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一樹の陰  作者: みなきら
一樹の陰一河の流れも他生の縁
24/25

受難

 少彦名命が、中心部に向かう事を決めて歩み始めたころ――。


 柊吾はふと我に返って、周りの様子が一変している事と、神皇産霊神が隣でぐったりとしている様子に驚いた。


「神皇産霊神、大丈夫ですか?」

「大・・・・・・丈夫・・・・・・に見え・・・・・・るか?」


 助けを求めようと周りを見回しても、青い顔をした神皇産霊神以外の面々はいない。しかも、場所も「なごみや」ではなく、どこかの路地裏だ。


「あの、ここは?」

「葦原・・・・・・中国・・・・・・だ。」

「他の方々は?」

「分からん・・・・・・、が、あいつらは、あいつらで何とか・・・・・・するだろう。」


 神皇産霊神はそこまで言うと「力を使い過ぎた、もう眠い」と絶え絶えに言い、すうっと寝入ってしまう。


「あ、ちょっ・・・・・・。」


 場所は表参道だと分かったが、こんな裏路地で昏倒している神皇産霊神と残されるとか、とてつもなく困る。


 腕時計を見れば、時間は午前二時半。しかも、キャットウォーク沿いの裏路地なこともあって、人通りはほぼない。


(このままにはしておけないが、終電は終わってるし、タクシーで移動するにも自宅までは万札がいくつも飛ぶだろうし・・・・・・。)


 胸元のポケットからスマホを取り出すと、「表参道 ホテル」と打ち込み検索する。そして、マップ表示された一覧を見て、頭を抱えた。


(・・・・・・だよな。今の時間、カプセルホテルか、こういうところだよな。)


 比較的手頃な値段のホテルだと、渋谷の歓楽街の一帯にあるものの、店を比べるまでもなく、そ(・)う(・)い(・)う(・)ホテルだと分かる。


(いや、この状態だし、背に腹はかえられない。なるようになれだッ!)


 そう決心すると、少し派手目な装いの神皇産霊神の腰に自分の上着を着せかけて、よいしょと背負うと表通りを目指す。


(まずは表通りに出てタクシーを捕まえて、どこか空いてるホテルに移動しよう・・・・・・。)


 次の対策はそれからだ。


 柊吾は「これは決して疚しい事じゃない。むしろ、これは人助け、いや、神助け?」と思いながら進む。


 しかし、冬の頃、十時頃までライトアップされる欅並木は、今の季節は街灯の灯りに照らされているだけで、いつもは賑わうショッピング街も閑散としていた。


(うわ・・・・・・、これ、詰んだかも。)

《む? 何が詰んだんじゃ?》

(いや、ラブホに連れてくにもタクシーがって・・・・・・。)


 急に声を掛けられて驚いて辺りを見回す。


《熾久? どうしたのじゃ?》

「ほ、火産霊神?」

《ああ。何をそんなに心乱しておる?》

「事情はよく分からないんですけど、神皇産霊神が力の使いすぎで倒れてしまって。」

《なんと?!》

「俺一人なら何とでもするんですけど。これ、どうしたらいいんです?」

《ひ、ひとまず秋葉神社が近くにある。案内(あない)するゆえ、そこより神域に参れ。》


 神皇産霊神を背負ったまま、少し慌てたような火産霊神の案内に従って、国道246号を渡り、路地裏に入って秋葉神社を目指す。


《煌、こ、こういう時はどうしたらいいんじゃ? あ、ああそうか、大山祇神じゃな。うむ、頼む。》


 柊吾は自分より焦っている火産霊神の声を聞いていたら、不思議と「ああ、神様でも慌てる事態なんだな」と安心して、秋葉神社に着く頃にはすっかり平静を取り戻していた。


「熾久ッ!」


 真新しい境内に、火産霊神がちょこんと立っていて、柊吾を見付けると小走りに出迎えてくれる。


「随分と新しい神社なんだな。」

「そうなのじゃ、先ごろ綺麗にしてもらったばかりでの。ピカピカで気に入っておる。」


 それから「中で大山祇神が待っておる、ささ、上がれ」と言うと神域への入口を開けてくれた。


 中には大山祇神と屋敷神達が待っていて、いつかと同じように神皇産霊神を奥の間に運び終えると、これまた、同じように大山祇神の私室に通される。


 柊吾は大山祇神に今までの事を洗いざらい話した。


「大己貴命と須勢理毘売命は幽世で行方しれず、少彦名命は久那土の地とやらを探索中だった、と。」

「はい。その話を神皇産霊神の他、大海神、塩土老翁神、八嶋士奴美神、それから、斎さんと拝聴しながら、途中、私は神皇産霊神から少彦名命を繋ぐ媒介になれと手を握られて・・・・・・。」


 そこから、「島崎 柊吾」としての記憶がぷっつりと無い。


 あるのは、少彦名命の揺れる感情と、美しい湖や星空、それから、鬱蒼とした木の根など、少彦名命が目の当たりにした感覚が残っていた。


「少彦名命は久那土の地の扉を開き、更に奥、心の太柱の《核》に向かっていらっしゃいます。」

「さあらば、我らのすべき事は《大峠》への準備なのであろうな。」

「はい。少彦名命は龍穴を開いて欲しいと神皇産霊神に話しておりました。」


 大己貴命と少彦名命が受け持ちするはずだった都内の龍穴について話せば、大山祇神は「江戸の地の龍穴は大山咋神が知っておる。こちらに任せよ」と笑みを浮かべた。


「他には何か収穫はないのか?」

「あとは・・・・・・、神皇産霊神が何かの《代替わり》が起こるとおっしゃっていました。」


 それを聞くと、大山祇神は「代替わり?」と怪訝そうにする。


「はい、上手く聞き取れなかったのですが、大峠と共に、あめの何とかの神の代替わりがあるだろう、と。」


 大山祇神は柊吾の話に「天之御中主神の代替わり」と思いついたものの、「誰に変わるというのだ」と思い直した。


「それ以外には無いか?」

「はい、ございません。我に返ったら、神皇産霊神と葦原中国にいた次第です。」

「まだ疑問点は残るが、あとは神皇産霊神が目覚められてからだな。幽世と念話を維持しながら、言祝ぎを行い、かつ、そなたを連れて葦原中国に逃げたとなれば、神皇産霊神とはいえお疲れになるのも道理。」


 神皇産霊神と少彦名命だからこそ、長時間念話で話せていたのだろうが、現世と幽世で念話するなど水中で息継ぎせずにどれくらい息を止めていられるか試すのに等しく、普通は三十秒も持たないと言われると神皇産霊神と少彦名命の異質さを知る。


「神皇産霊神は元より別天津神。その御子(みこ)であらせられる少彦名命は、便宜上、天津神とされているが、国常立尊と同様、別天津神並の力をお持ちなのであろう。」


 そして、目をすっと細めて、占星盤を動かしながら「全ては熾久、そなたの動き次第」と話す。


「私の?」

「ああ、そうだ。」


 大山咋神が解き方を知っているとはいえ、龍穴を実際に開けるとなると、それ相応の神威が必要になる。


「その点、そなたは人の身ながら、有り余るほどの加護と影響を受けている。」


 特に影響を受けている国常立尊と大己貴命からは「地(とこ)、風(し)、重(へ)」の力を、火産霊神と少彦名命から「火(ほ)、酒(くし)」の力を。


「永久(とこしえ)に、解(ほぐ)しですか?」

「左様。その力はいずれも神皇産霊神を扶く力だ。産霊(むすび)した魂を永久(とこしへ)に維持し、また、解霊(ほどき)する力だからな。その身に宿っている四柱の神威は使いこなす事で、天照大神とも対峙できよう。そなたには大いに働いてもらうぞ?」


 そう言うと立ち上がりながら「それゆえ、肉の欲に誘われて、いかがわしいところに無抵抗な者を連れ込もうなどという邪心(よこしまごころ)を抱くのは控えた方がよかろう。罔象女神や屋敷神の二人にバレたら神域に入れて貰えなくなるぞ?」と釘を刺される。


「それ、誤解ですッ! あれはどうしたらいいのかパニクっただけでッ!」


 柊吾はあらぬ誤解を受けているのを感じて弁明したが、大山祇神は「何、バレぬようにやるなら、他言するつもりはない」としたり顔でふふんと笑う。


「ですから、そんなつもりは無いですって!」

「分かった、分かった。そういうことにしておこう。」


 柊吾は何を言っても話が平行線になりそうなのを察して、盛大に困った顔をする。そこへしっかりものの炬(かがり)と、影に隠れるようにしておっとりとした性格の煌(きら)が現れた。


「御神使様、神皇産霊神をラブホとやらへお連れするつもりだったというのは本当ですか?」


 炬の目は据わり、「金輪際、煌には近づくな」と言わんばかりのオーラが出ている。


「いや、違うんだって! 路地裏で眠り出しちゃったから移動しようと思っただけで! そんな気持ちは一欠片も無いから! 本当に!!」

「必死で否定なさっていますが、動機はともあれ、連れていこうとしたのは事実なのですね。」


 炬はそう一刀両断にすると「以後、何か用があれば炬めが承ります」と冷ややかに返す。


「炬ぃ、誤解だってばあ!」


 しかし、炬は柊吾を蔑むように見ると、煌を守るようにして距離をとる。やっと神威を使いこなすようになって、炬と普通に話せるようになったのに全てが台無しである。


 それが八つ当たりだとは分かりつつも、全ての発端の自分の妹に毒吐くより他に気持ちの持っていきようがなくて、腹一杯に息を吸う。


「あー、もー! 全部、加代子のせいだぁッ!」


 ◇


 時空を飛び越えて、加代子は、くしゃんっと一つくしゃみをした。


 雅が出ていった後、入れ替わるようにしてどこからか戻った天狐が現れ、お湯を用意してくれた。初めこそ「自分で出来る」と強がったものの、芋虫のようにしか身体が動かず、しばらくして、替えのお湯と着替えを持った女官が現れてあれこれと世話を焼いてくれていた。


「お召し物はこちらで片付けます。少し端に移れますか?」

「あ、はい・・・・・・。」


 それなら邪魔にならぬように、と、加代子が御帳台から出ようとすると、今度は外から天狐が「そこから出てはなりません」と一喝してくる。


「な、何?」

「そこは主様の呪がかかっております。式を差し向けることも主様が許可を出してくださったゆえ出来ていること。」

「ええ、出ちゃだめなの? それって軟禁じゃあ・・・・・・。」

「また、禍津日神に攫われたいのですか?」

「いえ、ご遠慮蒙りたいです。」

「でしたら、主様がお戻りになるまではお待ちくださいませ。」


 確か二日ほど邸をあけると言ってなかったっけと、加代子が途方に暮れる。そして、そうこうしている内に女官は汚れ物一式と使っていた盥を外に押しやると、一礼をして膝行り去っていく。


 加代子が真ん中に置かれた茵に不服げに腰を下ろしたのと、几帳の向こう側から操作してか、天狐が御帳台の一面と御簾を上げ、庭を見せてくれたのは同時だった。


「うわー、水族館にいるみたい。」


 大パノラマの水槽の前にいるようで、庭には様々な魚影が見える。


「水族館、にございますか?」

「うん、将来(さき)の世にはこういう風に魚を保護しつつ、見せてくれるところがあるのよ。」


 嬉しそうに庭を楽しむ加代子を見て、天狐は「水生生物の保護」などと名目をつけながら、自分の主がこの瞬間を考えて庭を急ぎ整えさせたのだなと知る。


(主様も、存外と可愛らしい事をなさる。)


 天狐はくくっと喉を鳴らした。


「それはそうと、御方様。もう少し休まれますか? それとも何かお召し上がりになりますか?」

「え、うーん、何か軽いものが食べたい、かな。」

「軽いもの、ですか? 」

「うん、シリアルがあれば一番楽なんだけど・・・・・・。」

「しりある、ですか?」

「あー、そうだよね。玄米とか、大麦とか、大豆とか、かぼちゃの種とか。雑穀や木の実を煎ったのを、牛乳や豆乳に浸して食べるの。」

「それは《焼き米》のことでしょうか?」

「え、あるの?」

「はい。御方様のご要望通りかは定かではございませんが、似たようなものはございます。」


 そういうと天狐は先程と同じように式で女官を生み出して食事の用意を命じる。そして、その式が膝行り去っていくと、天狐は「さて、何をお答えしましょう?」と話す。


「私に分かる事でしたら、今までの事についてお答えしましょう。」

「雅に怒られるんじゃない?」

「その際は《言わなければ、御方様が脱走なさると仰せでした》とでも弁明しますよ。」

「うわ、それ、私が怒られるじゃん。口止めされてる事は聞くかどうするか、こっちで判断したいから、前もって言ってね?」

「承知しました。」


 天狐が今もまた味方に付いてくれるのは心強い。加代子は雅の地雷を踏まないように気を付けて、これまでの事とこれからの事を天狐に訊ね始めた。

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