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閑話 心臓が高鳴った次の日

 この感情を一言で表すと興奮だった。

 第二王子として生まれ、王子教育も施されてゆく内に、ルークスディルドは両親や家庭教師、貴族に『天才』だと言われていた。彼はまさに、王太子に相応しいと。

 だが、ルークスディルドは兄の第一王子の方が王太子に相応しいと思っている。

 兄は平凡より少々上という評価で、後に生まれた癖にとルークスディルドを睨み、勝手に妬んでいる一人である。だが、判断を下すことは兄の方が早い。国王に望まれるのは、国を想う気持ちと想定外の事態に陥った時に己の首をも捧げる覚悟だ。

 だが、ルークスディルドはその覚悟が無かった。

 否———昔はあったのである。だが、一人の少女によって生きたいと思った。

 それが、クララだった。


(今日は、令嬢たちとお茶会だ。婚約者を決めなければいけないということか。………クララ嬢にも、会えるだろうか。クララ嬢は婚約者は居なかったはずだ、それなら期待もして良いだろうか)


 彼女と出会って、退屈だった自分の王子としての人生が一変したように思う。舞踏会や小さなお茶会の時、クララに会えるだろうかという期待だけで胸が躍り、居ないと分かって落ち込む毎日だった。だが、それでも淡い期待は捨て切れず、の日々を過ごして耐えて、昨日の夜にお気に入りの場所へ行ってやっと会えた。


 城下街の噴水の縁で、子供の可愛らしい声を捨てて綺麗な声で歌う彼女。


 その頃からルークスディルドは歌を習い始め、上手になった。


(茶会までまだ時間がある。母上と父上に会いに行こう)


 無論、用もなく会いに行く訳ではない。多忙な国王と王妃に、自分の気分だけで会いに行って良いものではないのだ。

 ルークスディルドはツカツカと早足で廊下を歩き、国王の執務室前で止まる。

 こんこんとノックをすると、国王の執務室なのに母の許可する声が聞こえて来た。


「失礼します」

「あらあら、ルークスディルド。何か用かしら?」


 穏やかに微笑む聖母のような己の母は、凛々しくも家族想いな父の補佐を時間が空いている時はしている。丁度、今はその時間だったらしい。

 そのことにホッと微笑みながら、ルークスディルドは頷いた。


「はい。実は、お二人に今日会う令嬢方の相談をしたく………」

「大丈夫だ。そろそろ休憩しようと思っていたところだしな、丁度良い」

「えぇそうね。言ってごらんなさい?」


 両親に促され、ルークスディルドは前置きから本題へと移る。


「今回の茶会に参加する令嬢は、クララ嬢も居ますでしょうか」

「あぁ、クララ嬢か」


 ルークスディルドの初恋を知っている両親は、それはそれは微笑ましいものを見るような眼差しをルークスディルドに向ける。それが少し恥ずかしくて、一瞬だけ視線を逸らしてしまった。


「クララ嬢は………確か、参加するはずよ。婚約者、居ないものね」

「そうですか。ありがとうございます」


 静かに微笑み、ルークスディルドは一礼をして執務室を後にした。そこから無言で自室へ戻り、王子らしくないと分かっていてもベッドにダイブする。

 そして、無理矢理押さえていた口角を上げた。年相応の少年らしい笑みだ。


「会える………」

(また、クララ嬢に会える!)

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