July Story1
偶然、銀行の前で新一と遭遇する蒼太。
一方、その頃、逢瀬高校一年生の湯川斗真は、自身が通う子ども専門のカウンセリング施設にいた。
蒼太はTシャツの襟を手で持ち、風を通そうとパタパタと、動かした。
見上げた先では、白い光を放った太陽が、蒼太を見下ろしている。
手の甲で額の汗を拭い、アスファルトの上に、リュックサックを下ろした。
(地面、触ったら絶対暑いよね)
そんなことを考えてはみるが、蒼太は分かり切ったことを確かめたくはなかった。
鞄の中から、茶封筒を取り出す。
自分が送るのではない。これは父からの、頼まれものだった。
手紙を出してこようと言っていた休日の父を、ちょうど、出かけるところだった蒼太が引き止めた。
今日は月曜日だが、祝日で、学校は休みとなっているのだが、メンバーたちは本拠地に集まる約束をしていた。
郵便ポストに、蒼太は封筒を、丁寧に滑り込ませた。
(たしか、今日は、海の日だっけ……)
鞄を閉めながら、蒼太はぼんやりと思った。
(海岸、人多そう……)
本拠地に向かう道中にある、與那海岸の砂浜に押し寄せた人の数を想像して、蒼太は息を吐きだした。自分がその場にいるのではないにしろ、蒼太は人混みがとにかく苦手なのだ。
今日、蒼太がこうして一人で歩いてきたのは、本来、一緒に行くはずだった葵と優樹菜に、暑い中、わざわざ遠回りする道を歩かせるのは、申し訳ないと感じたからだった。
だから蒼太は父から封筒を預かった時点で、用事ができちゃったから遅れると、葵に連絡をし、約束の時間より早くに、家を出た。そうすることで、二人と鉢合わせることがなくて済むと思ったからだ。
(たぶん、今頃、みんな着いた頃かな)
蒼太は鞄を持ち上げ、後ろを振り返った。
その時、こちらに向かって歩いてくる、見覚えのあるシルエットが、目に付いた。
「あれ……?」
蒼太はほんの小さく、声を上げた。
こんな暑さだというのに、いつもと変わらぬ、シャツにベストを着込み、下はスーツという格好だ。
(社長……?)
すると、向こうも、蒼太に気が付いたようだ。
目が合うと、柔らかく微笑んだ。
「おはよう、蒼太くん」
まるでここで待ち合わせをしていたかのような自然さで、源新一は、蒼太に向かって片手を上げた。
「あ……、おはようございます」
蒼太は挨拶を返す。
「奇遇だね。これから、本拠地に行くのかい?」
新一の言葉に、蒼太は頷いた。
「私は銀行に用があってね」
蒼太は、真横にある、銀行に目を向けた。蒼太にとっては、あまり馴染みのない場所だ。
不意に、新一が空を仰いだ。
「それにしても、暑いね。中は、涼しいと思うよ」
銀行の自動ドアを指さした新一に、蒼太は「あっ……」と、声を上げた。
(付いて行って、いいんだ……)
こうして、蒼太は新一と共に、銀行に足を踏み入れた。
※
湯川 斗真は待合席に座り、大きく息を吐きだした。
(汗で気持ち悪い……)
シャツもズボンも、肌にぴっとりとくっついてしまった。
(帰ったらまず、シャワーだな)
髪をかき上げ、頭をかきむしる。
(夏なんか、暑いだけだ……。早く終わんないかな)
自動ドア越しに見る外の景色は、ぼんやりと歪んで見えた。駐車場のアスファルトに、日陰は見当たらない。
(何でよりにもよって、今日なんだろ……)
斗真は予約を入れた時の自分を、殴りたくなった。お前のお陰で俺はあんな暑い中、自電車漕いでここまで来たんだぞと、文句を言ってやりたい。
斗真はそっと、周りを見回した。
祝日ということがあり、待合席はほぼ、埋まっている。
(こんな感じじゃ、呼ばれるまで、時間ありそうだな)
飲み物買って来よう───そう思い、斗真は立ち上がった。
自動ドアの横にある自動販売機に、斗真は向かった。
財布から千円札を取り出し、一番量の多そうな、麦茶のボタンを押した。
ペットボトルを手にして、席に戻る。
そして、蓋を開け、口をつけた
水分を求めた喉は、量を三分の一ほどまで減らした。
(生き返る……)
飲み終えて、ふう、と息を吸い込む。
エアコンの風が身体の火照りを冷ましてくれるがまま、斗真は背もたれに寄りかかり、軽く、目を閉じ
た。
(休みの日の、朝10時からここに来てるのなんて、あの学校じゃ、俺くらいだよな……)
あの学校と思い浮かべるのは、斗真が通う、逢瀬高校のことだ。
“問題児の集まり”と悪評の学校───斗真は自分がその校風に合っていないことを、十分に自覚していた。
斗真自身も、自分が逢瀬高生だということが、恥ずかしくてたまらなかった。
だから、外でこれほどまで気を緩めることができるのは、私服でいる内だけだ。窮屈な制服では、こんなに堂々と、椅子で眠ることなどできない。
(昨日の夜、蒸し暑くてほとんど寝れなかったんだよな……)
布団に入って三時間中、体勢をしきりに変えたり、上に掛けたタオルをはいだり、また掛けなおして深く潜り込んでみたり、音楽を聴いたり、欠伸を繰り返していたら、疲れからか、いつの間にか眠ってしまっていたが、実際に眠れていた時間は、ほんの僅かなものだった。
寝不足だから余計に疲れてるんだ───そう思う斗真の意識は、心地の良いまどろみの中に落ちていく。
───はずだった。
斗真をあちら側に行かせるのを止めたのは、女の子の泣き声だった。
目を開け、斗真は、はっと身体を起こした。
泣き声はそうしている間に激しさを帯び、斗真が後ろを振り返ってみると、小学校低学年くらいの女の
子が、わんわんと泣きじゃくっていた。
その子の周りには大人が三人。二人は若い女性で、一人は白髪の男性だ。
カウンターの真ん前に座っている斗真はこの部屋の全員の視線が女の子に向いていることが分かった。大勢の目を引き付けるほど、凄まじい声なのだ。
白髪の男性は女の子の頭を撫で、その身体を引き寄せるようにして抱きしめた。
斗真はその姿から目を離すことができなかった。
女の子は男性にしがみつくようにして、泣いている。そして、同時に、しきりに首を横に振っていた。その
度に、ポニーテールにした金髪が揺れている。
(あの子……)
斗真は女の子が能力者であることを、そこで察した。
(何で泣いてるんだろ……。あんな小さいのに、一人で来たのかな……?)
そばにいる男性と女性は、この施設の職員だ。
だとしたら、あの子の母親は、どこにいるのだろう。
すると───「おかあさん」と、女の子が言った。
男性が包み込む指に力を込めたのを、斗真は見た。
「わ、わる……く……ない……」
次の瞬間、女の子は悲痛な声を上げた。
「おかあさんわるくないよお」
叫ぶように、女の子は訴える。
「わるくない……。ごめね、ごめんね……おかあさん……ごめんなさい、ごめんなさい……」
何度も、何度もかぶりを振り、女の子は「ごめんなさい」を繰り返した。
斗真のものだけでなく、その場にいた全員の視線が、女の子に向いている。
やがて、女の子は男性に抱きかかえられたまま、向こうの廊下へと連れていかれた。
斗真はしばらく、そこから目を離すことができなかむた。
後ろから、肩を叩かれた時、自分でも驚くほどに、その場で、ビクリと飛び上がってしまった。
「湯川斗真さん?」
振り返ると、受付担当の女性が立っていた。ここに来た時、斗真の受付を担当してくれた人と同じ人だった。
「は、はい……」
斗真はどぎまぎと頷く。
「次、どうぞ。あちらのお部屋です」
女性は斗真の動揺に気付いていないかのように、愛想の良い笑みを浮かべた。
斗真は女性の手が向く方を見て、「あ……、はい」と、頷いた。
荷物を持って立ち上がると、斗真は、軽い立ち眩みを覚えた。
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