第1話 すべて失い異世界転生
すべてを失った。
「お前のせいだ。全部な。じゃ、そういう事で」
「はっ? 待ってください、俺は何も」
弁解の言葉は、冷え切った解雇通知と共にゴミ箱へ叩き込まれた。
昨日の英雄は今日の生贄。会社の不祥事をすべて背負わされ、俺は社会から追放された。
鳴り止まない罵倒の電話。信じていた妻も友人も、俺をボロ雑巾のように切り捨てた。
一縷の望みも絶たれ、俺にはもう何も残されていなかった。
普通の日常を送る事さえ、許されないというのか。
小さき存在の一人の俺が、世界の生きとし生きるものすべてへ何かしたのか。
言葉では言い尽くせない壮絶ないじめを高校まで受け、社会に出てからは数々の理不尽な仕打ちを受け続け、もう疲れた。何か見えざる手で理不尽な運命を辿らされている憤りが沸き上がる。
何かに突き動かされるように、楽になりたいとだけ思い、ただただ車を走らせていた。
気が付けば、車はガードレールを突き破り、俺の体は高い山肌の断崖絶壁から車もろとも落下して、楽になった瞬間だった。
ああ、楽になった。理不尽な神を殺してやりたい。心からそう叫んだのがこの世との最後だった。
いつもの通りの薄暗い朝を迎え狩りの支度を終え、いつもの通り朝食後に父さんと魔物の森バァグーガに魔物狩りへ出掛け、いつもの通り夕食前には狩った魔物から採集した紫色の魔晶石を家に持ち帰ってくる。
そんないつもの通りの単調な毎日を送っているセト・アスベル、12歳。それが今の俺だ。
何故か37歳の百瀬琉人のまま赤子として転生し、ようやく体が思考に追いつき、この異世界には現に神がいる事を知ってからの間、忌子と呼ばれる黒髪と赤目の特徴がもたらす幾多の理不尽な状況を耐え忍び、神を手にかける事ができる思いを胸に生きてきた。
今はこの生産系魔術で拵えた短剣のみだけど、年々少しだけレベルアップする生産系魔術を極め、以前いた世界の知識と教養をフル活用して神を超える文明の域で、必ずこの手で理不尽な神をぶっ殺してやる。
またいつもの通りの毎日が薄暗い朝から始まろうとしていた早朝、いつもの通り母の形見のペンダントネックレスを首にかけ、失くさないようシャツの中にしまい、一通り狩りの支度を終え、父さんが待つ居間の扉を開け、お早うの挨拶を言いかけた時だった。
居間の奥の方から今の母の激しい怒声が聞こえてきた。
「今日狩りに連れて行かない。いつものあなたなら無言で連れていくのにどうして。一日中狩り狩り狩りと言って連れていっているあなたがどうして。あぁ、いつになったらあの忌々しい黒髪赤目を見ないで済むのかしら。リムラ教と神聖エストラント公国の掟に逆らってまでして、それに神父様までも巻き込んで生かしておく理由は何。なんで生かしておくの」
ヒステリックに叫んでいる栗毛セミロングそばかす吊り目でやたらと胸がでかい女性が、継母のマナカ・アスベル。年は26。女性らしい白い柔肌と肉付きをしている。4年前、亡き母の後、神父のエルンストさんからの紹介で今の母になった人。
「マナカ、落ち着きなさい。こうやって村長でもある神父自ら訪問し忌子から発した家中の魔素を浄化してやっているではないか。そんな忌々しい忌子の能力のお陰でヨハンは、あの広大な魔物の森バァグーガで魔物を探し回ることなく、魔物自身が忌子に吸い寄せられてヨハンが神器である大剣ギロディストで狩ってこの家へ繁栄をもたらしているのだから。なっヨハン。今日もセトを狩りに連れて行くのだよな。」
慌てて仲裁しているリムラ教の白い法服を着た長髪ブロンドのエルフ神父の名はマルケス・エルンスト。年は156歳。見た目の年は44ってところだろう。中肉中背の高身長。人種族の女性が好き過ぎて、人種族しかいないヒョーデル村の村長として自ら立候補して着任したというエロエルフ神父。とにかく臆病で逃げ足と口は達者。
「いいえ神父様。今日だけは、12になった今日だけはセトを狩りに連れていけないのです。」
異世界の父さんヨハン・アスベル。年は俺と同じ37歳。栗毛短髪の筋肉隆々な大柄な男で背には2メートルある大剣ギロディストを帯刀している。苦労しているのだろう老け顔で無骨な性格だが、寡黙で真面目で実直なAランク魔物専門凄腕ハンター。亡くなった母さんと共に昔はハンターではなく冒険者としてAランクの剣士だったとか。因みに亡くなった母は凄腕の風の魔導士だったとか。
「何故だ。どうしてそんな事を言うのだヨハン」
「それは亡き妻との固い約束だからです。亡き妻からセトが12になった日だけは魔物の森バァグーガに連れて行ってはならないと。理由は分かりませんがそう強く固く伝えられたのです。だから私は固く強く守らなければならないのです父親として」
「今日に限って父親面して何様のつもり。あなた、可愛い息子は他にいるでしょ。ここにこうやって私の胸で怯えているまだ四つのハンスが」
マナカの胸に抱かれて眠そうにあくびをしているブロンド髪さらさらの幼子がハンス・アスベル。年は4歳。母親と同じく白い柔肌でセトを兄とは思っていなく、下僕か使用人と思っている手に負えない駄々っ子。37歳の俺から推察するに、髪の色が違う点でヨハンの子ではない事は明々白々で、毎朝出向き、忌子の瘴気を浄化する目的は表向きで、毎朝せっせと足繁く通ってくるのは大人の事情で、神父エルンストとマナカの子であると状況からそう推察している。父さんと俺が狩りに行っている間、二人は何をやっているのか察しが付く。大人の事情ってやつだ。
「そうだヨハン。こんなに可愛い息子のハンスがいるではないか。早く忌々しい忌子を狩りに連れていけ。私とていつ大司教である女王陛下に忌子を生かしている事が、いつバレるか日々怯えているのだからな。まっその神器大剣ギロディストをお前が携えて忌子の傍にいればバレる事は無いのだがな。神器の波動が忌子の瘴気を打ち消すのでな。早く魔物を狩ってまえれ。その間は私がマナカとハンスを見て居よう。なあマナカ」
「はい、神父様。いいえエルンスト。今日も気持ちよくしてお願い」
「早まるなマナカ。まだヨハンが居るではないか」
「待ちませぬ」
目で神父エルンストはヨハンに早く狩りにセトと行けと言っているのを察知したヨハンは、静かにその場からセトを連れて立ち去った。
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