6話「それって…」
カナミさんは…カナミさん“も”吸血鬼だった。私を襲ってしまったことに耐えられなくて、閉じこもり人と距離を置くことで同じことが起きないようにしているのだろう。
でも私は距離を置かせたくない。近付いて行きたい。だってカナミさんに元気でいてほしいから。
ということで吸血されてから数日後の放課後、私はカナミさん宅に来ています。
気絶するまで吸われなかったのもあって輸出した血の量は大したことない。それに私は色々あったから日々の貧血対策は万全なのだ!まず前提として『貧血』という体調不良は血液そのものと言うよりもその中の赤血球が少なくなっている状態を言う。酸素を運ぶ赤血球が少なくなり、全身に酸素が運ばれにくくなっているために元気が出ないのだ。そして貧血は基本的に出血によって起こるものではない。原因として一般的なのは鉄分不足で、これは赤血球が鉄分の不足によって充分に作られていないことによるものである。ただし当然のこととして鉄分だけでは作られていないので、他にもビタミン、タンパク質、ミネラルなど――この話はいいか。要するにもし血を吸われても多分大丈夫ってこと!ぴんぽ~ん!
『はい。』
「カナミさん居ますか?同級生の和津池です。」
『…。』
…?インターホンからなんの声もしなくなっちゃった。…たかが同級生がおうち訪問なんて図々しかったかなぁ…?うわぁどうしよう…!?もう来ちゃった以上引き下がれないぞ…!?
と、しょーもないことで落ち込んでいる間にドアが開いた。出てきたのはボサボサの髪に大きめのマスクをした私の同級生。
「カナミさん!」
「…チヅキちゃん…。」
私はカナミさんの部屋に通された。小物も多くて可愛らしい雰囲気の、私の部屋とは大違いに『女の子!』って感じの部屋。そしてこれまた可愛らしいクッションとローテーブルで、お茶を用意しに行ったカナミさんをじっとして待つ。
カナミさん、風邪を引いているわけではやっぱりないっぽい。目を合わせてくれないし、単純に私に会いたくなくて学校に来てないんだろうな…。…悪いことしたとは思ってるよ。抵抗しようと思えばできたはずなのに、スイさんの時も同じことやってるのに、“それで助けになれるなら”って無抵抗で受け入れて。それが良くない付き合い方なことは分かってるんだけどね。どうしてもなくなっちゃうんじゃないかと怖くなっちゃう。…ずっと友達のままじゃいられないのかな…。
「――ごめんね待たせちゃって…。」
「いえそんな…!」
「これ、普通のアイスティーだけどよかったら…。」
「いただきます…!」
緊張して味が分からない…多分美味しい気がする…。お茶も飲んだし…いくぞ…!
「…あの…!部屋に閉じこもってるって聞いて…!」
「…外に出る気になれなくて…。」
「風邪とかは…?」
「それは大丈夫だよ…!風邪は引いてない…。」
よかった…。…じゃあやっぱり、閉じこもってるのは…。
「カナミさんって、“吸血鬼”なんだよね…?」
「……うん…。」
「じゃあつまり、私の血を吸ったのは…“そういうこと”…なんでしょうか…?」
「…?“そういうこと”って…?多分違うと思う…?」
…なんか恥ずかしいんですけど…!?なんで!?違うの!?スイさん言ってたじゃん!どういうこと!?へるぷみースイさぁん!!
「……あの時、私、血が吸いたくて吸いたくてどうかしてた…。周りの子たちみんな美味しそう…?で…。我慢してたら、チヅキちゃんが来て、そしたら…そしたら、なんでか私、“吸おう”って、強く思って…。私…そんなつもりじゃ…。傷つけたくなんてないのに…。」
「大丈夫だよカナミさん…!落ち着いて~…!泣かないで~…!ゆっくり話してくれたらいいからね~…!…お茶飲んでお茶…!一回落ち着こう…!」
しばらくカナミさんの話を聞いて、大体の状況は把握した。カナミさんは小さな虫をティッシュにくるむこともできない優しい子で、吸血鬼だけど人を噛んで傷をつけるという行為がどうしてもできない。『臆病』と言ってしまえばそれまでだけど、そうもいかないのが難しいところで、血を吸えずに吸血欲求が高くなると“傷つけられなくなくなる”らしい。『我慢できない』とか『吸いたい』とかではなく、まるで人が変わったみたいになってしまうらしいのだ。
「つまり…『暴走しちゃう』ってこと…?」
「そんな感じ…。…私、無理矢理するなんて絶対できないの…!ほんとに…!…なのに…。」
「えっと…二重人格みたいなことではない…?」
「記憶はあるし…私の意思でやってたから…違う…。…性格が変わったわけでも、考え方が変わったわけでもなくて…。なんというか…どっちも私だけど、“できないことができるようになった”…みたいな…。……ごめんね…。伝わらないよね…。」
いや、伝わってる気がする。似た経験が私にもある。私には分かるよカナミさん。あっちの自分は好きになれないけど、どっちの私も、私の中にあるんだよね。
「カナミさん聞いて。」
「…なに…?」
「“人を平気で傷つけられる自分”をなくしたいと思う?」
「…“思う”…!」
「じゃあ言うけど、それは無理。」
「…え?…なんで、そんな…。」
「私が無理だったから。カナミさんがどうかは分からないけど、多分無理。だってどっちも自分なんだもん。どんなに違った風に見えても、自分は自分。それをなくすことはできない。カナミさんなら分かるんじゃない?『“その自分”になりたくないなら、自分自身でいるしかない。』って。」
「…どういうこと?」
私は包帯を外してカナミさんに腕を突き出す。
「噛んでカナミさん!血を吸おう!」
「……どういうこと!?」
「吸えないから暴走するんでしょ?じゃあ吸えばいいじゃん!」
「そうだけど!」
「一回吸ったんだし、私の血は“吸いたいと思える血”でしょ?」
「そうなんだけど!私、人を噛むなんてできないよ…!」
「…じゃあ、ナイフか何か借りていい?私が自分で傷口つくるから、カナミさんはそこから――。」
「そんな危ないことしないで!?」
「大丈夫だよ~。動脈と静脈の判別くらいつくからさ。じゃ、ナイフ借りれないなら家から持って――。」
「ダメだって!!」
部屋を出ようと立ち上がった私の腕を掴んで、離そうとしない。
「…。変だよチヅキちゃん。私に血を吸って欲しいみたい。」
掴んだ腕を引っ張って、私は床に倒され、逃げられなくされる。
髪の隙間から覗く尖った耳、マスクを外して分かる尖った牙。無意識に熱くなる首筋は、その彼女のことをよく覚えていた。
「そんなに吸われたいなら吸ってあげる。手、出して?」
「……いや…!私はそっちのカナミさんじゃなくて、普通のカナミさんに――。」
「首を吸われたかった?そんなのダメだよチヅキちゃん。中途半端だから自分から寄ってくるんだよ?」
「……は…?それ、どういう…。」
「吸い切って“満足”させたら満ち足りちゃうでしょ?だからギリギリで止めるんだよ。今日は指だけ。」
そう言って、彼女は咥えた私の指に牙を立てて血を吸った。指先から始まって、手首を通って、腕を通って、じわじわ全身に広がって行く。『心地良い』、『落ち着く』、そんなんじゃない。私は飼われているんだ。生かさず殺さず、ずっと、ずっと…。“今のまま”で…。
普段の彼女が考えついても底にしまっておくことを、その彼女は引きずり出して躊躇なく使っている。
「――ごめんね…!チヅキちゃん…!大丈夫だった…!?」
「大丈夫…。…こうならないように頑張ろうよ。カナミさん。私の血でよかったらいくらでも手伝うからさ。」
「…分かった。頑張る!私、チヅキちゃんにこんな酷いことしたくないから!ちゃんと吸えるようになる!」
「よかったぁ…。学校にも来てよ?カナミさんがいないと、私もみんなも寂しいからさ。」
「行く!ちゃんと通う!…本当に大丈夫…?送って行くよ…?」
「送ってったらカナミさんの帰りが遅くなるでしょ。大丈夫だよ。じゃあ次は学校で会おうね。」
「チヅキちゃんがそう言うなら…。うん…。学校で…。」
そんなことで。私とカナミさんの吸血特訓の日々が始まった。
最初の何日かは普通に首を噛ませてみてたんだけど…。
「…どう?噛めそう?」
「……ごめん…。やっぱりできない…。」
「そっかぁ…。」
と、言う感じにどうしても無理だったので作戦を変えてみることに。
まず、私が自分で自分に傷口をつける作戦だけど、これはカナミさんが本当に嫌そう。なので、カナミさんに口を開けてもらって、牙に私が自分の指を当てて傷をつける作戦に修正。
「カナミさんは目瞑ってていいからね。」
見なければ誰かが傷つく恐怖を軽減できるし、実際傷をつけるところまでは上手くいった。ただ…。
「カナミさんできてるじゃん!やった――…?」
カナミさんは傷ついた私の指をちゅうちゅう吸い始めた。何が起こったかというと、傷をつけた瞬間に“そっちのカナミさん”になってしまったのだ。要するに、噛むとか傷をつけるとか以前に、吸血行為自体が“自分を変えるトリガー”になってるってこと。どうやら一度吸血したことでクセがついたみたい。
そっちの方が精神的に楽なんだと思う。元のカナミさんのまま人を吸血すると心が壊れちゃうから、そうならないための防衛反応みたいな感じ。私も昔、似たような理由で変わってたから分かる。最初はそれで楽になるんだけど、結局限界はあるからこぼれ落ちる前にすくわないと。私には悪夢から目を覚ますきっかけがあった。でもそれは偶然で。だから、カナミさんのそれには私がなるんだ。
「でもどうしたら…。」
「カナミちゃんのこと?」
…声に出てた!?
違う!違うんだコトハさん!マズい…!カナミさんの秘密を守らないと…!…いや、よく考えたら隠してるわけではないのか…?秘密にしてほしいとかも言われてないし…。…でもカナミさんに相談なしには言えない…。…私って、なんのためにいるんだろ…。
カナミさん、始めは血を吸ってしまう度に大泣きしてた。学校でもちょくちょく“そっち”になってたし…。それが最近は泣かなくなって。ただ一言『ごめんね。』って、元に戻ってそう言うんだ。涙の枯れた泣きそうな目で。
「カナミちゃん、最近ずっと悲しそうな顔してるよね…。それに、ヅキちゃんもぼーっとしてること多いよ?私にできること、ある?」
「…コトハさん、私のことどう思う?」
「……え!?」
「ああいや、深い意味はなくてさ。私って頼りになるのかなって…。」
カナミさんにあんな顔させたくない。でもその気持ちがあるだけで何もできてない。
私の血を不本意でも吸ってくれてるからカナミさんは普通でいられてる。それは事実として理解してるよ。カナミさんは優しいからそんな今の成果のない状況を受け入れてくれてるけど、このまま私がどうにか頑張ったって何かになる気がしないんだ。私は居ても居なくても変わらない予備で、今もずっと余計なことして悪化させてるんじゃないかって…。私が居なかったら、他のみんなを頼ることができててとっくに解決してるんじゃないのか。って…。
「私はヅキちゃんのこと、とっても頼りにしてるよ。」
「…本当ですか…?」
「本当だよ。ヅキちゃんが居るから私、毎日楽しくすごせてるんだよ?」
「コトハさぁん…!」
ヤバ…泣きそう…。女神すぎる…!好きぃ…!
「よしよし。おいで?ぎゅーってしてあげる。」
コトハさんあったかい…。……なんか抱きしめられてると頭がふわふわしてく――…!?
「もういいです…!!」
「え…。…どうしたの?最近本当にぼーっとしてるよ?いつもは数分くらいぎゅーってしてるのに…。」
私そんな“いつも”ってほどやってもらってましたっけ…。
「いやなんかほんと、大丈夫!…そうだ!週末みんなで遊び行かない!?遊園地とかどう!?」
「いいよ…?」
「よぉし!そうと決まればトイトさんたちにも教えないとなぁ!じゃあまたね!ばいばい!」
「ばいばい…。」
ヤバいヤバいヤバいヤバい…!!私さっき何考えてた!?“ふわふわ”って…私コトハさんに血を吸ってくれないかなーとか考えてたでしょ!?ダメだよそんなこと!…まさか私吸血にハマっちゃったのか…?いやそんなはずはない…。連日の作戦失敗で多分アレ…あの…痛みを感じさせなくする吸血液が体の中に溜まってってるんだよそうに違いない!大体ハマるなんてありえないから!確かにちょっと心地良いかもしんないけど?噛まれる瞬間は普通に痛みあるし?全然ほんと…そんなんじゃないからぁ!…前に認めてたような気もするけど…そんなんじゃないから!違うから!断じて!信じて!
え~、ということでですね。週末、みんな誘って遊園地に行きたいと思います。カナミさんも誘います。絶対に来てもらいます。それで多少なりとも元気になってもらいます。それに普段近付かないところに踏み入ることでいい作戦が思い浮かぶかもしれないし…。思い浮かばないかもしれないけど…。
とにかく!遊園地に行くぞ!




