5話「そんなことない」
現在、私たちの高校では衣替えの期間です。私はというと、夏が来たら包帯が暑いんだろうなーと思いながら、お昼休みで窓際の陽にうたれて真面目にキャラを守って巻き続けています。そうそう、スイさんと選んだお土産はみんな喜んでくれたよ!やった!
「――今日学食なんだ?戦績悪かったの?」
お昼休み、学食を食べながら私はソラさんに聞いた。
「悪いも何も、今日は一個も勝ち取れなかったぜ…。」
「昨日も同じこと言ってなかった?」
「そうだっけ?」
ソラさんは購買派なんだけど戦績が悪いと学食に来る。そして大体そうなってる。だからコトハさんとトイトさん、あと、カナミさんも合わせて学食派でいつも一緒に食べてる…んだけど、カナミさん今日は来てないみたい。
「カナミさんどこ行ったんだろ。また何か手伝いしてるのかな?トイトさん知ってる?」
「知らん。コトハは?」
「私も心当たりない…。ソラちゃんは?」
「知らん!…カノカノに聞いてくるから待ってて!」
無理にリレーしなくても…。
「カノカノも知らないって!」
「そっか。じゃあ食べ終わったら探してみようかな。…そういえばさ?ソラさんに聞きたいことあるんだけど。」
「どんとこい!」
「ソラさんが私たちに付けてるあだ名って、どんなのだっけ?」
「ヅッキーでしょ。それからトイッチ、トキノコ、カノカノ、カナミン、スイタン…。」
「それだよそれ!コトハさんは名字も使った“トキノコ”なのに、私は和津池の“ワッチ”じゃないんだ?」
「だって四文字じゃないじゃん。」
「そんなルールがあったのか…。」
「あとは直感で考えてるから特に意味はないけどね。ごちそうさまでした!」
ということで、お昼を食べ終わった私はカナミさんの捜索に向かいます。多分、前と同じ屋上手前の階段にいるはず…。
「カナミさんっ!」
「ふぇ…!?…あ、チヅキちゃん…。」
「やっぱりここにいたね。お昼食べないの?」
「ごめんね心配かけて…。お昼は…最近食欲ないから…。」
「体調不良?それとも悩み事とか?」
「どっちも…かな…。…大したことない…から…大丈夫だから…。」
いやめちゃくちゃ大丈夫そうじゃないんですけど…。ていうか前にも似たようなことあった気がする…気のせい…?…ケガしてるわけじゃないし、話したくないことを無理に話させて心労が悪化したら嫌だし、ここは引き下がっておくか…。進み過ぎず下がり過ぎず、丁度良い位置を探るべし。カナミさんほんとに優しいから、変に心配せずにいた方がカナミさんのため…なのかな?とりあえずそうしてみよう。
しかし次の日…。
「カナミさん、プリント運ぶの手伝うよ。半分持――。」
「ふぇ…!?」
私が横からプリントを取ろうと近付くと、カナミさんは驚いて辺りに全部ばらまいてしまった。
「カナミさん大丈夫!?ごめんね驚かして…!」
「いや…!私の方こそごめんね…!私がぼーっとしてたから…!」
急いで拾おうとして、不器用な私は焦ってプリントで指を切ってしまう。
「…っ!…やっちゃった…。ごめん絆創膏張ってくるから待ってて。」
血が少し出ていたからもう片方の手で握って止血しつつ、教室に戻ろうとすると、なぜかカナミさんはプリントを拾うためにしゃがんだままで、何もせずにぼーっと私を見つめていた。
「…?カナミさん?プリント拾わないの?…ケガなら血は出てるけど全然大したことないから大丈夫だよ。」
「……!あ、いや、違っ…。…ごめんなさいっ!」
そう言い残してカナミさんは走り去ってしまう。
「え!?ちょ、カナミさん!?プリント…。」
全部置いてっちゃった…。カナミさん色々頼まれてるから忙しくて休めてないのかな。私がもっと器用だったら手伝えるのに、私不器用だから…。…うん、せめてこのプリントは私が届けよう!半分と言わず、最初から全部私が持ってけばよかったんだよ!次からはそうする!
と、いうことがあった。
そしてさらに同じような出来事が数日続き…。流石の私も違和感を覚え始める。
「――私って、やっぱりカナミさんに怖がれてるのかなぁ…。」
「やっと自覚が芽生えた?」
「トイトさんには聞いてない!」
人が真面目に落ち込んでるのに!…でも実際そうなのかも…。入学してからしばらく経つけど、思い返せば私の中二病キャラについてカナミさんに説明してなかったし…まさか、ここ最近になってカナミさんに距離を取られ始めたのは、カナミさんは優しいから話してくれてるだけで心の中では怖がってて、それがストレスになって体調を崩したからなんじゃ…!?私と距離を取ることで心身の回復を図って…つまり私のせいじゃん!?ごめんカナミさん!!私が悪かった!!
「ヅキちゃん、落ち着いて…。まずはカナミちゃんとお話してみるのはどうかな?」
「怖がられてるのに…?」
「私は怖がられてるのとは違う気がするな~。他に理由があるんだと思う。」
「他に理由が…。…コトハさんがそう言うならやってみる。」
「えらいよ~。よしよし。」
「えへへ。」
なんだよトイトさん。なにか悪いかよ。同級生に頭撫でられて喜んでることの何が悪いんだよ?
「ヅキとは私が距離取りたい。」
ということで放課後。私はカナミさんを強引に誘ってカフェに来ました。しかし一体なにを話せば…。直球で聞いていいのかなぁ…?…いや待てチヅキ!スイさんとの人付き合いを思い出せ!本題は小粋なトークで場を温めてからだ!いくぞ!
「カナミさんはなんでカノンさんと仲良くなりたいの?」
馬鹿か私は!?くっ…!これがまぐれ合格の限界だと言うのか…!?どう答えても角が立つじゃんかこの質問は…!そもそもチヅキ、お前だって“みんなと仲良くなりたい”とか適当なことほざいてんじゃん!立派な理由なんて持ってないじゃん!
「ソラちゃんから“仲良くしてあげて”って言われたのはあるけど、特に理由はないよ。私はみんなと仲良くなりたい。」
…!私の愚行になんて優しいお言葉をっ…!ありがとうございますっ…!
「…私、カノンちゃんに嫌われてると思うけど…。」
「私はカナミさんのこと大好きだよ!」
「ふぇ…!?…ありがとう…。」
「そういえば私もソラさんにおんなじようなこと言われたよ。ソラさん、カノンさんのことすっごく大切に思ってるんだろうなぁ。」
「仲良いよね。あの二人。」
幼馴染だからっていうのもあるんだろうけど、あの二人の関係からはそれ以上の信頼?みたいなものを感じる。単純にカノンさんが唯一普通に話してる相手っていうのもそうだし、実はソラさんが唯一遊びに誘わない相手なんだよカノンさんって。ソラさんはみんなと友達で、そこに優位を考えるわけじゃない。ただ、カノンさんにとってもソラさんにとっても、お互いは特別なんだと思う。
私がカナミさんとそんな関係になれる未来は今のところ全く見えない。それでも前へ進まないと結果を知ることもできないから。…よし、覚悟は決めたぞ。場を温めるのは諦めて、ここはもうカナミさんの優しさに甘えて直球で聞いてしまおう。
「カナミさん。私のこと怖がってる?」
「?全然怖くないよ?」
…あれぇ?…もしかして考えすぎてたの私だけ…。…ま、いっか!カナミさんに怖がられてないなら次の質問もためらわずにできる!
「じゃあカナミさん、最近疲れてるみたいなのは、どんな悩みが原因なの?…私には話せない…?」
「…心配かけてごめんね?…解決できない問題だから、私が受け入れるしかないんだ。だから、チヅキちゃんは心配しなくて大丈夫だよ。」
私じゃ解決の一助になれない悩みなのか…。…“私”だもんな…。…考えないようにしてたけど、もし“カノンさんに嫌われてる”っていうのがそれだとしたら、私にできることは本当にないのかも…。
「――カナミさん、今日は無理に誘っちゃったのに来てくれてありがとうね。」
「私の方こそ、心配かけてごめんね。」
「勝手に心配してるだけだから良いの。じゃあまた明日、学校で。」
「うん。また明日。」
しっかしコトハさんの言う通り、全然怖がられてなかったんだな。今の私は昔の私と違って明るいもんね!…そう考えると、もし昔の私がカナミさんの前に現れたら、カナミさん卒倒しちゃうかも…。今となっては気にする必要のないものですが、カナミさんを昔の私には会わせられないな…。
翌日――。
カナミさんマスク付けてる…。風邪とかなのかな?HR終わったら聞いてみよ。
「カナミさん。風邪引いた――。」
「ごめんなさい…!」
どっか行っちゃった…。保健室かな。1限終わったら聞いてみよ。
「カナミさーん!風邪――。」
「ごめんなさい…!」
またどっか行っちゃった。風邪うつさないようにしてくれてるのかな。…めっちゃ走ってるし元気そうなんだけどな。うーん…。…2限終わったら聞いてみよ。
「カーナミさん!」
「ごめんなさい…!」
3限終わったら…。
「カナミさんっ!」
「ごめんなさい…!」
4限…。
「カーナーミーさんっ!」
「ごめんなさい…!」
お昼休みはまだ時間がある…!ここまで来たらカナミさんを探して絶対聞き出すぞ!
「カナミン!」
「ごめんなさい…!」
「カナミさん!」
「ごめんなさい…!」
「カナミンさん!」
「ごめんなさい…!」
「カナ――。」
「ごめんなさい…!」
なんで!?
おかしい…。怖がられてないはずなのに…。コトハさんの読みが間違ってた?いやでも、本人が怖くないって言ってたんだし…。…やっぱり他に理由があるのかな?分からん…。…よし、やっぱりもう一度なんとか話しかけてみよう!まだお昼休みの時間あるし!お昼まだ食べてないけど…私のお昼よりカナミさんの体調の方が大切だから!ただ、どう考えても避けられてるから、カナミさんには悪いけど逃がさないようにガシッと捕まえる。居場所は…。
――見つけたぜ…。ふっふっふっ…。灯台下暗しを狙って、あえていつもの“屋上手前の階段”を選んだんだろうけど甘い…!まぐれ合格でも、この学校に入れるくらいの思考力は持っているのだ私は!これくらいお見通しよ!…決して勘ではない!
あとは捕まえるだけ…。こっそり近付いて…今だ!
「カナミさん捉えた――り?」
狙い通りにはいかなかった。捕まえようとした私の腕をカナミさんは逆に掴み、そのままの勢いで私は壁に押し付けられてしまった。
「あの…カナミさん…?これは一体…。」
カナミさんは一言も喋らず、私の腕を掴んだままもう片方の手でマスクを静かに外し、そしてゆっくりと顔を近付けて行く。私は階段下から来たせいでカナミさんよりも下にいて。初めて見る角度のその顔の良さに見惚れて動くのを忘れ、彼女はその隙に私の包帯を外して…。
私の首筋に牙を立てた。
(あ、やば。これ気絶するやつだ。)
ふわふわした頭でもすぐ状況を理解できるくらいその感覚は知ったもの。それだけ回数を重ねていても慣れないのは多分、私がその感覚を無意識に求めてしまっているから。その心地良さに嵌ってしまったから。抜け出す考えは浮かばず、ただ身を任せてゆっくりと沈んで行く…。その感覚に…。
「…――!っはぁ…!」
ところが今回、そうはならなかった。気を失うギリギリで“止められた”のだ。彼女に、私の血を吸った張本人に…。
「――チヅキちゃん…!?だい、大丈夫…!?私、なんてこと…。」
何今…何が起こった…!?なんで私気絶しなかった…!?カナミさんが意識無くなるギリギリで止めて…いやそれよりも、カナミさんが吸血鬼だったって…ヤバい頭が回らない。ずっとふわふわしてる。落ち着きたくても落ち着けない。呼吸が苦しい。痛みはない…でも血は多分結構出てる…。気絶しないとこんなキツかったんだ…。知らなかった…。
「…カナミさん…?私…。」
「あ、いや、ああ…。ごめ…ごめんなさ…。ごめんなさい…。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――!」
「ぅぇ…!?ちょ、カナミさん落ち着いて!私、元気だよ!」
私は涙で顔をぐちゃぐちゃにするカナミさんをなんとか落ち着かせ、二人ともその日の授業は一応最後まで受けることができた。とはいえ、カナミさんは心が抜けたように静かになってしまってたし、私は頭の中を埋め尽くすふわふわに気を取られてお勉強どころではなかったから、いっそ家に帰って休んだ方が良かったのかもしれない。今気にしても仕方のないことなんだけどね。
ふわふわは家に帰ってもまだ頭の中にいて、諦めて寝たら朝起きた時にはもうなくなってたんだけど、なんかもやもやっとスッキリしない気持ちではある。このもやもやを晴らす方法に心当たりはあっても流石に実行する気にはなれないし、それに元から授業には集中できてないし…と、私の方はそんな感じで一応解決。ただカナミさんの方は全く解決してない…というよりも、むしろこれで初めて問題解決の扉が開いたと言ったところ。どういうことかというと、カナミさんはこの日の一件以降、学校に来てないどころか、自分の部屋から一歩も出て来なくなってしまったのである。
はっきり申し上げよう。“カナミさんは引きこもってしまった。”
ので。
これから家に突撃します…!




