June Story11
大雨の放課後。優樹菜は、勇人の姿を探していた。
放課後、優樹菜は校内を歩き回っていた。
何処かにいる、勇人を探しているのだ。
普段は、放課後に勇人と遭遇できれば無理矢理に近い形で本拠地まで連れて行くのだが、見つからなければそのまま一人で向かうというのが大抵なのだが、今日は事情が違っていた。
生憎、外が大雨なのだ。
今朝、登校時に見かけた時、勇人は傘を持ち歩いていなかった。
教室を出る直前、窓の外を見てそれを思い出した優樹菜は、傘を持ってきていたことに加え、折りたたみ傘を持ち歩いている自分が、勇人にどちらかを貸してあげるべきだという思考に至った。
教室のある2階から1階の玄関に下り、下駄箱に勇人の外靴が入っているのを確認してから、再び2階に上がり、隅々まで探したが、勇人の姿は見当たらなかった。
それからは3階、4階へと上がったが、見つかる気配すら、感じられなかった。
(まさかとは思うけど……)
5階へと上がる階段を見つめ、優樹菜はその先に目を凝らした。
(屋上にいるわけ……、ないよね?)
授業に参加していない時に勇人が良くいる場所だが、こんな悪天候の時に選ぶ場所だとは到底思えない。
(でも、他にいそうなところも……、思い浮かばない)
ほんの僅かにも満たない可能性を、優樹菜は信じてみることにした。
5階には過去に使われていたらしい教室が幾つかあるが、そのどれもが物置部屋として現在は使われていた。中に入りきらなかった備品が、廊下にまで溢れている。
優樹菜はその間を通り、向こう端にある屋上に続くドアを目指した。
ドアの前に立つと、雨の音がうるさいほどに響いて聴こえ、下校時が思いやられた。
軋んだ音を鳴らしながら、重い扉を開ける。幾つもの水の粒がコンクリートに向かって打ち付けるように落ちているのが見えた。
(やっぱり、いないか……)
折りたたみ傘を鞄から取り出し、広げながら屋上に出る。
僅かに踏み出しただけで、頭上から激しい音がし、それだけ、一つ一つの雫が大粒で勢いがあるということが感じられた。
周りを見回してみるが、見えたのは四方を取り囲む金網だけで人の気配は感じられない。
優樹菜は中央まで進み、両端まで目を凝らし、完全にこの場所には自分一人であることを確認した。
勇人がここにはいないということが分かり、優樹菜は何処かほっとした。
中に戻ると、ほんの数分間だけ雨に当たっていただけなのに、傘の黒とブレザーの袖口の紺が、より濃い色になっていた。
扉の外に傘を出し、水滴を落としながら優樹菜はこれからの行動を考える。
勇人は電話には滅多に出ない。優樹菜が今すぐに伝えなければいけないことがある時に、しつこく何度もコールをした後に応答があるくらいだ。だが、この公共の場で勇人がどのような場所にいるのか知らずにそのような行動に出るのは非常識だろうと優樹菜は思った。
(とりあえず……、玄関行ってみよう)
傘を折りたたみ、ケースを被せる。
(まだ靴残ってたら、下駄箱に傘入れてってあげよう)
優樹菜はこの時、「もし勇人が先に帰っていたら……」という可能性をあまり深く考えなかった。
何故か、勇人はまだ校内の何処かにいるという確信に近い予想があった。ただ、何処かで勇人が“何を”しているのかについては曖昧なことしか思いつかなかった。
狭い廊下を早足で進み、優樹菜は1階に向かって歩き出した。
※
予想通り、勇人の外靴は残ったままだった。
優樹菜は玄関ホールでメモ用紙に傘が自分のものだと勇人に伝える文言を書いた。
矢橋くんへ
帰り傘使って
今度返してね
優樹菜より
持っていたヘアゴムで折りたたみ傘にメモを巻き付けて固定すると、優樹菜はそれを勇人の下駄箱に入れた。
そうしてほっと一息吐き、学校を出ることにした。
玄関を出て、傘を前に向けて開きながら地面にできた大きな水溜まりを見つめる。水面に映る水紋の数が雨の激しさを物語っている。
優樹菜は今から5分後に来るバスを待つべく、学校前のバス停を目指して歩き出した。
ブレザーを着ていても冷気が腕に伝わって来て、優樹菜は身震いをした。
早くバスに乗りたい。
バスに乗ってしまえば「與那海岸」バス停まで行くことができる。そうしてバスを降りれば拠地はすぐそこだ。
校門を出てすぐにある横断歩道は赤信号だった。そこから向こう側にあるバス停を見ると、放課から少し時間が経っていることもあり、並んでいるのは数人だった。
逢瀬高校は全校生徒約240人という比較的小さな学校ということもあり、あまり部活動が盛んではなく、放課になった瞬間に学校を飛び出す生徒が大半であった。そのため、放課の時刻である3時15分付近はバス停に大行列ができる。
優樹菜が横断歩道を渡っていくと、並んでいた女子生徒のグループが傘ごと後ろを振り返った。向かってきたのが同じ高校の生徒だと分かると、視線はお互いに向き、優樹菜の目には、赤や青の色とりどりな色が向けられる。優樹菜は彼女たちの後ろを通り、最後尾へと向かった。
前に並んでいるのは、件の女子グループ5人と男子生徒2人だった。優樹菜にとってはどちらも見覚えがなく、女子グループは2年生で、男子たちは3年生だろうと雰囲気から予想を付けた。
5人は円を作るようにして絶えず会話をしており、2人は向き合って笑っている。違って、優樹菜は一人でバスを待っていた。
この学校───私立逢瀬高校で優樹菜が“友人”と呼べるのは角元茜、ただ一人だった。
そんな彼女はいつも、「バイトに遅れる」と言って放課になった瞬間に学校を飛び出す。
優樹菜はというと、いつも「勇人を見つけて“ASSASSIN”に連れていく」ことを実行するため、茜と帰りの時間が合うということはほぼない。
そのため、優樹菜は大抵の場合、勇人と「帰宅」という名を被せてバスに乗り、本拠地へと向かう。
その間、茜といる時と同じように、もしくは前列の2人組のように会話をするかと言われれば、決してそうではなかった。
勇人は優樹菜が訊いたことにしか答えない。もしくは、優樹菜の言葉に反応を見せない。
優樹菜にとっては「一緒に帰る」という感覚であったとしても、勇人にとってはそうではない。
それでも優樹菜は日々、勇人を「“ASSASSIN”行こう」と、誘うことをやめようとは思わなかった。
今日も勇人を見つけられたら、傘を渡してそう言うつもりだった。
逢瀬高校の校舎を見つめ、優樹菜は1年生の下駄箱から一番近い、中央のドアから勇人が姿を現さないかと、淡い期待を浮かべる。その姿が見えたとしたら、バスを一本乗り過ごしたとしても、何の悔いもなく駆け寄ることができるだろう。
それを現実から切り離したのは目の前を通ったバスの車体だった。
重々しい動きと時代を感じさせる音で、ドアが開き、女子生徒たちが傘を畳みながら順に乗り込んでいく。
待っていたはずのバスを「もう少しだけ遅れて来て欲しかった」と感じながら優樹菜は男子生徒の後ろに続いた。
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