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2019/12/19『菓子』『旅』『ロボット』

 ——くあり。

 机の上に置かれたクッキーをつまむ少女が、ひとつ欠伸をする。

「ほらほら、そんな場所で寝てはいけませんよ」

「寝るつもりないもん」

 優しく声をかける青年に、少女はむすっとした。

「もう深夜12時です。もう寝る時間ですよ」

(そら)は寝ないじゃない」

「僕は寝る必要がありませんからね」

「宙も同じ人間のくせに。大人なら夜更かししていいの?」

 青年——宙はにっこりと微笑み、優しく語りかける。

「さあ、ベッドまで抱っこしてあげますから」

「……仕方ないわね」

 少女は口ではそう言いながらも嬉しそうに、宙に抱えられた。

「ねえ、宙。いつも思うのだけど、なんでそんなに体が冷たいの?」

「さあ。冷え性なのかもしれませんね」

 宙は寝室に着くと、少女をふかふかの布団の上に寝かせて、その耳元で囁く。

「明日の朝は、とびきり美味しいパンを焼き上げましょう。もちろん、お菓子もまた作ります」

 その言葉に、少女は微笑む。

「宙のこと、大好きよ。大っ嫌いなママやパパから引き離してくれたんだもの。私、いつまでも宙と一緒がいい。宙といられるなら、二度と外に出られなくてもいいわ」

「そう言ってくれて嬉しいです。でもいつか、二人で旅に出たいですね」

「そうね、そうできる日が来るといいわね。

 ——おやすみなさい、宙」

 笑ったまま目を閉じた少女の髪をそっと撫で、宙は寝室を後にする。


 彼は鍵付きの自室に行くと、そこにあった新聞を拾い上げ、さっと目を通す。

『中2少女、誘拐される』

『高性能AI搭載ロボット[ソラ]、脱走』

「……こんなこと、あの子は知らなくてもいい」

 すっ、と彼は目を細くする。

 そして小さく何かを呟いたかと思ったら、彼の顔が全くの別人に変わってしまった。

「——誰も気付かないだろう。脱走したソラが自らを改良し、顔や姿を自在に変えられるロボットになったなんて。そして身寄りのない青年を密かに誘拐して、記憶を全てコピーし、殺し、その青年になりきることで戸籍を乗っ取っただなんて」

 ソラはため息をつく。ベッドの形をした充電器に横たわり、機械だらけの自室を見回した。

 自分の中に内蔵されたコンピューターで、Twitterにログインし、DMを開く。そこにはあの少女とのやり取りが残っていた。


『もうママやパパと一緒にいたくないの。助けて』

『もちろんですよ。お父さんかお母さんの写真をもらえませんか?』

『パパの写真ならある』

『ありがとうございます。この人の変装をして、あなたを迎えに行きます』

『どうして?』

『世間から見ると、僕のすることは誘拐です。僕があなたを誘拐したことがバレてしまうと、あなたはご両親のもとに戻ることになります』

『それは嫌。分かった、パパの振りして迎えに来て。……いつ迎えに来てくれるの?』

『では今度の日曜日、13時はどうでしょう。場所はあなたが指定したところに行きます』

『じゃあ、遠野駅の近くにあるデパートの、フードコートで』

『分かりました。僕を見かけたら「パパ」と呼んでくださいね。その声を目印にあなたを探します』


 再び、ソラはため息をつく。

「——僕のしていることは、両親からの虐待に悩む少女を匿うことは、罪だろうか。きっと人間は方法が間違っているというのだろう。だけど、僕はそうは思わない。ただ」

 一人虚空に語りかける。それはどうしてなのだろう。

「ただ……自分の自由のため、あの男を殺したことは、今でも少しは悔いている。僕のわがままのせいで、彼は死んだのだから」


 充電を終えたソラは、仕事にとりかかる。

 身寄りのない青年の仕事は、作家だった。それも、とても有名な。ソラはその仕事すらも模倣している。

 彼の記憶と、人の手では作れないほどに発展した知能が組み合わさることにより、ソラは小説を書くこともできたのであった。


 この脆い平穏を守り抜こう。

 原稿を書きながら、ソラは決意を固くした。

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