表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
52/341

June Story9

父と息子の間にある、深い確執───。

 矢橋亮助は車に鍵を掛け、自宅の2階を見上げた。


 一番左の部屋のカーテンは開いたままで、室内に電気は点いていないようだった。


(帰ってないのか?)


 亮助は腕時計で時間を確認する。


 時刻は午後7時になったばかりで、亮助にとってはここ数日の中で残業が少なく済んだ日であった。


 ドアを開けると、家の中は真っ暗であることが分かった。


 手探りでスイッチを探し、玄関の明かりを点ける。


 三和土(たたき)には白いスニーカーが、無造作に脱ぎ捨ててあった。


 亮助はそれを揃えて置きなおし、自分の靴を脱いで廊下に上がる。


 リビングに入ると、窓があるお陰で玄関ほどは暗くなく、明かりを点けなくとも歩けるくらいの明るさはあった。


 鞄を床に置き、台所へと向かう。


 そして、亮助は小さく息を吐いた。


「……食べてない」


 呟く声が静まり返った室内に響く。


 作り置きしておいた料理の皿が、シンクに包装をかけた状態のまま、置いてあった。


 スーツの上着を脱ぎ、亮助は2階へと上がった。


 階段を上がって、正面に見える、2階の奥の部屋のドアは閉まっていた。


 亮助はドアの前に立ち、


「開けるぞ」


 と、声を掛けてからドアを開けた。


 中に入って、声を掛ける必要は無かったことが分かった。


 時計の針が動く音と、微かな息遣い───亮助の耳に、その2つが響く。


 部屋の左端にある勉強机を見て、亮助は答が返ってこないと知りながら、


「……疲れてるのか?」


 と、問いかける。


 やはり、答はなく、亮助は机にうつ伏せで眠っている勇人に近づいた。


 勇人は制服のままで、亮助の目線から、(うなじ)がはっきりと見える。


 少しだけ、シャツの襟を捲ると、勇人の首と右肩の境目に、円形に窪んだ痛々しい傷跡があり、亮助はそれを見て、いつも同じことを考える。


 この傷跡を消す方法はないのだろうか───と。


 亮助は足元にあるクリアケースの蓋を開けた。


 透明なビニール袋を取り出し、中に入っているものの内の、1つを取り出す。


 注射器に似た形状をした、黒い色をした容器にプランジャーが付いている器具。


 実際の注射器よりも太く、針は内部に入っているのだが、聞いたところによると、これは自作品らしい。亮助の前妻の妹───河井すみれから貰っているものだった。


 すみれはこの器具について、亮助にこう説明した。


 名称は˝NTI˝。中には能力によって調合された、栄誉補給剤が入っている。刺した際の痛みはほとんど発生しない。先端の黒いゴム部分と容器の境目には円形のダイヤルがあり、それを回すと針が押し出されてくる。ただ、簡単に使用するには刺す前に針を出すのではなく、先端を皮膚にあて、それから針を出した方が良い。


(それから)


 亮助は窓に向けって歩き、カーテンに手を掛けた。


(……針を刺すのは皮膚が薄くなっている部分がより適している)


 カーテンを閉めると、室内はより暗くなり、亮助は机の上にある間接照明を点けた。


 そして、そっと勇人の肩に手を触れる。


 傷跡に˝NTI˝の先端を垂直に当てる。


 ダイヤルを回すと、「カチカチ……」と音を立て、針が勇人の肩を貫通していくのが亮助の手にも伝わって来た。


 ダイヤルがこれ以上回らないことを確認すると、亮助はゆっくりとプランジャーを押した。


 容器に入った液体が流れていく音がし、段々とブランジャーが固くなって行く。


 亮助はそうして、全て押し切ると、今度は引いて元の状態に戻し、弱い力で慎重に針を抜いた。


 使い終わった˝NTI˝をクリアケースの中にある黒いビニール袋の中に入れ、ケースの蓋を閉める。


 一連の流れの中、勇人は何も目に付くような反応を示さなかったが、部屋に入って来た時と比べて、息遣いに僅かに変化があることに亮助は気が付いていた。


「……そのまま寝ないようにな」


 亮助は勇人のシャツの襟を戻しながら言った、


 そして───勇人の髪に手を触れようとして、直前で躊躇い、手を下ろす。


 言葉で言い表すことができない感情に支配され、亮助はそれを拭いきれぬまま、体をドアの方に向けた。  


 そうして、そっとドアを開け、一度振り返り、


「……飯、下にあるからな」 


 そう言い残して部屋を出た。


 ドアをそっと閉めて人知れず息を吐きだす。 


 勇人に対してではない。自分自身に───落胆したのだ。


 重い足で下に降りようかと踏み出した時、爪先に何かが当たった。


 目を向けると、壁に茶封筒が立て掛けられて置いてある。

(何だ───これ)


 手に取ってみて、すぐに検討がついた。


 裏面の下部に、「私立逢瀬高等学校」の文字が印刷されている。


 郵便ではなく、直接手渡しで届けられたのだろう。封は開いていた。


 中身を確認すると、ルーズリーフが数枚と、数学の問題が書かれたプリントが2枚入っていた。


 亮助は立ったまま丁寧に授業の板書がまとめられたルーズリーフを見つめる。


 これを届けてくれたのは───中野優樹菜だ。


 勇人の幼馴染で、舞香の娘であり、“ASSASSIN”のメンバー。


 そうともなると、自然と亮助は優樹菜と接点を持てそうなのだが、実際には亮助の方から会いたいと思っていても、中々会わないというのが現状であった。


 舞香に伝言を頼むこともできるが、亮助は直接、優樹菜に感謝を伝えたいと思っていた。


 そう思うほどに、中野優樹菜は勇人に、力を貸してくれている。


 亮助は勇人の部屋のドアを振り返り、思考を巡らせて、視線を逸らした。


 そして、封筒を手にしたまま、階下へと向かった。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ