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【残り1話】ミュルスン魔法学校 ~ミラと、ラベンダーハイツの魔女たち~  作者: 桜ケ丘ルルー
第8章 ハーバル魔法使い協会★神火の魔術師、バーチ
100/105

第100話 事件のあった日


______



「そして、あの事件が起きたの」


 誰も口を挟まなかった。いや、挟めなかった。


 静かな闇に、フローラの声だけが響いている。


______


 二年の時が過ぎた。


「やった……分かったわ、ついに……」


 ファウナの研究施設で長い時間作業を続けていたフローラは、思わず独り言を漏らした。


 命を吹き込む魔法で本から外に出した生き物を、フローラたちの生きている世界に定着させる方法。


 それが今、はっきりと分かったのだ。


「魔法を解除せずに、十四年間この世界で生きれば……」


 一言一句漏らさずに記録していく。


「つまり……ミラは十六歳になるまで、この世界で暮らすことができたら、本の中に戻らなくて済む……」


 考えをまとめるように、ゆっくりと口にする。

 そうしていると、段々実感が沸いてきて、フローラは両手を挙げた。


「ファウナにも教えなきゃ。何だかんだ、あの人もミラのこと大好きなの、私知っているんだから」


 ふふっと笑う。久しぶりに、表情筋を使った気がした。ずっと研究をしていたから、肩も背中も、身体の至る所が痛い。


 ハーブティーでも飲もうと、席を立つ。

 ふわり、カードが窓から飛んできて、フローラの手の中に着地した。


 ファウナが、連絡がある際によく使う魔法だった。

 

『ポリマの時計塔、その裏にある広場に来て。あの本も持ってきてね。 ファウナ』


 時計塔は有名だから分かるが、その裏に広場なんてあったかしら、とフローラは思った。


 上下巻の本を抱え、ミラのことも伝えられる、と弾む足取りで研究施設を出る。

 箒ですぐのはずだ。


 指定された広場は、もうあまり使われていないのか、人一人いない、静かな場所だった。


 ポリマは、人口がだいぶ減ってきている街だ。

 誰も使わなくなって寂れていく公園や建物などは、街の至る所にある。


 ファウナは、空を見ていた。


「お待たせっファウナ。本を持ってきたわよ」


 フローラの方を振り向く。

 いつもの優しい表情だった。


「ありがとう。早かったのね」


「なんだか、雨が降りそうね。空が暗くなってきている」

 

 ファウナが仰いでいた空を見ると、どんよりと曇っていて今にも雨が落ちてきそうだった。


「そうね。でも私、曇りが好きなの……」


 お天気が大好きなフローラにはあまりよく分からなかったけれど、ファウナの好きなものは、自分も好きになりたいと思った。


「それで、今日は何をするの?」


「ええ、今日はその、スケッチがしたくて」


「スケッチ?」


 ファウナが、荷物から画材を取り出した。


「その本から、できるだけたくさんの魔法動物を出して欲しい。私、自分が創造した魔法動物たちを間近で見て、絵を描いてみたかったのよ。貴女、等身大で出せるでしょう?」


「もちろん。私もファウナの絵を見てみたいわ。かなり魔力を消費しちゃうけど、全部の魔法動物を出してみるわね。そうだなあ、下巻の方が数が多いから、そっちにするわ」


「ありがとう」


 そう言ったファウナの目は、もう笑ってはいなかった。

 疲れているのかな、とフローラは思う。


 それから、杖を取り出した。


「レイクバ」


 『ある女の子の物語』下巻の本、その本には今、少女の姿が無い。

 オレンジの光を放ち、ページが捲られていく。


 狼や獅子、鷲に鷹、人の何倍もの大きさの、不思議な姿をした魔法動物たちが本から飛び出してくる。


 炎を身に纏っている子や、植物を自在に操る子、その不思議な魔力を宿す生態にフローラは魅力を感じ、深い興味を抱いたのだ。


 フローラは、魔法動物と心を通わせることができる。

 魔法で本から出した子に限らず、あらゆる魔法動物と仲良くなることができた。

 もちろん、初めは警戒されることもあったし、大けがをしそうになったこともある。


 それでもフローラは諦めきれなかった。


 命を吹き込む魔法、を使えるようになってから、より一層、魔法動物を大切に思う気持ちが大きく膨らんでいった。



 今まさに、本の中の魔法動物を出しているフローラは、これからのことを考えていた。


 ミラともずっと一緒にいられる。ミラが十六歳になったら、二人で旅に出るのも良い。


 様々な魔法動物を知って、触れ合って、ミラにもあの子たちのことを好きになって欲しい。


 下巻から全ての魔法動物を出すと、フローラは少しよろけた。さすがに、魔法を使い過ぎたらしい。

 暑くはないが汗をかいていた。


 杖をマントのポケットに入れる。


 広場を埋め尽くすほどに、たくさんの魔法動物が楽しそうな様子で、そこに居た。

 彼らがフローラたちを襲うことは決して無い。


「お疲れ様。ちょっと休んでいると良いわ。ほら、貴女の好きなハーブティーを持ってきたのよ」


 取り出したのは、タンブラーだった。


「マントも預かっておくわ。汗が冷えて風邪を引くから」


 ありがとう、とマントを渡す。


 ハーブティーを一口飲んだ。


 急激な眠気。フローラの手からタンブラーが落ちる。

 立っていられなくなって、その場に倒れ込む。


「……ファ……ウナ」


「ありがとう、フローラ。さよなら」


 フローラを見る目は虚ろだった。


 力を振り絞り、本を二冊とも掴んだ。箒に飛び乗る。


 最後に見たファウナの顔は、泣いているようにも見えた。


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