21話「どんなおもいで」
カノンさんと急に帰ってきたスイさんは私の告白をOKしてくれた。カノンさんは変化なしだけど、スイさんの方は露骨に嬉しそうな顔をしている。
「いいの?スイさん。…本当に。」
「いいのよ。関係性と言うものは付き合いが始まってから深めて行くものなのだから。チヅキ君が望むなら、私に断る理由はないわ。」
とのことらしい。
一方でソラさんは断った。露骨に不機嫌そうな顔をしている。
「…ヅッキーごめん。私教室戻る。」
「謝らなくてい――…いんだけど…。」
ソラさんは教室に戻ってしまった。
「アタシも戻る。HR始まるから。」
カノンさんに。
「私ももう行くことにするわ。無理に帰ってきたから雑務が色々とあるのよ。またね、チヅキ君。」
スイさんも行ってしまって。
「…トイトさんは戻らないの?」
「成績にこだわりないから。」
トイトさんは変わらず残って。
そしてもう一人。
「…カナミさんは、こういうカタチはやっぱり嫌…?」
「私は…。」
カナミさんは視線を落として黙り込む。
吸血鬼である以上、血は欲しいに決まってる。吸血したい相手が『恋人になってくれるなら吸血していい』と言っているのに、それなのに彼女はまだ私のことを考えている。
彼女には彼女の信じるものがあるんだろう。それが胸の奥で何度も問いかけ、行動を引きとめるんだ。吸血鬼として私と付き合うのには、彼女は優しすぎる。
「…カナミさん。断りたいなら、ちゃんと断って欲しい。私はこうじゃなきゃダメって言いたいワケじゃなくて――。」
「――違う!…違うの。断りたくなんてない…。」
カナミさんはどうしようもなく辛そうな顔で話した。
「私は吸血鬼だから、普通には生きられないって分かってる…。でもチヅキちゃんは違うでしょ…?献血だって、全血は1ヶ月から4ヶ月くらいだったかな…間をあけなきゃダメで、しかもチヅキちゃんの身体は私より小さい…。歳だってまだ…。…複数の人に血を吸わせるなんて無茶だよ…!私だって…チヅキちゃんには元気でいて欲しいのに…。」
カナミさんが言う“全血献血”は、血液中の成分を抜くんじゃなくて、血液そのものを抜く、多くの人が想像しているであろういわゆる“献血”のことで、この国では200mlと400mlの2種類が実施されてたはず。
ただ現代の吸血鬼が一度に吸う血液量なんて多くても精々100ml程度。半分の50mlも吸われてたら、その分体内に入ってくる“吸血液”の催眠作用で気を失ってると思う。
確かに、体力の消費量は献血と大して変わらない。でも消費する血の量は全然違うし、みんなそれなりに自制はできてるみたいだから大丈夫だと考えてるんだけど…。なるほど、カナミさんはそれを気にしてたのか…。
「…分かった。じゃあ、自分の体調を最優先で考えるから、それならいい…?」
「…ちゃんと元気でいてくれる…?」
「うん!これからの私はずっと元気でいるよ!…私と恋人になってくれる?」
私はカナミさんの手を取ってお願いする。
「……よろしくお願いします…!」
ほんのり滲んでいた涙を袖で拭って、カナミさんはそう応えてくれた。
そしてチャイムが鳴った。
「あっ…。…ごめんふたりとも…。」
「遅刻…しちゃったね…。」
「ヅキのせいだからパン買ってきて。」
「それが狙いかよ。」
3人仲良く遅刻した。
放課後――。
色んなことを打ち明けたからといって、みんなとの実際の関係は大して変わらない。ソラさんも教室に戻った時にはいつも通りだった。…あの人は私含めて、誰にも心の内を明かす気はないんだと思う。少なくとも、今はまだ聞き出すのは無理だ。情報量ではなく、ソラさんの心の内の扉に手をかけるには、まだ経過時間が足りていない気がする。…経過時間なのか、残り時間なのかも、それもまだ分かってはいないんだけど…。
「――ばいばーい!また明日ー!」
もんじゃ焼きをマジで食べに行くソラさんたちを見送って、私とスイさんはそれぞれの用事のために今日はもう帰ります。
「ばいばーい……チヅキ君、ちょっとだけお話しない?」
駐車場に止めてあるスイさんの車の中で、私は朝のカナミさんのことを話した。
「――カナミ君らしい意見だわ。とても優しくて思いやりのある葛藤…。」
「一番私の血を吸ってないのはカナミさんだからね。傷つけたくないっていうロックが外れても、気にすること自体は変わらないんだと思う。…ちなみに一番吸ってるのはスイさんだよ?」
「中々に棘が鋭いわね…。もちろん、私もちゃんと自制するわ。改めて、これからもよろしく、チヅキ君。」
「うん。」
スイさんに別れの言葉を告げて私は車を降りる。ただ、ドアを閉める前に、最後に一つだけ聞いておきたくなって、聞く。
「…あのさ。助けたい人がいて、でもその人が助けを求めてなかったら、スイさんはどうする…?」
「“助けを求めさせる”か、“助けてから謝る”…かしら。自分が後で謝罪して丸く収まるのなら、助けるのを躊躇う理由はないでしょう?」
スイさんは相変わらず自信ありげにそう即答した。
コトハさんの家に帰った私は、コトハさんの妹さんを迎えに行ったり、休んでいた間のあれやこれやを整理したりする前に、荷物を全部リビングの床に置いてコトハさんの部屋へ行く。
扉を軽く叩いてから開けて部屋に入り、入ったら扉をすぐに閉じ、完全に遮光されて真っ暗闇になっている中を脳内の記憶を頼りにベッドまで進み、寝ているコトハさんの様子を確認する。
服は汗でべっとり。熱もあるし、脈拍も早い。呼吸も少し荒い。学校に行く前に用意しておいた食事には手を付けていないし、何より水もスポーツドリンクも経口補水液も、ペットボトルの中身がほとんど減っていない。昼の間は殆ど眠っているとはいえ、これはあまり良くはない。
(昨日より酷くなってる…。)
コトハさんは少し前から熱を出して寝込んでいる。それも、病院に行って治るような類のものではなく。
結論から言えばコトハさんは吸血鬼だ。コトハさんが倒れた時、コトハさんのお母さんに直接教えてもらった。コトハさんの体調不良は吸血鬼由来のもので、栄養を取ったり薬を飲んだりして治るものではないのだ。
「――……ヅキちゃん…?」
私が看病に使うものを交換しようと集めていると、コトハさんが目を覚ました。
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん…。おかえりなさい…。」
「うん。ただいま。」
日に日に弱って行く彼女を見るのは辛い。食事を取る気力もなくなったのなら入院を考えないといけない。そうすればもっと時間は稼げる。根本的な解決にはならないから、本当に時間を稼げるだけだけど。
「目が覚めたなら、今日も“チャレンジ”できる?」
「うん…。がんばる…。」
“チャレンジ”とは吸血のことだ。ハッキリ言おう。コトハさんは吸血できなくてここまで弱ってしまっている。逆に言えば、吸血さえできれば今すぐにでも回復するということ。
私はナイフで左手の小指の先を切り、コトハさんの口に入れる。
自分の血が吸われる感覚だけで、私は既に絶望していた。他のみんなの時と明らかに違うからだ。
ずっと指先の傷は痛いままで、心地良さなんて全くない。吸血液が出てないんだろう。その事実だけで、もう泣きたくなる。
「……ぅぇっ…!ぇほっ…ごほっ…!」
コトハさんはしばらく頑張って血を飲み込んでいたが、すぐに全部吐き出してしまった。
「…やっぱりダメなんだ…。」
「……ごめんね…。せっかくヅキちゃんが吸わせてくれてるのに…。」
「いや、いいよ。…全然、私は元気いっぱいだから。」
血を吸えないくらいでそう簡単に現代の吸血鬼は死んだりしない。けど、確実に体は弱って行く。体力が落ちて、免疫力が低下して、病気にかかりやすくなったり、怪我をしても治りにくくなったり、間接的に死に向かって行く。
私は傷の止血と消毒をして、吐き出された自分の血を片付けながら『今度ばかりは本当にどうしようもないのかもしれない。』と、あきらめかけていた。
「なにかして欲しいこととか、欲しいものとか、ある?」
「ううん…。大丈夫だよ…。」
何が“大丈夫”なのか。こんなになっているのに。
病人にはある程度甘えてもらわないとこっちが困る。欲求を見せてくれないと、看病における選択肢が少なくなる。経験に頼れず知識でしか判断できない私はただでさえ察しが悪いのにだ。
「…ごはん、食べられそう?食べられるならおかゆ温めてくるけど。」
「うん…。食べるよ…。…がんばる…。」
私はキッチンへ行って、作り置きしておいた冷蔵のおかゆ入りのタッパーを温めて持ってくる。
スプーンでひと口すくって、息を吹きかけて冷ましてから。
「食べさせてあげるから口開けて?ほら、あーん。」
「あーん…。」
コトハさんは言われた通りに食べられてくれる。
ただ、飲み込む力が弱まっているのか、ひと口食べ切るのに時間かかりすぎていた。
「…私も登校再開したし、食事できなくなったら入院してもらうからね?」
「…うん…。」
コトハさんは不可能なこと以外何でも言うことを聞く。決してわがままを言わず、絶対に要望を出さない。
欲を出すことを『悪』と捉えているんだと思う。もっと言えば『恐怖』している。欲がない訳ではないはずなんだけど、例えるなら『“欲”を地下深くの部屋に閉じ込めて、そこに至るまでのありとあらゆるものを全てガチガチに凝固させたような状態』。“欲”自体は存在してるけど、持ってこれないんだ。それも、もうコトハさん自身ではどうしようもないほどに。
獲物の私と近い距離で一緒にいたのもよくなかったのかもしれない。耳も牙も尖ったところは見たことがないけど、コトハさんのお母さんから聞く限りでは、吸血鬼の“血の濃さ”はそれほど強くないらしいから、本来はもっと猶予があるはず。私が体調不良を加速させた可能性は否定できない。
多分、吸血欲求を持てないせいで、体が血を欲しててもコトハさん自身は血を欲することができないんだと思うけど、吸血したがらない吸血鬼なんてめちゃくちゃだ…。現代の吸血鬼には吸血自体が必要で、私が無理矢理血を飲ませても意味がないのに…。
母と妹への強すぎる責任感と優しさが、この極端に酷い状態を形成してしまったんだろう。『食べたいから食べる』じゃなく、『寝たいから寝る』じゃなく、『生きたいから生きる』じゃなく、『自分がそうしていないと母と妹に迷惑をかけるから』コトハさんはそうしている。
事故だって聞いてるけど、それは最早関係ないんだろうな…。最初は事故でできた穴を埋めようとしたのかもしれない。ただ今となってはきっかけにすぎなくて、“その後に自分で積み上げた物”に、この子は圧し潰されてしまいそうになっているんだ。
「…ヅキちゃん…?どうしたの…?」
「…え?あぁ、いや…。」
私はコトハさんの声を止めるように、コトハさんにおかゆを食べさせた。
「学校とか、色々用事はするけど、私はずっとそばにいるから。…私はどこにも行かないから。」
コトハさんは私の意図をよく分かっていないようだったが、嬉しそうな顔をしてくれたと思う。
コトハさんは迷惑をかけることを嫌う。私がまだ落ち込んでたのもあるけど、だから今までみんなに頼れずにいた。頼っていいのか分からなくて、できれば私だけで解決したくて。
でも食事を取りにくくなっている以上、そんなことも言っていられない。私は私のために、コトハさんには元気でいてくれないとダメなんだから、なんとかしないと。
コトハさんが私に対して吸血欲求を持ってくれないとしても、“よく知らない倒れた吸血鬼に血を吸わせてくれるお人好しを見つける”よりかは、“私に対してその気にさせる”方向性の方がまだ可能性はあると思う。普通の人間に輸血するのと、吸血鬼に血を分けるのとじゃ話が違うんだもん…。現代でもその辺を気にする人は沢山…まぁ、その話は気にしても仕方ないんだけどさ。
とにかく。コトハさんを『その気にさせる』方法をあれこれ考えて、みんなにもアイデアを募って、片っ端から試してみよう。それでもダメならその時は…その時はその時に考えよう。そしてその時は絶対にこないし、こさせない。絶対に。




