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一樹の陰  作者: みなきら
一樹の陰一河の流れも他生の縁
7/25

心星の玉座

 あれから幾年経ったことだろう。


 大鎌を持った雅が降り立った磐座には、二人の男が各々の武器を構えて控えていた。


 一人は赤髪の髪を無造作に一つまとめた部将姿の厳しい顔の男で、「一騎当千」で名高い関羽将軍のようで、雅が降り立つ少し前には青龍偃月刀の切っ先をこちらに向けていた。


 それに対して、もう一人は茶色の髪を短く刈り込み、柿渋色の地味な姿ながら低い体勢をとっていて、こちらもまた雅が間合いに入ったなら、容赦なく攻撃しようとしているのが見て取れる。


覇吐(はばき)弥斗(やと)、久しいですね。」


 雅がそう声を掛けると、覇吐は顔を強ばらせ、弥斗と呼ばれた男は顔色こそ変えなかったが僅かに踏み込みを深くした。


「お主、主様の名を騙るか――?」


 威嚇するような声色に雅は「用心深いのはいい事ですが相手を見て威嚇なさい」と話す。一方、弥斗と呼ばれた男は雅の右眼が金眼に揺らぐのを見ると、そのまま膝を折り、深々と頭を垂れる。


「主様、お帰りなさいませ。」

「野狐、そう思うてくれるなら、その手にしている暗器をしまって頂けますか?」


 雅が苦笑し「お前達の秘された名を知っている者はそう多くはないでしょう?」と諭すように言う。「承知しました」と野狐は手に隠し持っていた棒手裏剣を表に出した。


「野狐、お主、この者が主様と認めるのか?」


 青龍偃月刀の切っ先を向けたままの男に雅はこてりと首を傾げてみせると「では、久々に手合わせしてみますか?」と笑い、大鎌を比々羅木之八尋矛に変える。


 威力はかなり薄れているが、黒い靄のような妖力と紫の稲妻に赤髪の男もサッと顔色を変えた。


「主・・・・・・様・・・・・・、誠にお戻りになられたのですか・・・・・・?」


 カランと武器を取り落とし、赤毛の大きな狐の姿に変じたと思ったら深く伏せをする。


《主様に刃を向けるなど、あってはならぬこと。どうぞお手打ちになさってくださいませ。》


 その様子に雅は目じりを下げると「そう畏まらなくていいですよ、赤狐。ただいま戻りました」と答えた。


「それにかつての()とは違い、今の私はしがない死神に過ぎません。」

《死神――?》

「ええ、今、神威の殆どは知っての通り八岐大蛇の腹の中ですし、僅かに残っていた分も先程手放してしまい、ほんの僅かです。この地に残しておいた虚像も保てなくなってしまいましたでしょう?」


 その言葉に赤狐と野狐が顔を見合せ「では、我らの見ていた主様は虚像ですか?」と惚ける。一方、雅は「よく出来ていたでしょう?」と微笑んだ。


 そして、舞台の真ん中にある重厚なデザインの玉座のところまで行くと、その座面に据えられたシャボン玉のように虹色の油膜を張ったような水晶球を手に取った。


《それは主様の妖力を抑えていらっしゃる水晶では・・・・・・?》

「ええ、ですが、神威もない状態ですし、元に戻ろうと思いましてね。」

《な――ッ?!》


 雅が「解」と告げ、シャボン玉が割れるようにして、水晶は形を崩し、中の光が自然と雅の身体の中に吸い込まれていった。


 薄く金色の膜を張っていたような右眼は一層金色に染まり、それと共に左眼も銀色へと染まっていく。また、白目の部分は真紅に染まり、唐草模様の痣が身体中に一気に広がっていく。


《主様ッ!》

「何、大事ありませんよ。」


 そうは答えたものの溢れ出た力は黒い靄と化しその身を包み、雅は唸り声を上げる。


 二本の角と鋭い牙、尖った爪。


 荒御魂と化した時と同じように、黒い靄と紫の稲妻を纏い、沸き起こる激しい怒りと苦しみ、そして、破壊衝動を、冷や汗を掻きながらねじ伏せる。


 そして、重厚な玉座に倒れ込むようにして、その身を沈めると、伏せている赤狐と野狐の方へと向き直った。


「赤狐、野狐。」


 雅は玉座に座すと、比々羅木之八尋矛を支えにするようにして磐座をトンと突く。途端に魔力溢れる風が辺りに吹き渡った。


「ご覧の通り、今の私に残るのは、《神》の名には程遠い《魔縁の力》のみ。それでも、私に付き従い、盛り立てて下さいますか?」


 その問いに二頭とも迷うことなく「御意」と答える。


「よろしい。」


 そして、「では、本題に入りましょう」と言うと、ブォンと鈍い音がして、心星の玉座を中心に地上に描かれた星の文様が輝き出す。


「赤狐には実働部隊の全権を、野狐には諜報部隊の全権を任せます。」


 それには二頭とも驚き、顔を上げる。


「赤狐は空狐、白狐の九曜を、野狐は風狐、艶狐の九曜も率いる事を許します。」


 そして、「また、天狐、地狐およびその配下には近衛を命じます。天狐が九曜は幸魂の珠姫の身の安全を第一とし、地狐が九曜は奇魂の少彦名命の指示に従い動く様に」と告げた。


 異変に気が付いたのか、平原には魔縁の者が集まり出し、一際輝く心星の玉座の方に目を向ける。


 やがて、地上の星の文様が見えないまでに異形の者達が埋め尽くすと、雅は立ち上がり、「魔縁の者、全てに告ぐ」と宣旨を出した。


 今こそ約束の《大峠》の時

 現世と幽玄が混じり合い

 天地(あめつち)の境なく

 龍吟の琴にて審神者(さにわ)せん

 我 ここに憐れみ 我 ここに恵まん

 幸魂 奇魂 守り給え (さきわ)い給え


 歌うように朗々と告げれば、地鳴りのような歓声が上がる。雅はその歓声を糧にして魔法陣を幾つか編み「幸魂を玉置(たまおき)せよ」と唱えれば、薄紫の光は光の玉となり、ふわりと空へと飛んでいく。


 雅はそれを見届けると膝から力が抜け、倒れ込むようにして玉座に座った。


「ふう、これで加代子さんは、一旦大丈夫ですかね・・・・・・。」


 動こうにも妖力が馴染み切らぬ内に複雑な魔法を使ったから、身体は酷く重く、眠気が襲ってくる。


《主様ッ?! 如何なさいましたッ?!》


 赤狐の大声は、頭に響いて五月蝿い。


 雅は煩わしさを感じながら、そっと目を閉じた。


 ◇


 ごおおお、と地響きがして、ドンッと短い縦揺れが暫く続いたかと思ったら、続いてゆらゆらと激しい揺れに揺さぶられる。


「な、地震ッ?!」


 幽世で地震にあったことなど、終ぞ味わった事のなかった少彦名命は、驚いて思わず黒狐にしがみついた。


《ああ、主様が魔法を行使なさっただけですよ。》

「魔法?」

《はい。それと、貴方様には私の他、九曜とその眷属が付きます。その数、ざっとですが一万弱と言ったところでしょうか。》


 少彦名命は「何が一万弱付くって?」と訊ねるのを躊躇い、「あいつ、何をおっぱじめたんだ?」と黒狐に訊ねた。


《先程、我らの悲願、《大峠》の時だとお告げになられました。そして、珠姫様と貴方様を御守りするようにと天狐と私めに命令が下ったところです。》


 狐の耳には高い周波数でも声が届くのか、黒狐が「やはり主様のお声はいいですね」と呑気に話すから、少彦名命は頭を抱えた。


「あ、あんの野郎、なんで大峠を引き起こしてるんだ・・・・・・ッ。」

《まあ、まあ。全権を担うとはいえ、赤狐、野狐は左軍、右軍を纏めるだけでかなりの時間を要しましょう。それまで我らは待機と言ったところでしょうか。》


 前衛、後衛合わせて十万以上。しかも、それらがどれも名だたる悪鬼だと知ると、少彦名命は百鬼夜行のような世界を思い浮かべて、頬を引き攣らせた。


《さて、我らは貴方様の指示に従うようにとの命令にございます。いかが致しましょうか?》


 少彦名命は嬉しそうな黒狐の様子を見ると、「配下の者の力量はそっちの方が知っていよう」と告げ、「まずは味方内の動向を調べさせよ」と告げた。


「それから、地狐。お前とあと幾人か、あまり大仰でなくて良いから、俺と一緒に天狐の所へ行ってくれないか?」

《ええ、構いませんよ。》


 嬉々とした様子の黒狐は「牛鬼や八束脛大蜘蛛あたりがよろしいでしょうか?」と言う。


 そして、年齢の頃は少彦名命とそう変わらぬ人身に変身すると、ただ一言「来い」と告げた。


 再び地面が揺れて、巨大タランチュラと、巨大女郎蜘蛛の二頭の大蜘蛛が姿を現す。少彦名命は「ひっ」と短い悲鳴を上げると、後退りした。


「少彦名命が天狐の元に参られる。お供せよ。」


 そして、「御意」と答えて、そのままの姿で向かおうとする三匹に「ちょっと待てッ!」とツッコミを入れる。


「た、頼むから人の身に窶してくれないか?」

「人の身にございますか? ですが、それでは護衛としては些か初動に欠けますよ?」

「いや、そのままの姿で行ったら、須勢理はぶっ倒れるだろうよ・・・・・・。」

「須勢理、とは?」

「大己貴命、あー、つまりお前の主の恋女房だ。」

「ああ、御方様にございますか。」

「ああ、そうだ。」


 少彦名命が「その御方様を卒倒させたら、大己貴命が怒るぞ?」と言えば、地狐は真顔になって「では、そのように致しましょう」と言う。


 すると、牛鬼はがっしりとした体躯の男の姿に、八束脛大蜘蛛は妙齢の麗しい女の姿に変わった。


「これでよろしいでしょうか?」

「ああ、その姿ならば、ひとまず卒倒はされまいよ。」


 そして、向こうには紫蘭と紫苑という八咫烏が居ること、勝手に喧嘩を吹っかけないようにと釘を刺す。


「こちらから勝手に喧嘩を吹っかけるなど致しませんよ?」

「そうあって欲しいが、お前達の主は喧嘩っ早いだろう? それに、その上、徹底的に敵を叩きのめす性格だ。」


 紫蘭はどうか分からないが、天狐は徹底的に敵を叩きのめす辺りが、紫苑は喧嘩っ早いところが主人譲りが過ぎる嫌いがある。


「大己貴命が命令とは言え、俺の指示に従ってくれると言うなら仲良くしてもらいたい。」


 その言葉に地狐を始め、三人は「御心のままに」と答える。


 それにしても――。


(これ、絶対に怒られるよな・・・・・・。)


 微笑んで「どういう事かしら?」と詰問してくる罔象女神が脳裏に浮かぶ。


 会えなければ寂しいが、今はひとまず会いたくない。


 それに、このまま、見過ごす事もできない。


 大己貴命はその時は罔象女神を逃がす猶予について考えておいてくれると言ったが、本当に約束通りになるのか心底不安になった。

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