艦の側面から爆音とともに再び炎が上がった。

内部からではない、外部からの攻撃。

ソラが目を凝らすと、さらに上空の赤黒い雲に巨大な影が浮かび上がる。

その雲を突き破るように現れたのは、見たこともない形状の気球艦だった。

白い防弾布に包まれた気嚢と、巨大な船体はまるで城が浮かんでいるように見えた。

気嚢側面に見えたのは、ウェルディリアの国旗に描かれている白銀の竜のマークだ。


「あれは……」

「私の仲間だよ」


白い気球艦の周りに見えたのは、四頭の飛竜だ。

飛竜たちは明らかにアブレスト、横一列に並ぶ編隊を組んでいた。

そのうちの一頭、炎にも似た赤い鱗を持つ飛竜が火球を放ち、黒煙を上げる気球艦に直撃した。

高度が徐々に下がり、山脈を越えることなく墜落していく。

巨大な気球艦はその黒煙を追うように速度を速め、飛竜たちも追従していく。


「ソラ、私も行くね」

「ぼくも一緒に……!」


ハクは今にも泣きそうな笑顔で、首を静かに横に振った。

ずっと探してきた大切な存在が、また消えてしまうのだろうか。

ソラは無意識に彼女の腕を手に取っていた。


「……ハク、君は今までどこにいたの? レインさんは? 聞きたいことがたくさんあるんだ」

「……それは、今は話せない」


ハクは名残惜しそうにその手を外すと、そのまま包み込むように握り返した。

氷に触れたような冷たさがソラの心を落ち着かせる。


「でも大丈夫。必ずまた会える」

「もう、一人は嫌だ……」

「一人じゃない。あなたには家族がいる」


アナとブランドの顔がソラの頭をよぎる。

二人は無事避難できたのか、それをまだ確認出来てはいない。


「早く行ってあげて。必ずまた会えるから」


そう言うとハクは再び飛竜の姿へ戻り、勢いよく飛び立った。

再会を約束するように高い一声を上げた彼女は、夜の闇へと消えていった。

ソラは冷たさの残る手を握りしめ、彼女と再び出会うことを心に誓った。

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