第三十三章 照子のカラオケ
ある日、亮太が仕事していると、同じ部署の平井真一が総務部の堅物社員、石川照子と揉めていた。
照子は、「椅子や机も乱暴に使っていて傷んでいるし、ボールペンなどの事務用品もよく紛失しているわよね。もっと会社の備品を大切に使って下さい。」と苦情を訴えていた。
真一は、「本当に硬いな。どこかに落としたんだと思うよ。他の部署にも同じような苦情を訴えていて、お前煙たがられているぞ。俺達の仕事は時間との勝負だ。そんな事は気にしていられない。捜すより購入したほうがはやい。」と照子とまともにぶつかっていた。
照子は、「あなた、まさか名刺もいい加減に扱ってない?平井さんの名刺を三枚所持している人がいれば、その人は平井さんで通る事があるのよ。飲み屋で、あなたの名前を使って、つけで飲む事が可能なのよ。変な所から請求書きても知らないわよ。」と名刺の扱いには注意するように忠告した。
真一は、「飲み屋で渡しておけば、意外な事から商売につながる事もある。営業の苦労も知らないくせに生意気言うな!」と切れた。
照子は、「平井さん、あなた、まさか飲み屋でばらまいているの?平井さんの言う事は否定しないけれども、悪用されたらどうするのよ。その可能性がある時は、名刺の角を折って渡すのよ。」と真一は軽薄だと忠告した。
真一は、「五月蠅いな。そんな事を言うのだったら、営業は無理でも接待くらい手伝ってくれよ。」と不満そうでした。
照子は、「それはあなたの仕事でしょう?」と平行線でした。
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亮太が、「まあまあ、二人とも落ち着いて。」と間に入り、その場を修めた。
照子が、「お願いしますよ。男子社員から聞きましたが、あなたのロッカーの鏡、壊れているそうじゃないの。あまり酷いと、弁償も視野に入れて上司に相談します。」と警告してその場を去った。
亮太は、「平井さん、石川さんに接待を依頼していましたが、接待の苦手なお客様でもいるの?」と確認した。
真一は、「ああ、いるよ。カラオケの好きなお客様で、俺にも歌えと五月蠅いんだ。俺は音痴だから歌は苦手だ。今週末に接待しろと結城課長から指示されていて気が重いよ。」と接待に乗り気ではなさそうでした。
亮太は、「わかったわ。平井さんの提案通り、石川さんに接待させるわ。」と真一を助けようとした。
真一は、「その提案は冗談だよ。今の様子から接待なんか絶対無理だよ。」と亮太が何を考えているのか理解に苦しんだ。
昌子も、「陽子さん、あの堅物社員が接待するとは考えられないわ。」と亮太の考えが理解できない様子でした。
亮太は、「私に任せて。」と照子がバイトしているスナックに連れて行こうとしていた。
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週末、亮太は真一が接待の苦手な金馬電気の島田部長を、照子がバイトしているスナックに連れて行った。
照子は亮太が入ってきたので慌てている様子でした。
亮太は、「あれっ?ひょっとして、総務部の石川さん?」と偶然知ったかのような芝居をした。
照子は小さな声で亮太にだけ、「お願い、この事は黙っていて。」と頼んでいた。
亮太は、「照子、カラオケできるか?彼は島田さんといってカラオケが大好きなんだ。デュエットでもして相手してくれよ。」と依頼した。
照子は、「私、カラオケは得意よ。」と会社でのうっ憤を、いつもカラオケで晴らしている様子でした。
亮太は照子が歌っている様子を見て、あの堅物社員がお色気たっぷりで、会社にいる時とは別人だなと驚いていた。
結局、島田部長と照子は、カラオケのあとも楽しそうに雑談していたので、島田部長の接待は照子に任せた。
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翌週照子は職場で亮太に、「週末に島田さんとカラオケしたので週末の事は黙っていてね。」と頼んでいた。
亮太は、「私からは特に言わないが、島田さんにも口止めした方がいいのではないですか?」と笑っていた。
照子は驚いて、「えっ?島田さんはわが社の関係者なの?」と驚いていた。
そこへ金馬電気の島田部長が真一との打ち合わせが終了して会議室から出てきた。
島田部長は照子に気付いて、「静子さんではないですか。先日はどうもお世話になりました。また、お願いしますね。」と喜んで帰った。
照子は慌てて総務に戻り、真一は驚いて、「えっ?石川さんが島田部長の接待をしたのですか?でも静子さんてどういう事ですか?」と不思議そうでした。
亮太は、「だから、島田部長の接待は石川さんにさせると言っただろうが。石川さんのカラオケはプロ級で、その時に使っている名前が静子です。」と笑っていた。
昌子も真一も、あの照子が接待するとは信じられないと驚いている様子でした。
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数ヵ月後の週末、真一は突然島田部長の接待を指示された。
照子は既に退社していたので、困った真一は亮太に相談した。
亮太は、「島田部長、今から飲みに行きませんか?」と島田部長と出かけた。
亮太は島田部長を、照子がバイトしているスナックに連れて行き、照子に任せた。
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結城課長が顧客からの帰りに、亮太と島田部長がスナックに入っていく様子を偶然目撃した。
結城課長は帰社後、真一に、「島田部長の接待は君に任せたはずだ。それが何故、秋山君が接待しているのだ?」とスナックの場所を教えて、真一も同席するように指示した。
真一はスナックで亮太に声を掛けた。
「結城課長が、二人がこのスナックに入っていく様子を、偶然見たらしい。営業担当として、私も同席しろと指示された。島田部長はどこだ?」と派手な女性とうたっているのが、まさか島田部長だとも思わずに確認した。
亮太は、「島田部長なら今歌っているよ。」と教えた。
真一は島田部長に気付いて、「ちょっと、何故あんな派手な女とデュエットさせているのだ?あ~あ、島田部長に抱きついてキスまでして、あばずれ女じゃないか!・・・ん?おい、あの女、総務部の石川照子じゃないか。」と自分の目を疑っていた。
亮太は、「ああ、そうだよ。石川さんに接待させると言っただろう?あばずれ女だなんて言ったら、後が怖いぞ。」と教えた。
歌い終わった島田部長と照子が戻ってきた。
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照子は真一を見て、「えっ?平井さん?」と驚いていた。
真一は、「島田部長と秋山さんが、このスナックに入る様子を結城課長が偶然見て、営業担当の僕も同席しろと指示されてきた。君、本当に石川照子さんか?」と信じられずに確認した。
照子は、「ええ、そうよ。ここでは静子だけれどもね。島田さんの接待をしたから、約束通り、会社の備品は大切に扱ってもらうわよ。今度壊したり紛失したりすれば弁償してもらうわよ。」と睨んでいた。
島田部長が、「何、二人でしんみりと話をしているんや!おい、平井!今度はお前の番だ、お前が歌え!」と命令した。
真一は、「いや、私、歌はちょっと・・」と逃げ腰でした。
島田部長は、「俺のいう事が聞けないのか!もうお前の会社とは取引しない。」と怒っていた。
照子が、「折角私とうたって喜んでいたのに何しているのよ。それでも営業マンなの?」と怒っていた。
亮太は、「真一、石川さんを怒らせると怖いぞ。今後、備品の補充はしてもらえないぞ。」と小声で耳打ちした。
照子は、「聞こえているわよ。壊したら弁償だと言ったでしょう。それは、備品の補充はしないという事よ。」と睨んだ。
島田部長は、「ローカルな話をするな!歌はどうした?」と怒っていた。
亮太は、「石川さん、島田部長が怒っているじゃないか。平井のサポートしてやれよ。」と暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしていた。
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真一と照子が歌っていると、亮太に着信があった。
亮太はスマホを持って、スナックの外に出て、その後しばらくすればスナックに戻ってきた。
歌い終わった真一が、「秋山さん、何かあったのですか?」とここで亮太に抜けられると困る真一は、電話の事を気にしていた。
亮太は、「平井さん、営業マンでしょう?人の電話の事より島田部長の相手をしなさいよ。」と、島田部長が不愉快そうにしていたので真一に忠告した。
島田部長は、「そうだ。君、わかっているじゃないか。君は女ながら、営業だそうじゃないか。俺の営業担当を、こんなやつより君にお願いしたい。来週、結城課長に進言するよ。」と島田部長は亮太の事が気に入った様子でした。
次回投稿予定日は、7月11日を予定しています。