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第八十一話:戦えない私

あの日から、さらに数週間が経過した。  世田谷の折原家周辺には、かつての静けさが少しずつ戻り始めていた。ミオは探索者協会からの要請を受け、リハビリを兼ねて小規模なダンジョンの調査へと向かっていた。


「……これくらい、簡単だよね。師匠たちとの修行に比べたら」


 ダンジョンの入り口で、ミオは自分に言い聞かせるように呟いた。けれど、握りしめた拳は微かに震えている。心の中は、かつてない不安でいっぱいだった。


 湿った洞窟の奥、暗闇から咆哮が響く。


「……来た」


 ミオは芋ジャージの裾を正し、構えを取った。現れたのは数体の魔獣。かつてのミオなら、一瞬でお掃除完了できる相手だ。


「師匠、次の攻撃パターンは? 右から来るやつを捌いて、その後に……」


 問いかけは、虚しく洞窟の壁に跳ね返った。


「……そうだ。自分で考えないと。周防さんなら、どう動く……?」


 思考が空回りする。迷いはそのまま動作の遅れとなった。  ミオが踏み込もうとした瞬間、魔獣の爪が予想外の角度から迫る。


「くっ……!」


 回避のタイミングがわずかにズレ、衝撃が全身を走る。ミオの体は岩壁まで吹き飛ばされた。


「痛っ……!」


 泥だらけになりながら立ち上がる。視界が滲むのは、土埃のせいだけではない。


「獅子王さんなら、こんなのすぐに『甘い!』って言って弾き飛ばすのに……。周防さんなら、あいつの弱点をすぐに教えてくれるのに……。影縫さんなら、気配を消して背後を取れるのに……っ!」


 いない。どこを探しても、脳内のアーカイブを叩いても、あの頼もしい声は聞こえてこない。


「……っ!」


 涙が出そうになるのを、唇を噛んで堪える。  自分は最強の力を継承したはずだ。三人の師匠たちが、命を懸けて託してくれたはずだ。なのに。


「泣いてる場合じゃない……! 私は……私は、師匠たちの弟子なんだから……!」


 ミオはがむしゃらに突っ込んだ。計算も隠密も放り出し、ただ必死に拳を振るう。  泥臭く、不恰好で、傷だらけになりながら、なんとか最後の魔獣を仕留めた。


「……勝った……けど……」


 冷たい地面に、ミオはその場に座り込んだ。  勝利の昂揚感など微塵もない。あるのは、突きつけられた残酷な現実だけだ。


「……私、師匠たちがいないと……こんなに弱いんだ」


 自分の無力さを、骨の髄まで実感した。  今まで「自分の力」だと思っていたものは、三人の導きがあって初めて成立していたものだった。自分はただ、彼らの言葉をなぞっていただけの、空っぽの器に過ぎなかったのではないか。


 膝を抱え、薄暗いダンジョンの中でミオは震えた。  師匠たちへの「依存」を自覚した瞬間、本当の意味での「一人きりの戦い」が始まったことを、彼女は痛いほど理解していた。


「……助けて、師匠……」


 届かない声が、暗闇に溶けていった。  世界を救った少女は、今、自分一人では立ち上がることもままならない「未熟な一人の人間」として、どん底に立っていた。

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