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誰が悪魔か  作者: 櫻川
3/3

戦火の中で(2)

「あなたのおかおは。」


 ヴァルドはリュシアをみながらもっていた手綱を握り直した。

「見せない。」

「どうして。」

「見せたくもないし、見せる必要性がない。」

「こわいの?」


 リュシアは怖いかどうか尋ねてくる。ヴァルドは静かに答える。


「今まで生きてきて顔を晒してきて良いことはなかった。色々な者に狙われて殺されそうになった。だからいつしか顔は誰にも見せることはなくなったな。それに舐められる、私は他者に畏怖される存在でいなくてはいけない。」


 静かにリュシアは聞いているが、ヴァルドは自嘲気味に笑う。兜があるので、目の部分は分からないが、口元のみでリュシアは表情を読むことができない。しかし。顔の頬や、鼻の部分に傷跡が見える。深く、皮膚が陥没し、傷跡の部分の皮膚は硬くなっている。この人は誰かに命を狙われることもあったのだろうかと。

 そしてこの大きな存在はさらに口を軽口を叩く。


「もしかしたら、お前の言うように怖いのかもな。」

 

口元は笑っているが、本心は誰にも分からない。だが、私を保護して守るつもりがあるのだけは理解できた。私を支えている手は、だた、優しく不器用に支えられている。簡単に私なんて殺すことはできるのだろうから。この兜の下の顔は誰にも分からない。


「あなたも、こわいんだ。」

「人間基準でいうと、人並みにはな。」

 その返事があまりにも普通過ぎて、私は思わず、少しだけ目を開いてヴァルドを確認する。

 魔族の騎士で、黒く大きい鎧、恐ろしく、人間の畏怖の対象になる人。何人も私たちを殺してきて来た人。

 そう思っていた相手が、自分と同じように“怖い”と言ったのだ。

 リュシアはまた前を向き、ぽつりと呟く。

「……へんなの」

 

暗黒騎士は鼻でわずかに笑ったようだった。


「よく言われる」


 その時、後方から部下が馬を寄せてくる。


「暗黒騎士様。このまま本陣へ?」 「ああ」 「その子どもは、やはり捕虜として――」


 言い終わる前に、暗黒騎士の声音が冷える。


「その子ども、ではない」

「……は?」

「リュシアだ」


 部下は一瞬きょとんとしたあと、慌てて頭を下げた。


「し、失礼しました」


 リュシアはそれを聞いて、少しだけヴァルトを見上げた。

 名前を覚えていた。ちゃんと、ただの拾い物としてではなく。

 ヴァルトはは視線を前へ戻したまま言う。


「この子は私の預かりにする。勝手な詮索も手出しも許さん」

「はっ」


 部下が後ろに戻り、隊列に加わる。

 リュシアは小さく唇を結び、ためらいながら言った。


「わたし、にげないよ」

「賢明な判断だ。」とヴァルトはリュシアをじっと見つめる。


 六歳なりの精一杯の本音だった。

 暗黒騎士は少し黙ってから、低く返す。


「なら今は、それでいい」


 やがて前方に、魔族軍の陣営が見え始める。

 黒い旗、並ぶ天幕、焚き火の煙。

 リュシアの体がまたわずかに強ばるのを、ヴァルトは腕の中で感じ取った。


「……怖いか」

「うん」


 今度の答えは早かった。

 暗黒騎士は少しだけ手綱を緩め、騎獣の速度を落とす。


「私のそばを離れるな」

「……うん」

「誰かに何か言われたら、私の名を出せ」

「なまえ……?」


 一瞬の沈黙。

 暗黒騎士は今まで名乗る必要などほとんどなかった。

 皆が勝手に“暗黒騎士ヴァルト”と呼んだからだ。

 だが、腕の中の小さな少女にだけは、それでは足りない気がした。

「……ヴァルト」


 リュシアが小さく繰り返す。


「ヴァルト……」

「ああ」

「暗黒騎士じゃなくて?」

「それは通り名だ」

「じゃあ、ヴァルト」


 その名を幼い声で呼ばれた瞬間、ヴァルトはほんのわずかに目を見開いた。

 誰かが、肩書きでも蔑称でもなく、自分の名だけを呼ぶ。それがひどく遠い記憶のように感じられた。

 昔に、何もないただのヴァルトだったときに、呼ばれたような。ぼんやりとしたなにか。もう、思い出してもしょうがない。昔の事だ。


「……なんだ」

「おちたら、やだ」

「落とさない」

「ほんと?」

「何度も言わせるな」

 

リュシアはそこで、ほんの少しだけ、かすかな笑いに近い息を漏らした。

 焼けた街のあとに。

 敵同士のはずの背中と、小さな命。

 その距離はまだ遠く、痛みも疑いも消えてはいない。

 それでも、少女は彼の外套を掴んだまま離さず、

 暗黒騎士――ヴァルトは、その小さな体を確かに守るように腕を添えたまま、魔族の陣営へ入っていった。





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