第7話 父の思いそして、子の決意
魔物狩りの慣習で反射的に父親の後ろに隠れたセト・アスベル。
大剣ギロディストを翼竜聖騎士団へ向けたまま背後のセトを守る父親ヨハン。
視界を遮っていた土煙が落ち着き、大剣ギロディストを構え忌子を守る父親を目にした団長エリザベータは、あざ笑うかのように吐き捨てた。
「先に窓から逃げた者は、外で待機している翼竜の餌食になった。神父エルンストは死ぬことはなかったのに愚行だったな。それとお主、大剣ギロディストを使いこなしている人種族のヨハン・アスベルとはお主の事だったか。惜しいな。まっ忌子を生かしている時点で大罪人だがな。女王陛下の勅令に従いこの場で処刑を執行する。我に敵うと思うな。大人しく刑を受け入れ、その場で跪き頭を垂れろ。」
「嫌だといったら」
「やれると思うのか。愚かな」
「おれは元々愚かな父親だよ」
そう言うが早いか団長の懐へ突進したヨハンは大剣ギロディスト振り下ろした。
涼しい顔で大剣ギロディストの思い刃を受け止める団長エリザベータの細腕と細身のレイピア。
その刹那、ヨハンは大剣ギロディストを瞬きの一間に千の牙を剥くの如く怒涛の苛烈な打撃を繰り出し、近衛翼竜聖騎士団アマゾルダル団長エリザベータへ反撃の余地も与えずに追い詰めようとした。
細腕一本で怒涛の苛烈なヨハンが繰り出す大剣ギロディストの打撃を涼しげな顔で受け流す団長エリザベータは、その場から一歩も退いてはいなかった。
「息子の事になると熱くなる父親は素晴らしいぞヨハン。だがその子は忌子だ。国の為、セッサーラ大陸の為に死んでもらわなければならんのじゃ」
その団長エリザベータの言葉を耳にしたヨハンは、怒涛の苛烈な打撃を緩める事なく更に打撃の速さを強めた。
「何が忌子だ。忌子だろうとなんだろうと俺の息子だ。生かす」
「ほう、そうか。では、茶番は終わりにしてあげよう」
ヨハンが繰り出す怒涛の苛烈な打撃を受けていた団長エリザベータの細身のレイピアから閃光が走った。
閃光が走った後、ヨハンが繰り出す怒涛の苛烈な打撃が止まった。
いつの間にか団長エリザベータはヨハンの背後にいた。
団長エリザベータは空を一振りし、細身のレイピアに付いた血糊を振り払う。
前のめりに態勢を崩したヨハンは反射的に大剣ギロディストを床に突き刺して、傾いた態勢を立ちなおした大剣ギロディストの鈍い金属音が部屋に響いた。
ヨハンの脇腹から鮮血が沁み流れ、床を赤く染める。
セトの目の前に団長エリザベータがレイピアを構え睨んだ。
「忌子。いや、セト・アスベルくん死んで」
先ほどと同様に細身のレイピアから閃光が走り、その刹那セトの背後に団長はいた。
団長のレイピアに手ごたえがなかった。間違いなく閃光一撃の一刺しで胴を貫いた筈だった。団長エリザベータは気付いた。
「そんな余力があったとはねぇ。ヨハン・アスベルさん」
口から血を垂らしながらヨハンは、吐く息は荒く喉から言葉を振り絞って言い放った。
「団長さん。私はこの子の父親なもんでね」
「父とは偉大だな。抱えたその子を諦めないという事だな。ヨハン」
「とっくに諦めていたら、今こうしてこの子は生きていない」
「そうか。わかった」
そういうか早いか団長エリザベータは、廊下で待機している団員に向けて指示を飛ばした。
「待機中の団員らに命じる。ヨハンとの一騎打ちは終わった。ここからは翼竜聖騎士団アマゾルダルで事を片付け王都へ帰還する」
その命令に呼応した団員一同が一斉にヨハン親子へ刃を向け取り囲み、一斉に斬りかかった。
ヨハンはその刹那、左足に全重心を預け一閃その身体を右回りに旋回させ、大剣ギロディストを勢いよく一回転したその瞬間、轟々と唸りを上げる一陣の旋風が巻き起こり、部屋にあった家財は吹き飛び砕け散る音が響き渡り、斬りかかった団員一同は猛烈な風圧に耐えるため足を止めた。その隙を見逃さなかったヨハンはセトを脇に抱えたまま一陣の旋風と諸共、天井を突き破って天空高く舞い上がった。
「逃がすか」
エリザベータは笛を吹き、突き破れた天井から軽々しく高く飛び出し、タイミングよく滑空してきた翼竜に飛び乗って、一陣の旋風と化して西の方角に飛び去っていくヨハン親子を追った。
ヨハン親子が向かった西の方角には魔物の森バァグーガがあった。
「我らエルフ種族が入れない事をいいことに、魔物の森バァグーガへ行き身を潜め逃げる気か」
翼竜の手綱を強く握りしめ、翼竜に命を出す。
「リュカオウ。疾風の如く速度を上げろ」
リュカオウと呼ばれし翼竜は嘶きそれに応え、凄まじい急加速的に速度を上げた。
西の方角の魔物の森バァグーガへ脇目も振らず大剣ギロディストを足場に滑空するヨハンは脇に抱えたセトに優しく口を開いた。
「セト、父さんはこれ以上はもたない。教えた事をしっかり守れば大丈夫。セトならできる」
その言葉を耳にしたセトは大粒の涙を目に溜め、はっきりとした声で答えた。
「うん、わかった父さん。ぼく、やれる。父さんの子だから」
「そうか。さすが父さんと母さんの子だ」
そう言って懐から小さな指輪を一つ取り出した。セトには見覚えのある指輪だった。
「セト。この神聖魔術ヴォラトゥス・アンジェリ(天使の飛翔)が施された加護の指輪を渡す。これで魔物の森バァグーガの崖を降りなさい。呪文は覚えているな」
「うん。何度も父さんが唱えていたから覚えているよ」
「そうか」
強張ったヨハンの顔が笑みでほころび、ヨハンが優しく言葉をかけセトの頭を撫でようとしたその時だった。
突如、頭上から凄まじい勢いで落下してくる黒く鋭い大きな影がヨハン親子の脇を掠め去り際、一筋の閃光が放たれた。
一筋の閃光を直に受けた大剣ギロディストが音も立てずに崩れ、足場を失ったヨハン親子は地上へ落下した。
その黒く鋭い巨大な影は団長が駆る翼竜リュカオウであり、急降下し、放たれた一筋の閃光は一撃にして連続打撃で疲弊した大剣ギロディストをあっさりと砕け散らせたのだった。
ヨハン親子が地上10メートルから落下した地点は運がよく、魔物の森バァグーガにほど近い湖だった。
落下地点に高い水飛沫が上がる。浮き上がったヨハンはセトを抱えたまま岸まで泳ぎ、力を振り絞って岸に上がったところで団長エリザベータから胸倉を掴まれた。胸倉を掴まれたまま意ともたやすく投げ飛ばされ、その不意を突かれてセトを脇から放してしまった。
「手間をかけさせやがって、セトくん。今、楽にしてあげる」
エリザベータのレイピアから冷たく光る剣先がセトの目前で煌めく。引いて勢いを増したレイピアの剣先がセト目掛けて一突き、大きく厚い胴を貫いた。
ヨハンがレイピアの一突きを体ひとつで受け止め、セトを庇ったのだ。
「まだ抵抗する気かヨハン」
セトは目の前で胸をひと突き刺され仁王立ちしている父の背中から鮮血が滲んで赤く染まっていくのを眺めていた。
「セト。走れ。そして、生きろ」
その断末魔に等しい父の叫びで我に返ったセトは、一瞬躊躇い父へ寄り添うとしたが後ろ髪惹かれる思いで駆け出した。
「逃がすか。ヨハン放せ」
ヨハンはありったけの力で胸に刺さったレイピアを両手で掴んで離さなかった。
小さく遠のいて行く小さなセトの背中を見送ったヨハンの顔には二筋の涙が流れ微笑んでいた。
「リュカオウ。忌子を食い殺せ。行け」
瞬時に翼を羽ばたかせ低空飛行で勢いよく滑空する翼竜リュカオウは、瞬く間にセトに追いつき、その鋭い牙でセトを喰らいつこうとした。セトは間一髪のところでしゃがんで翼竜の攻撃をかわし、直ぐに駆け出し走った。そして飛んで落下した。飛んで落下したその先は、1000メートルほど深い高さがある崖だった。そうセトは父ヨハンとの約束通り、1000メートルほど深い崖下の魔物の森バァグーガへ目掛けて跳躍し落下したのだ。
セトを喰らいそびれた翼竜はセトを追い、急旋回しセトの頭上から狙おうと急降下した。
勢いよく吸い込まれるかのように急降下し猛烈な風圧を全身に受け落下していくセトは、落ち着いて懐から小さな指輪を取り出し左薬指に嵌め父から教わった呪文を唱えた。
「ヘウント」
左薬指に嵌めた小さな指輪から大きな光の輪が現れセトの体を光で包み込み、勢いよく吸い込まれるかのように急降下と全身に受けていた猛烈な風圧はピタッと止んだ。
喰らおうと急降下した翼竜は、空中で停止したセトをその鋭い牙で食い千切ろうとしたのだが、セトを包み込んだ光がその物理攻撃を弾き飛ばし、翼竜はダメージを受け悲痛な嘶きを上げて飛び去って行った。
光の包まれたセトはゆっくりと降下はじめ、眼下に広がる暗き瘴気の深い霧が漂う魔物の森バァグーガへと降りて行った。
「取り逃がしたか」
崖の上から成す術もなく眺めるだけのエリザベータは、女王陛下からの命令を遂行できなかった悔しさから、唇を噛み締めながら退却せざるを得なかった。
「セトの始末は、人種族のハンターにやらせることにしよう」
魔物の森バァグーガに背を向けて、主の帰りを待つ翼竜リュカオウへ歩み始めたエリザベータの背後を、天空から放たれた光の矢の如き閃光が、凄まじい勢いで突き抜けていった。異変に気づいた彼女は、すぐさまその閃光を追った。
天空からの閃光の矢がセト・アスベルに命中したのか、セト・アスベルの絶叫が魔物の森バァグーガへ響き渡った。
「この光の矢を放ったのは、もしや神自身か」
エリザベータは、陽が傾きかけた天空を静かに仰ぎ見た。
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