1話「この子は吸血鬼」
懺悔します。まぐれ合格ですっ…!マークシートを適当に塗りつぶしたら受かっちゃったんですっ…!
わたくし高校一年生の『和津池 チヅキ』は大怪我を負いました…。全身の至る所が包帯でぐるぐる巻き。入学式に出れなかったとです。…えっと、実際怪我はしたんですけど、まー大したことないっすよ。転んで擦りむいただけなんで。で!問題は“初日”に登校出来なかったことです。何を隠そう、私は中学まで交友関係が「枯れ井戸の底か!」ってくらい無だったので、高校では絶対に友達を作ってやると張り切ってたワケなんですが…。二日目に登校してみてあらびっくり。とっくにグループが立ち上がってしまっているのですよ。最早私の付け入るスキなど無いかと八割九分八厘くらい諦めてたその時!担任の先生が私のことを紹介してくれたんです!背景として三年間を消費するくらいならここで一か八かクラスの人気者になる!存在しないコミュニケーションパワーを余すところなく使い、私は自己紹介しました。
「くっ…!安心してくれっ…!このカラダに“ヤツ”を封じ込めているこの包帯はこの簡単にこの解けやしないぜこのくっ…!」
私は大怪我を負いました。
「あの時はびっくりしたよ~。」
バカ目バカ科バカ属オオバカヤロウの私にも優しく話しかけてくれるこの女神様みてぇな子は『朱鷺野 コトハ』さん。彼女が話しかけてくれていなかったら今頃私の学園生活は…考えたくないな…。
「やべーのが来たと思った。」
眉一つ動かさずにディスってくるこの子は『丹瀬 トイト』さん。いつも無表情で何考えてるか分からない…。あと、私のことをオモチャだと思ってる節がある…ような…?気のせいだと思いたいけど…。
「ウケ狙いだったんだよぉ…!まさかガチだと思われるなんて考えなかったの!そりゃ今思い返せば私だって“アレはヤバい”って分かってるけどさぁ。」
「この学校、真面目な子ばかりだから冗談が通じにくいんだよ…!私は面白かったよ…!」
「ありがとうコトハさん。でも良いんだ。フォローされると寧ろむなしくなるから…。へへっ…。」
「…!ヅキちゃん…!頼りないと思うけど私が付いてるからね!」
ふぉお…!優しさが染みるよぉ…!女神はここにご降臨なされていたのだぁ…!
「ヅキってバカだよね。」
「分かっとるわい!」
うぅ…。トイトさんの方が圧倒的にハイスペックだから言い返せない…。
「なになに?三人で何の話してるの?」
この方は『桜 ソラ』さん。人懐っこくて、私を含めて誰にでも分け隔てなく仲良くなれる天武の才をお持ちであらせられる。正直、羨ましいより尊敬が勝つ…。
「ヅキがバカって話。」
「してたけど!」
「どゆこと?ヅッキーってバカなの?」
「ソラさん!?否定出来ないからやめてぇ…!」
と、まぁこんな感じで友達は出来た。私が頑張った結果ではなく、単に良い人たちと巡り会えたってだけなんだけど…。それに、諸々の事情を伝えてない他のクラスメイトには中二病のヤバいヤツだと思われたままだし、早めに誤解を解いておきたい…が!怖がられてお話どころではないのだ…。
そう言えば私の他にもう一人、怖がられている方がいる。名前は『茜谷 カノン』さん。彼女を表するならばチョーダウナー。常に気だるげ~な感じで、話しかけても素っ気ない。その上、目つきも鋭くて私とは別方向で怖がられている。…私の怖がられ方は異端だろうけど…。
「あの…!茜谷さん…!」
そんなカノンさんに怯えながら話しかけているあの子は『赭 カナミ』さん。クラス委員長で、多分クラスで一番の怖がりだと思う。そう言える理由は単純。“私も怖がられてるから”…。すっごく良い子なのは私程度の関りでも余裕で分かる。もっと勇気を持ってくれたら良いんだけど、私が話しかけるとすぐ謝ってすぐ逃げちゃうからどうにも出来ない…。何もされてないのに謝られると、何と言いますか…自分が悪いことをしたかのように思えて…いや好きで怖がらせてるワケじゃないからね!?
「課題のプリント…明日の朝までなんだけど…大丈夫かな…?」
「何が?」
「ごめん…!その…日本史のプリントなんだけど…。茜谷さん以外みんなもう提出してて…。あと…茜谷さんだけで…。…分からないとことかあったら私、教えるよ…!」
「アタシの方が成績上だけど。」
「…!ごめんなさい…!馬鹿にしてるとかそういうことじゃなくて…!」
「プリントは明日の朝に提出するから。…もう帰って良い?」
「うん…!邪魔してごめんね…!気をつけてね…!」
この二人のやり取りは見てるだけなのに毎回緊張が走る…。他人の提出物なんて気にしなくても自分には関係ないし、提出できずに成績が下がれば受験戦争でラッキー。大多数の人はそれくらい気に留めてないことだと思うんだけど。そこを気にしちゃうカナミさん、やっぱ良い子だよなぁ。
「カノカノは不器用だからな~。しかし!幼馴染の私には、今のカノカノの言動の真の意が分かっているのだ!それでは解説しよう。先ずはカナミンに話しかけらた時の心の声から――。」
「やめなさいソラ君。本人の居ないところで憶測を語るものじゃないわ。」
ソラさんを止めるこの御令嬢『紅梅寺 スイ』さん。彼女は正に規格外…。容姿端麗、才色兼備、文武両道。この世に存在するものを全て集めて蒸留したかのような非の打ち所がない完璧美少女なのだ!わたくしめが独自に入手した情報によると、ガチ御嬢様で御両親の御会社の御宣伝のために、某大手ファッション雑誌でモデルをやってるとかいないとか、某小説原作の映画の主演をやってるとかいないとか、某壁画は実は彼女の爆誕を予言していたとかいないとか、彼女が人気すぎて一時期全国のカプセルトイがスイグッズオンリーになったとかいないとか、なんかそんな感じらしい!
では。クラスメイトの紹介も一通り終えたところで、次は私のいつもの学園生活をお送りしよう。
昼食はいつも学食を利用していて――なんかめっちゃ混んでるな…。事情を聞こうにもクラスメイトが…マジで誰もいないぞ…?コトハさんもトイトさんも、いつも学食なのに…。…他のクラスの人に話しかけたことないんだけど…やるしかない…!
「あの~、なんで今日こんな混んでるんですか?」
「ん?今日は日替わり定食がハンバーグなんですよ。」
「…ハンバーグ人気なんですか?」
「いやいや、紅梅寺様が美味しいとおっしゃっておらせられたメニューじゃないですか。」
知らねぇよ!でも喋れた~。なんだよ簡単じゃんか!…てことは最初の挨拶さえ間違わなければ何も気にする必要なかったのでは…!?気にしてもしょうがないんだけどさ…。…と、そんなことよりお昼御飯ですよ。スイさんの人気がこれほどとは…。学食がダメなら購買に行くか。
しかし購買に行った私は後悔したのだ。そこは荒れ狂う戦場だった。購買初心者が付け入るスキなど、そこにはなかった…。とてもじゃないけどアレは無理!アレに混ざるには三年いる!買える頃には卒業してる!…真面目なことを言うと、この学校は学食が人気で購買はそもそも小規模なのだ。お弁当の人も多いしね。
しっかしどうしたものか…。学食は紅梅寺でダメ。購買は後悔するほどダメ。YO!YO!漬けラッキョ!とりあえず今日のお昼は抜くしかないとして、明日からはもっと早めに動かないとな。それか事前にお弁当を買っておくか…?通学路にスーパーとかないし、買うとしたらコンビニだけど…。買うのは今日みたいな理由でお昼が入手出来なさそうな日に限るとして…お金足りるかな…。いくら持ってたっけ。お財布は…お財布…。こっちのポケットか…。…。…内ポケットにいれるなんて気取ったことをするんだから私は…!
「…無い…。」
嘘!どこで落とした!?えっと、とりあえずさっきまでの動向を遡って…。購買の前は学食で、この渡り廊下を通って…。ここら辺には…落ちてなさそうかな…?
「…ん?」
お財布はない。けど、校舎裏に向かって点々と、赤色の液体が落ちていた。
血だ。間違いない。まだ固まりきってないからすぐ近くに怪我人がいるはず。私は急いで血の跡を追った。そして校舎の陰になっている人気のないベンチに誰か倒れているのを見つけ、声をかける。
「大丈夫ですか――ってえ!?」
その人の顔を見て驚きのあまり変な声が出た。血を流して倒れていたのは、あの紅梅寺スイさんだったのだ。
「スイさん!?この怪我はどうして…の前に意識はありますか!?」
血は左腕の噛み跡から…まさか野犬に襲われて!?そんな…!どうしよう…!?狂犬病のリスクってどんな感じだったっけ…!?いやその前にまず止血と消毒を…いやその前にまず先生方を呼んで…いやむしろこれは119…よりも110…!?事件ですか!?事故ですか!?…これどっちですか!?
「どうすれば!?どうすれば!?何処へば連絡を!?いやだからその前に意識の確認を――。」
「――チヅキ君…?」
意識有――!
「スイさん!とりあえず先生呼びながら止血するね!?左腕の他に怪我はある!?」
「チヅキ君…“これ”を…。」
「“これ”!?“これ”が怪我ですか!?…て、“これ”私のお財布だ。」
「教室に忘れていたから…届けに来たのよ…。届けられて良かったわ…。」
忘れてた?…そっか、よく考えたら私今日お財布使ってないもんな。それで教室に忘れてたの気付いてなかったのか。落としたんじゃなかったんだ。良かった~。…良くないから!
いい加減落ち着け私!怪我人の前でおろおろしてたら不安を煽ることになるんだから。出血の勢いは強くない。噛み跡の位置や深さからしても傷付いてるのは静脈だけ…あれ?いくらなんでも出血の勢いが弱過ぎるような…。というか、止血しなくてももうほとんど止まってる…。このぐらいなら片手で抑えてれば十分か…。じゃあもう一方の手で先生を呼んで…。
「…待ってチヅキ君…。呼ばないで…。先生には…黙っていて欲しいの…。」
「え?そういうわけには…。噛まれてるんだし…。」
人間に近い歯型で…。流石にどの野生動物かまでは分からないけど、どれにしたって命の危険がある場合もあるわけだし…。
「…噛んだのは私…。」
「――はい…?」
「親に知られたくないのよ…。お願い…。少し休めば回復するくらいの体力は残ってるから…。」
「噛んだ…って…。いや、でも、顔色すごい悪いし…。」
「忘れてくれとは言わないから…今だけ私に近付かないで…。自業自得だからほっておいてよ…お願い…!」
良いの…?ほっとけって言ってるんだし…。それもあのスイさんがだよ…?私よりずっとすごくて、私よりずっと、ちゃんと今までいろんなことを経験してきてて。そのスイさんがほっとけば良いって言ってるんだよ?
…今までずっと何とも、誰とも向き合おうとしなかった私なんかの判断よりも信頼出来るはずなんだ。…ああ。なんで今まで無視して来たんだろ。私がちゃんと人と関って来てれば、こういう時ちゃんと、ちゃんと…。
…でも。
「スイさんの頼みでもほっとくなんて出来ない!」
「私、高校入るまで友達いなくて。作ろうとしなくて。家族のことすら全然関わって来なかった。助けたい人がいる時どうすれば良いかとか、そういう“本当に大事なこと”は知ろうとしなかったんだよ…。クラスメイトが困ってるのに何の役にも立たないものばっかり追いかけて…。だから分かんないの!スイさんは良いって言ってるし。血も止まってるし。スイさんの性格ならきっと清潔さは欠かさないだろうから、口内細菌がどうとかも大丈夫なのかもしれないし。私の助けなんて迷惑かも知れない。」
「でも!それでも、変わりたいんだよ…!昔の私には戻りたくない…!だから、助けさせてよ…。スイさんに何があるのか知らないけど、辛いことなら、今だけでもいいから、私に押し付けてよぉ…!」
あれ…?なんか…。なんでこんな…。こんな変なこと、言うつもりなかったのに…。こんな大泣きして…。大して話したこともないのに、怪我人相手に何言ってんだ私は…。ほんとに…ずっとバカなんだから…。
「…ふふっ…。チヅキ君の方が大怪我してるみたい…。」
「ぅえぇ…。ごめんなさいぃ…。」
「謝らなくて良いのよ。おかげで元気出たから。」
「ほんとですかぁ…!?」
「本当。…それで…その…。」
私はあふれる涙をぬぐって話を聞く。
「なんですか?」
「今だけ…その…。一回だけで良いの。今の一回だけ…お願いしても良いかしら…?」
「…?はい。なんでも言ってください!」
「本当…!?…じゃなくて。お詫びはするから…。その…正直なところ…もう耐えるのは限界で…。一回だけで良いから…その…。チヅキ君の…血を…。」
「血?勿論、私の血液型でよかったら」
輸血を――え…?
スイさんは私の首に巻いてある包帯に手をかけた。とても優しくて、とても綺麗な手。その手で、今日の時点ですでに念のためつけているだけだったそれを、無言のままほどいていった。
「――傷…。やっぱり、本当だったのね…。」
「う…。その、最初の挨拶は私なりの冗談で…。」
「分かってる。…痛くはないはずだから、楽にしていて。」
「…?分かりました。」
顔が近い。見たことない。こんな綺麗な人。
…それにしても近いな。…いや近すぎないですか…!?
「ちょっ…スイさん…!?」
絵の中に入ったみたいな表情の彼女に、私は耐えきれず目を瞑る。でも、想像していたところとは違う場所にその感覚は起こって。それは初めての感覚で。だから理解出来ないまま恐る恐る目を開けると――
私の首筋に彼女は噛み付いていた。
頭がぼーっとする。何も考えられない。何も考えたくない。私の中から私が奪られてく。ふわふわ、心地良くて、真っ白になる。頭が。なんか。やばい。ねむい。しこうがきれる。
「――起きた?」
目を覚ました私は保健室のベッドにいた。横には妹のミヅキが座っている。さっきのは現実の世界なのか、それとも夢の世界なのか…“ミヅキ”?
「ミヅキ!?なんでいるんですか!?」
「倒れたチヅキを迎えに来た。」
私やっぱ気絶したのか…。スイさんに噛まれ…包帯は!?…ある…。やっぱ夢なのか…?…どこから?お腹は空いてるんだよなぁ…って外暗っ!夕方!?今何時!?いつから寝てた!?…結構寝たはずなのに体だるいな…?
「…紅梅寺って人が昼休みに倒れたチヅキを運んだらしいよ。そこから今までずっと寝てた。それとこれ。お詫びだって。」
そう言ってミヅキが指さした机の上には高そうなフルーツセットが。
「『後日改めてお詫びさせてほしい。』って、そのフルーツ盛り置いてった紅梅寺って人がチヅキに伝言残してるけど、何されたの?」
「“何”…されたんだろ…?」
「分からないならいい。歩ける?帰るよ。」
「ああ、うん。歩ける。大丈夫。…お父さんとお母さんは?」
「仕事。」
「…ミヅキは?」
「学校の話なら午後は休んだ。」
そうか…。…そうか?
「ちょっと待って。私のために休んだの?」
「…チヅキがどう思ってるかは知らないけど、家族が倒れたら心配するのは当たり前。」
「…そっか…。」
やっぱりミヅキは私と違う。こういう時にどうすれば良いかちゃんと分かってる。…いや、“どうしたいか”なのか…。まだ中1なのに高1の私より色んなことを知ってて…。私なんか情緒不安定ですぐ泣くし、姉らしいことなんにもしてあげてなかったし…。…とにかく。ミヅキはこういう時、一度家に帰ることもなく制服のまま荷物もそのまま、駆け付けてくれる人間なのだ。私も見習わないと。
ミヅキと一緒に家に帰った私は真っ先に首の包帯を解いて噛み跡があるか確認した。
「ある…。」
マジか。あるのか。…でも傷はふさがりかけてる…。当然血は止まってるし、包帯は綺麗なまま。しかしこの体のだるさは間違いなく体力を失ったから。つまり間違いなく私はスイさんに噛まれて…血を吸われた…?
あの心地良い感覚の正体は分からない。でも私に起こった出来事は彼女の、スイさんの秘密を確かに示していた。
「――スイさんは…“吸血鬼”…?」




