2話「告白と?」
すれ違う誰もが振り返る彼女。紅梅寺スイさんは吸血鬼。
吸血鬼が存在するのは知ってる。吸血鬼と言っても陽にあたると灰になるようなものじゃなく、今の世界に存在する吸血鬼は人間と大して変わらない。彼らに関して私が知っているのは報告する義務とかは無いってこと。背が高いとか、絶対音感があるとか、眼が良いとか、そういうヒトという生物における個体差の一つで、大昔と違ってバケモノなんかじゃ決してないのだ。確かに、定期的に吸血しないと体調を崩すとか、吸血鬼に噛まれた傷はすぐに治るとか、そういう特性がないわけじゃないけど基本は普通の人間。だからスイさんが吸血鬼だってことをわざわざ言いふらす必要はない。隠す必要もないし、明かす必要もないのだ。
そう!私は普段通り登校して普段通り教室に入って普段通り挨拶して普段通り日常に戻ればヨシ!別にやましいことしたわけじゃないもんね!よっしゃ行くぞー!
「おはようスイさん。では…。」
「チヅキ君。ちょっと良いかしら?」
「…!?…な…なんでしょう…?」
「大した用事じゃないのよ。ほら、昨日倒れたじゃない?その後、体調はどう?」
普通だ…。いつものスイさんだ…。変な雰囲気にならないようにしてるのか…。なら私も気にせず合わせるように!なんなら昨日のことは覚えてない体で!
「いやぁ~、昨日はご迷惑をおかけしましたぁ~。全然大事じゃなくて…そう!貧血で!ただの貧血で!」
「貧血なの!?」
え!?なんか間違えたか!?…そうか!倒れてる時点で結構な大事なのか!マズい…!話題を変えないと…!
「なんかほら…スイさんが運んでくれたんだって?ありがとね!いやぁ~昨日のお昼のこと、ほんと記憶になくて!」
「記憶を失うほど!?」
これもダメなの!?…ヤバい…。ざわざわし始めたぞ…。ひとまず撤退だ!スイさんを連れてどんな感じで行くか話し合わないと!
「スイさん!運んでくれたお礼がしたくて!ちょっとこっちで話し合おう!」
「え!?お礼は私が…。」
「いいからこっち来て!?」
私は例の人気のないベンチまでスイさんを連れて来て話した。
「――えっと…本当に大したことないのよね?」
「そう!貧血も記憶障害もナシ!嘘!」
「良かった…。私、初めて吸血したから、加減が出来てなかったのかと…。」
「ほんとに大丈夫なんだよ。私はただスイさんが――スイさんの秘密を守りたくて。噛み跡を隠すために今日も包帯つけてるけど、傷自体は多分二、三日で治りそうだから。」
しかし…本当に吸血鬼なのか…。吸われた時とは全然雰囲気違うな…。どっちも美人だけど。美術館に飾ってたら思わずお賽銭して出禁喰らいそうなくらいの聖美少女だ…。
「治療に使った代金は勿論支払わさせてもらうわ。それと、他に出来ることはある?あれだけのことをしてしまったのだから、お詫びをさせてほしいの。」
「いえいえそんな。献血みたいなものじゃんね。」
「“献血”って…。」
…ん?なんかめっちゃ考えてる。
「…チヅキ君。君はとても優しい人よ。もし君が善意で『献血』と言ってくれたのなら、謝るわ。だけど、それを承知で聞かせてほしい。吸血鬼の吸血行為がどういうものか、知ってる?」
「?献血みたいなものじゃないの?」
「本気で言ってるの?本当に分かってない?」
「違うの?吸血しないと体調を崩すんじゃないの?」
「それはそうだけど、そうじゃなくて。吸血鬼の吸血行為というものは…。」
「“ものは”?」
スイさんは何故か顔を真っ赤にして答えた。
「…その…。ああもう!吸血は好きな人にするものなの!」
――へ…?
「いやいやいや!何言ってんの!?何でジョーク!?」
「ジョークじゃない!」
「いやだって…女ですよ私!?」
「やっぱり女の子はダメ…?」
「そういうことではなくてですね…!」
「良いの!?」
「そういうことでもなくてですね…!?」
いや、分かるよ?そういう人がいることは知ってるけど、それは知識として知ってるだけで、私がどう思うとかはまだ分かんなくて。そもそも私まだ人間関係ビギナーだし!友達付き合いの時点でパンクしそうなのに“好き”とか言われてもどうしたら良いのか…。しかも相手が女の子で、しかも学校どころか世界一の美少女なんて、そんなのどうすれば…。
…断っていいのか…?いやでもこんなチャンス二度とないぞ!?いやでも好きじゃない相手とそういう関係になるっていうのは…いや好きじゃないって言うか、好きではあるんだけど好きじゃないって言うか、そういうことはもっとこう…そうせめて15年くらい経験を積ませてほしい!いやだからそうしてる内にこれ以上ない美少女が私の人生の中枢を担うチャンスを棒に振ることに…!い…やでもやっぱ好きとか分かんない!
「チヅキ君。君が好き。私の恋人になってくれませんか?」
余計頭がこんがらがるって!
どうする!?考えろチヅキ!…いや考えるなチヅキ!一人でやろうとして周り見ないのやめるんだろ!?そういうのは事故った時にやめるって決めたんだ!
よし。ちゃんと断るぞ。
「あの!スイさん!」
「はい…!チヅキ君…!」
「私、好きとか恋愛とか恋人とか、そういうことまだ分かんなくて。だから――。」
「私が教えたらいいのね!今日の放課後は空いてる?デートに行きましょう!」
なんでこうなんの!?
うぅ…。人間関係を知るのってほんと大切なんだな…。ちゃんと人と向き合って来ないと、よく分からないまま電車に乗せられて、よく分からないまま服をコーディネートされて、よく分からないまま新作スイーツを一緒に食べさせられるんだぁ…。…めっちゃ美味しいよぉ…。こういうキラキラした嗜好品初めて食べたよぉ…。
「チヅキ君。ちゃんと楽しめてる?」
「楽しいよ?ともだ…誰かとこうやって放課後遊びに行くとか、したことなかったから。」
「ふふっ…。やっぱり優しい。残念ながら、まだ恋人じゃないのだから友達で良いのよ。実際、していることは普通の友達関係と変わらないのだし。」
「そう…ですか…?…ごめん。普通の友達っていうのもよく分かってないんだ…。私…。」
「…友達なんて、意識するものじゃないわ。意識するならそれは恋人の方よ。友達と遊んだことなら何回だってある。でも、好きな人がいて、その人と遊んだのは今日が初めて。顔には出てないと思うけど、私、凄く、凄く、君のこと意識してるから…。」
スイさんの言う通り、顔には一切出てなかった。言動も普段のスイさんと変わらない可憐で高潔で聡明で優しい人。何も変わらない。でも、スイさんの中では何かが変わってるんだ。それが恋だとして、私がそれを知れる日は来るのかな…。
「――次はここでディナーを取るわ。」
最後に連れて来られたのは温泉旅館。高そうな門構えだ…。
「ここの食事はとても美味しいのよ。チヅキ君にも是非知ってもらいたいわ。」
「私のリッチ度だと一生に一度も来れなさそうだもんね。」
「そういうことが言いたいわけじゃないのだけれど――いえ、その通りよ!」
(肯定!?)
「チヅキ君じゃ絶対来れないわ…!でも…!私と付き合えば何回だって来れるわ…!何回でも…!」
「奥の手の口説き文句使ってきたっ…!?」
目が怖いですよスイさん…。
「こほん。それは半分冗談として。」
「ツッコまないからね?」
「折角だから温泉にも浸からない?折角だから貸し切りにしたの。」
「折角と貸し切りになんの因果が…?」
ヤバい。結局ツッコんじゃった。
でもいいな。温泉行ったことないんだよね。…まぁそもそも旅行とかお出かけとか自体したことないんだけど…。…あー、楽しみだなー…!
というわけで。スイさんが用意してくれた部屋に荷物を置いて館内着に着替え、さっそく温泉に入りたいと思います!…部屋はあっても泊まるわけじゃないからね?暗くなる前に帰りますよ勿論。包帯付けなきゃいけないし、サクッと浸かってサクッと食べてサクッとちょーこーきゅーな雰囲気を己に活けるだけ…ふへへ…。いかん表情筋が。早よ脱ご。
「…よし。ごめん、包帯外すの手間取っちゃって――て…?」
脱いでない…?…まさか…!?チヅキ君みたいな1Lペットボトルぼでーのバカ体形バカ女子なんかには、あたくしの世界を魅了する至高の孤高の最高の完璧ぼでーを晒すワケにはいかないとおっしゃるので!?違います違います!私だってそれなりに努力は…して来てないけど!最近は結構頑張ってる…つもりでいるから!
「あの…。入らないので…?」
「そう…よね…。入る…。…ごめんなさい。やっぱりチヅキ君一人で入って来てもらえるかしら…。」
「…?良いよ。分かった。」
「誘ったのは私なのにごめんなさい…。また――…いえ、何でもないわ…。忘れて…。」
そんなわけで、私は一人で温泉を満喫するのだった。めちゃくちゃ広いのに今は私専用…。大富豪になった心持ちですよ!サイコー!…とも言えないのよなぁ…。温泉に浸かる前に体を洗っているわけですが、こういう時ってなーんか色々考えちゃう。スイさんは何で入るのやめちゃったんだろ。私に裸を見られたくなかった…それはないか。だったら温泉に誘ったりしないもんね。…だーめだ!考えても分かんない!相手がどういう気持ちかなんて、人と関って来なかった私には見当もつかない。私が分かるのは、首の噛み傷がすげー治ってるってことくらいだよ。明日の夜には綺麗さっぱり消えてそう。これで中二病キャラを払拭できる!そう思ったらちょっとテンション上がってきたな。わーい!温泉つーかろっ!
「ぁぁ~…。ぃぉぃぃぃ~…。」
温泉から出て部屋に戻ると、既にお豪華な懐石料理が用意してあった。美味そうすぎる…。そして食べたことなさすぎるっ…!
「温泉は気に入ってもらえたかしら?」
「良すぎて綿あめみたいにとろけたよ!」
「それはどこに浸かってもとろけると思うわ。でも気に入ってもらえたなら良かった。次は食事を楽しんでみて。」
やっぱり美味かった。お米かじってるだけで美味い。なんなら箸も美味い。別にべろべろ舐めたりしてませんけど。
「そういえばスイさん。何で温泉入らなかったの?」
「それは…明日、学校で話すわ。それよりも。この天ぷらもおすすめなの。ほら、あ~ん。」
「一人で食べれるから!」
「あら残念。」
いくら私でもはぐらかされたことくらい分かる。でもスイさんが明日話すって言ってるんだからそれ以上気にはしない。調子もいつも通りに戻ってるし、この状態になると私の話術では付け入る隙がないもんでお手上げなのだ。
「ごちそうさまでした…!めっっっっちゃ美味しかったよ!ヤバかった!」
「良かった。それじゃあ陽も落ちかけてるし、帰りましょう。駅まで送るわ。」
スイさんは帰路でもずっと何かしらの話題を振ってくれて、私では信じられないくらい会話が弾んだと思う。だけどその間、いつもと変わらない調子のスイさんを私は何故かいつもと違うように思えた。理由までは分からないけど、それは、たとえ聞いても答えを返してはくれないんだろう。世界中でただ一人、私だけが聞き出す権利を持っているのに、聞き出す方法を知っていない。何度も何度も後悔して反省して。そして、失った今までの時間はやっぱり戻って来ないんだ。
「チヅキ君。今日は私のわがままに付き合わせてしまったわ。ごめんなさい。」
「楽しかったよ!絶対また誘ってね!…贅沢目当てじゃないからね!?」
「ふふっ…。分かってる。…血を吸ってしまったお詫び、何か考えておくわね。デートも…誘う…。必ず…。」
「絶対だよ!また明日ね!」
「えぇ、また明日…。…チヅキ君。」
「?」
「今日は私に付き合ってくれて本当にありがとう。…さようなら。」
「…?うん。じゃあね。スイさん、また明日。」
その夜、私は布団の中でスイさんの言葉を思い出していた。
友達は無意識でなるけど、恋人は意識してなる。じゃあ、意識することが「好き」ってことなのかな。…私はどっち?彼女を意識してるの?してないの?
私はスイさんのこと、どう感じてるんだ…?
明日。スイさんは学校に来なかった。仕事だそうだ。スイさんがダブルブッキングなんて雑なミスを犯すはずがない。学校で話すって言ってたのは嘘だったんだ。…クラスメイトだし、連絡先は持ってるんだよな…。でも一度もメッセージ送ったことないぃ…!いや、今さらメッセージくらいでってのは理解出来るんだけど、なんだかなぁ…。どう切り出せばいいんだ…?めっちゃ良い人だし、「嘘ついたの!?」とか素直に聞けば答えて…くれないんじゃないか…?スイさんの人となりなんて知らないけど、普段の言動からも不誠実なことはとことん嫌うイメージがある。そのスイさんが嘘をつくくらい隠したいことなんだからどうやって…。…「秘密をばらすぞー!」とか言ってみる…?いやいやいやいや、刑法222条ですよ!?
と、そういう言い訳でメッセージも送れないまま、私は今日も授業に熱が入らなかった…。
「はぁ…。」
「ヅッキー、今日ため息多いね。」
「悩み事があってさ…。」
ソラさんならぐいぐい聞きに行けるんだろうなぁ…。尊敬するよ…。
「よー分からんけど、落ち込んでる時は遊ぶのが一番だぜ!ここだけの話、とっておきのネタがありましてね…!」
「そんなに凄いネタなの?」
「なんと、あの紅梅寺スイの仕事場の情報を得まして…!冷やかしに行こーぜ!」
「懲りないなぁ。またスイさんに叱られるよ?」
私はスイさんのことでいっぱいなんだよぉ…。スイさんを冷やかして余計考えることが増えたら――。
「スイさんの居場所分かるの!?」
「おお。良い食いつき。」
もうメッセージは諦める!人付き合いは顔を合わせて話し合うことが大切なんだよ!多分!
気合い入れろチヅキ!ここで押さなきゃ今までに逆戻りだぞ!私は絶対、前に進むんだ!
「ソラさん場所教えて!私も行く!」
ソラさんに付いてスイさんの仕事場へ向かう。ドラマの仕事でそこそこ近くの公園にいるらしい。
「ヅッキーが食いつくなんて珍しいね。」
「たまには良いかな~って…。」
「イイネ!イイネ!そういう気持ち育ててこう!」
「胡散臭いプロデューサーかおぬしは!」
…思えばソラさんと二人でどっか行くの初めてだな。一対一自体、昨日のスイさんが初めてってのはあるけど、ソラさんがいる時っていつもコトハさんとトイトさんもいるんだよね。だけど二人は積極的に誘ってくることない…ってより、ソラさんが「しなしなのポテト食べ行こーぜ!」みたいな感じに誘ってくるからそれに三人で乗っかるってパターンが基本。この人カノンさんとも仲良いらしいし、コミュ力マジでヤバ高なんだなぁ。
「ここだよヅッキー!記念に一枚撮ろ!」
「良いけど…。何の記念?」
しかし着いた…。着いてしまった…。まだどうするかまとまってないぃ…けど頑張る…!当たって爆散の精神…!
「それで、撮影現場には入れないよ?出待ちするの?」
「甘いな~。一流のハンターは獲物を追わないのだよ?」
「?だから待つんじゃないの?」
「ちっちっちっ。すぐに分かるよ。」
…まぁ、今日中に会えたら何でも良いか。
それにしても、辺り一面結構な量のファンが…。さすが紅梅寺スイ…。これだけ集まってるなら、そりゃ居場所ぐらいすぐ分かるわなぁ。知らなかったのは私だけ…。
「お!ほらほらヅッキー見て!獲物が来たよ!」
いやまさかそんな。こんなすぐスイさんが来るわけ…。
「ソラ君?どういうことなのかしら?」
マジで来た!?
「え!?何で!?仕事中じゃないの!?」
「仕事中だけれど、四六時中撮影している訳じゃないのよ。」
「そりゃそうだろうけど…。」
てっきり私には会いたくないのかと…。
「で、ソラ君?この写真は何?チヅキ君をかどわかしてどういうつもりなのかしら?」
「ヅッキーが珍しく乗り気だったからベイトとして丁度良いと思って!」
「なるほど。“チヅキ君はこういうイタズラしない”って、私がまんまと釣られたわけね。」
さっきの写真そういうことか…。海老で鯛を釣ったわけだ。スイさんに“ソラさんが私を無理矢理連れて来た”と思わせてわざと叱られに…。ソラさんはスイさんの秘密知らないだろうから偶然だけど、今の私とスイさんの関係には刺さりまくってる。手玉に取られてるな。私もスイさんも。…ていうか私がメッセージ送ってれば簡単な話だったんじゃ…?いやでも!ここまで来たから上手く行っただけかもしんないし!うんそう!きっとそう!カットソー!
「チヅキ君が付いて来た理由は分かってるわ。終わったら連絡するから後で…。」
「私ここで待ってるよ。折角捕まえたんだもん。今日は絶対逃がさないから。」
「…“逃げないわ”。…なんて、私が言っても信用ないわね。なら、車を出してもらうから私の家で待っていてくれる?」
「…ほんとに来るの…?」
「スマホと…カードケースを人質として渡しておくわ。どう?」
「スイさんだったらいくらでも逃げ道がある気がするけど…。分かった。信じるよ。」
「ありがとう。後悔はさせないわ。」
そう言ってスイさんは仕事に戻っていった。…クラスメイトの家行くの初めてだな…。
「ヅッキー!」
「…あ!ごめんソラさん…!忘れてた…!」
「良いよ良いよ。冷やかしに来ただけだし!ミッションはコンプリートしたから私帰るね。バイバイヅッキー、あでゅー!」
「あでゅー!」
帰った…。マジで冷やかしに来ただけだったのか…凄い胆力…。
そんなこんなで少し待っていると明らかな高級車が道の反対側に停車した。左の窓を開けて運転手の人が目で訴えかけてくる。「ファン共が撮影に夢中な内にさっさとずらかるぞ!」って目だ…。左ハンドルだし運転手の人めっちゃ美人な女の人だし、多分あれだな…。早く乗ろう。
「よろしくお願いします…。」
「ご学友様は少々不用心でいらっしゃいますね。」
「えぇ!?何ですか急に!?」
「わたくしは偽物かもしれないと言う話でございます。幸い今回は本物ですが、お嬢様と親しい仲にあらせられる以上そういった犯罪に巻き込んでしまう可能性がございますので、お気になされた方がよろしいかと。」
「なるほど…。気をつけます。」
「そうしていただけると助かります。」
フランク…?クール…?厳しい…?優しい…?分からん…。関わって来なかったタイプだ…。関わって来たタイプはどれだよって話はナシでね?
「…お嬢様のことはお好きですか?」
「はい!?」
「個人的な興味で…お気を悪くされたなら申し訳ございません。お嬢様のスマホをお持ちですよね。」
「…?はい。人質って言われました。」
「お嬢様はスマホを仕事用とプライベート用で二台所持しておられまして。」
やっぱり逃げ道あるんじゃん!?
「ご学友様にお渡しなされたのは、プライベート用にお嬢様ご自身でお買いになられたものなのでございます。説明が難しいのですが、とても大切にされているもので…。ですので、ご信頼なされてよろしいかと。」
「…ありがとうございます。」
スイさんの家に着いた。鍵が鍵じゃなくてキーだった。カードキーだった。マジか…。一軒家でカードキーってあるのか…。まぁあるか…。防犯的な感じか…。それに目の前にあるんだもんな…。…カードケース渡したのこれが理由か!他何のカード入ってるんだろ?えっとこれは…おい知んねぇ色のクレカあんだけどこれ見るの止めとくべこれ。
えっと。スイさんの家は案の定めちゃくちゃ広い。運転手さんにスイさんの自室に案内されたけど、これ部屋ってか家じゃん!ベッドデカ!テレビデカ!ソファーデカ!電灯デカ!嘘でしょここで待つの!?落ち着かないぃ…!スイさん早く来てぇ…!
数刻後――。
「ごめんなさい。待ったわよね。出来る限り急いで来たのだけれど…どうしてそんな隅っこにいるの?」
「いやぁ…落ち着かなくて…。」
「落ち着きのある空間なら和室があるのだけれど…そうではないのよね…?」
「そうですね…。あ、でも、スイさんが来たからもう大丈夫だよ!」
それから私達はふかふかのソファーに並んで座った。しかし本題に入る勇気はないのだった…。だってほら…そう!小粋なトークで場を温めてからじゃないと!
「あー…スイさん…?スイさんの家ってカードキーなんだねー…。」
「そうね。カードの種類気になったかしら?」
「いや!別に…。」
「クレジットカードの色くらいは見たでしょう?」
「バレデルッ!」
他の話題は…そうだ!
「このスマホ、大切にしてるって…!」
「ああ…。いえ、大したことではないのよ?自分で稼いだお金で購入したものだというのと、友人との唯一の接点だから…。」
「…それ、かなり大したことなんじゃ…?」
「そう?…そうかもしれないわね。」
何だこの空気は…!?
「…ソラ君に相談したの?」
「いや、相談してはなくて。ほら、ソラさんよく冷やかしに行ってるでしょ?私が学校で一日中悩んでるから『気晴らしにヅッキーも行こーぜ!』みたいになって。チャンスだ!って。」
「そういうことだったのね。脅されることも考えていたから安心したわ。」
「しないよそんなの!」
「冗談よ。…ソラ君は、私が仕事をしている時よく冷やかしに来るのよ。正直に言えば、肩の力が抜けるようで助かっているわ。彼女、よく人のことを見ているし、よく知っているから、だから誰とでも分け隔てなく友達になれるのでしょうね。尊敬するわ。」
一人でいるとこ見たことないもんなぁ…。ていうかやっぱりソラさんは尊敬するよね。いやほんと、“友達”に関しては右に出る者いないと思う。成績は…知らないな。勉強してるイメージはないけど…勉強を教えてるイメージも今のところない…。…そういえばカノンさんがカナミさんより成績良いって自分で言ってたけど、何で人の成績知ってたんだろ?意外と仲良いのか?…じゃなくて!今はそんなことよりスイさんに集中しろチヅキ!
「あの!何で明日学校で話すって嘘ついたの?そういうのは嫌ってると思ってた。」
「嘘は嫌い。」
…会話が終了してる!?つまりどういうことなんだ…!?
「あの…。えっと…。あの…。」
「チヅキ君。本題に入らない?」
「え、良いんですか…!?」
「良いわ。待ってくれたおかげで覚悟は出来たから。」
スイさんは一回深く呼吸して、真っ直ぐ私を見て言った。
「チヅキ君。私と別れて欲しいの。」
「…まだ付き合ってませんけどぉ!?」




