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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
三回戦 怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦
16/16

名探偵、皆を集めて、『さて』と言う

いつもありがとうございます。

 誰もいない廊下に、ブルーのドレスをまとった女性が倒れていた。丁寧に結い上げられた髪や美しいドレスに乱れた後はほとんどない。

「朱美さん、しっかりなさってください!」

 岩村は彼女に外傷がない事を確かめながら、彼女の頭を膝にのせた。

「い……岩村さん?」

 彼女はうっすらと目をあけ、胸元に手を当てる。彼女の手が空をつかんだ。

「……シリウスの瞳がない?」

 朱美の唇が震えた。

「大丈夫。きっと取り戻しますよ」

 探偵、岩村幸彦の眼光が鋭く光り、朱美に静かに頷いた。



 大騒ぎになった。

 ただでさえ、停電、花瓶が割れるなどというハプニングが起き、ざわついていた会場に、朱美の持っていた『シリウスの瞳』が奪われたのである。もっとも、花瓶が割れたのは別として、『シリウスの瞳』が奪われるのは予定通り。ただし、本来、『花瓶に入っている』ハズのソレは、現在、シャンデリアの上でキラキラ輝いている。

――意外と、誰も気が付かないのね……。

 私は、ふっと天井を仰ぐ。アレをどうするべきか頭が痛いが、とりあえず浅田は原作通りに動かねばならない。

 ここから、もう一場面、浅田は大事な場面がある。クライマックスに向け、イベント目白押しなのだ。悩んでいる暇も、徹や真奈さんに相談する暇もない。

 岩村や栗山財閥関係者による持ち物検査を終えると、私は、船長から副船長へ伝言を預かり操舵室へと向かう。

 私はやや揺れる甲板を操舵室に向かって歩いていく。

黒い人影が、視界の端を通り過ぎた。予定通りだ。


 浅田は、ふと夜の甲板を歩く人影を視界の端に捕え、首をひねった。波はやや荒れ気味であるし、夜風も強い。

 船室に入るように注意しようと、浅田が影を追ったその時、船尾の方で、何かが海に着水するような音がした。慌てて、浅田は音のした方角へと急いだ。暗闇にボートのような影がみえた。

 浅田は近くにあった懐中電灯で船が作った白波の向こうを照らす。

闇の向こうに、一瞬、ボートが見えた。人影は確認できなかったが、船からどんどん離れて行っている。

「誰か!」

 浅田が大声で人を呼ぶ。その声に人が集う頃には、もうそこには、闇に溶けた空と海があるだけであった。



「それでは、水音を聞いたあなたが駆け付けた時、救命ボートが見えたのですね?」

 岩村の問いに、私はこくんと頷いた。

 夜が明けて。出航して、四日目を迎えた。波が荒れていて、船が揺れる。昨晩のこともあるのであろう、娯楽に興ずる人の姿はまばらで、乗客たちのほとんどは船室に籠っているようだ。

 片付けやら、調査やらが一通り終わった午後、私は、談話室に呼ばれて、質問を受けている。

 部屋には、岩村の他に、弁護士の安村と栗山保が立会人として同席し、空気が重々しい。ちなみに。どこにでも出没していた船長は、さすがに波が荒れているため、操舵室で『本業』に精を出している。

「それで、そちらに懐中電灯で照らして、何が見えましたか?」

「ボートが見えたように思えました」

 私は正確に応えていく。嘘をつく必要は全くない。

 これは、『船から誰かが逃げだしたかもしれない』と思わせる、サラマンダーのトリック場面である。

 もちろん、私は誰も『船から降りていない』ことは知っているが、『ボートの影を見た』のは事実だ。

「犯人が、シリウスの瞳を持って逃げ出した、ということでしょうか?」

 安村が深刻な顔で、岩村に問う。そんなことはない事は承知なくせに、徹も役者である。

「もしそうだとしたら、犯人は非常に無謀な奴だと思われます。海は時化始めていて、しかも陸から非常に遠い場所にある。船から逃げ出しても、遭難してしまう確率が高い――とりあえず、乗客や乗組員で『いなくなった』人間がいないかどうか、調べないといけませんね」

 キラリと目を光らせながら、岩村が原作通りのセリフを吐く。

「乗客と乗組員の名簿を用意していただくよう、船長にお話を」

 岩村に言われて、私は席を立った。

「私も行こう」安村が私と一緒に席を立ち、廊下に出た。

「……どうなっている?」

 二人になった段階で、開口一番に徹がそう言った。

「シャン――」

 私が口を開こうとしたら、

「浅田さん」と、声をかけられた。振り返ると、そこに梨田晶が立っている。

「お怪我はありませんでしたか?」

 紳士的な優しい笑みを浮かべて、彼はそう言った。

「ええ、大丈夫です」

 笑顔をひきつらせながら、私は応えた。

――私が、シリウスの瞳を見つけたこと、バレた?

 もし、ここでシリウスの瞳の場所をサラマンダーが知ったら、どうなのだろう?

 原作では、岩村幸彦がトリックを見破って、サラマンダーは花瓶から回収できずに終わる。

 花瓶は衆目を浴びる位置にあり、なかなか回収できなかったからである。

 岩村がシリウスの瞳をみつけたきっかけは、船がぐらりと揺れた時、たまたま花瓶からカラリという音がしたのを聞いたからだが……もはや、その花瓶はない。

 ちなみに、その事実を知らなければ、梨田は『乗客』にもかかわらず、割れた花瓶の清掃も積極的に手伝ってくれた『良い人』である。

「……すみませんが、彼女と私は、仕事中でして」

 安村がやんわりと頭を下げた。

「そうですか。また、ぜひ紅茶をお願いしますね」

 梨田は愛想よく笑い、私を見送る。私は内心どぎまぎしながら頭を下げて、安村の後を追った。どんな展開であれ、取りあえず、梨田が『シリウスの瞳』を手に入れるのはマズイ。下手に会話をすると私がシャンデリアの上に放り投げたことがバレてしまいそうだ。対策が決まるまでは、沈黙が一番である。

「……場所はわかっているのだけど、どうしたものかわからなくて」

 私は、梨田から離れると、安村に小声でそう言った。

「もはや、選り好みせずに、思い切ったほうがいいと思うが」

 安村がため息をつきながらそう言った。つまりだ。勝利条件、その2。梨田晶を岩村幸彦が捕まえるという禁断のエンディングをめざそう、と言っているのだ。

「……私はそういうの、あまり好きじゃないかなあ」

 私がボソリ、とそう言うと。

「何が好きじゃないの?」

 後ろから、声が降ってきた。船長の岸田だ。

「せ、船長?」

 私は、びっくりして振り返る。岸田の目がギラリと、安村の方を見た。

「あ、あの、乗客、乗員名簿を岩村さんが欲しいって。全員の安否確認をしてほしいとのことです」

 岸田はニコリと笑い、手にしていたファイルを私にくれた。

「乗員は全員、既に確認済みだから。ところで、安村弁護士やすむらせんせいは、何の御用で?」

「彼女に付き添ってきたのですが、いけませんか?」

 ムッとしたように、安村がそういうと、船長の岸田は首を軽くすくめた。

「あなたは朱美お嬢様の『婚約者候補』でしょう? お嬢様のおそばにいるべきではないのですか?」

「そうおっしゃる船長、あなた『も』、そうではありませんか?」

「私は、業務がございますから」

 ギロリと、睨み合いながら、二人の間に火花が飛び散る。この前も思ったが、この二人、とても仲が悪い。確かに設定的には、二人とも朱美の『婚約者候補』で、文字通りライバルである。しかし、設定はどうであれ、安村は『テンプレ戦士』で、岩村と朱美の恋愛の邪魔をする気は全くないのであるから、同じ当て馬の岸田と張り合う必要は全くないはずである。

「あ、えっと。船長、そう言えば、国広さまのご容態はどうですか?」

 私は、息苦しくなって、つい口をはさんだ。

「外傷はないようだから、たぶん、大丈夫だろう」

「私、謝罪にうかがったほうがよろしいでしょうか?」

船が揺れたこともあるが、一応、私が突き飛ばしたのが原因である。もともとは、国広のセクハラ行為がきっかけであるので、あまり罪の意識はわいてこないのだけれども。

「謝罪に行くなら、明日の方がいいだろう。一応、安静が一番だそうだから、今、興奮させてはマズイ。私も一緒に行こう……浅田君、一人で行ってはダメだ」

「そんなに……怒っていらっしゃるのですか?」

 もともと暴挙に出たのは国広の方ではあるが、なにしろあっちはお客様。こっちはただのウエイトレスである。

「責任問題になると厄介だな。私も行こう」

「それにはおよびません。浅田は私の部下ですし、この船の中での出来事は『私』に責任があります」

 岸田はそう言って、どこか勝ち誇ったような笑顔を安村に向け、安村は苦虫を噛み潰したような顔をした。


 五日目の昼、私は船長と一緒に医務室へ訪れた。部屋には他に誰もいなかった。

 医務室に常勤している医者は、現在、朱美の自室の方へと往診にいっているらしく、国広は、とりあえずベッドに一人で寝かされていた。

 国広は、目を閉じて寝ているようだった。一応、頭に包帯を巻いている。ほんの少し、額を切ったらしい。さすがにレントゲン等は船にない。頭を打った可能性がある以上、念のため、絶対安静なのだそうだ。

 私がそっとベッドの傍らに立つと、国広が『カッ』と、目を開け、私の腕をぐいっと引いた。

「え?」

 事態が理解できないまま、私は国広に引っ張られて、ベッドの上に倒れ込んだ。目が血走っている。

「国広さんっ!」

私の声は、聞こえていないようだ。国広は獣のように呻きながら、物凄い力で私をベッドに押さえつけ、首を絞められた。苦しい。

「やめろっ! 国広!」

 岸田が慌てて、国広を制止しようと羽交い絞めにしようとするが、酷く暴れる。おかしい。普通の状態ではない。

 国広の目が、血走っていて……私の意識が遠のいていく。

「理奈っ!」

 岸田の鋭い声が飛んだ。理奈って呼ばれた?

『カオスリーン様の御名で放逐を命ず!』

岸田の言葉が響き……時が止まった。



 眩しい光が放たれて、視野が戻ってくる。

 ここはいつもの作戦室。私は、布団の上に寝かされていた。

「何が……おきたのですか?」

 身を起こしながら、辺りを見回すと、心配そうなテンプレーナ様と目があった。

「簡単に言うと、カオスの雫が暴走したの。カオちゃんからの連絡では、調合ミスらしいけど」

 私の背をさすりながら、テンプレーナ様は首を振った。

「敵の戦士に救われるって、すごいことよ、理奈ちゃん」

 真奈さんがそう言って、お水を私に渡してくれた。

「……何を考えているンだ? あいつは」

 徹が理解できない、と首を振る。

 私は、締められていたはずの首に手をあてる。もちろん、物語の中で死んだとしても、私の魂が消失する訳ではない。それでも、死への恐怖は本物で……身体が震える。

 本来ならば、カオスの戦士が私を救う必要は全くない。

 あの時。確かに、岸田は私を理奈と呼んだ。

 彼は、私を『理奈』と知っていて、止めたのだ。私は、岸田啓二の、黒い瞳を思い浮かべる……あれは。

「玲人……」

 私は、懇親会で会った端正な顔を想い出していた。



 ゲホッ。

 浅田の身体に戻った、私は、何度も咳をした。

 さすがに、意識が遠のきかけるほど首を絞められた後である。快適とは言い難い。

 船長の岸田は、私の背を優しくなで、冷たいタオルで私の首を冷やしてくれた。

「大丈夫か?」

 私が頷くと、少しだけほっとしたように一瞬だけ岸田は笑みを浮かべ、そして「俺は仕事に戻る」といって、立ち上がった。

 私は、慌てて、後を追う。横から見あげる岸田の表情から笑みは消え、硬く厳しいものになっていた。

 敵の戦士を助けたことは、彼にとっては苦渋の決断だったに違いない。いくら勝利条件に関係ないとはいえ、カオスの雫は、カオス側の大事なカードである。彼は、彼だけの判断で、それを放棄したのだ。

「あの……ごめんなさい」

「理奈が責任を感じる必要はない」

 岸田はそう言って、首をすくめた。 

「俺……生前は、レスキュー隊にいてさ」

 岸田啓二、否。玲人はそう言った。口調が、既に船長のものではない。

「土砂災害の救助に行ったとき、もう一度土砂崩れが起きてね。自分もまきこまれたわけ」

 淡々と語る、言葉が苦かった。

「……目の前にいた、助けるべき人間も助けられずに、あっさりとね」

「玲人」

 私は、そっと彼の手に触れた。

 本来、私達戦士が、物語の中で、戦士本人の自分語りをすることはないが……戦士たちはみな、『死』を体験している。『生きて』いない私達は、ある意味、生きている者より『生』への執着が強いのかもしれない。

「あの……ありがとう」

 私は交通事故でほぼ即死であった。死を意識した瞬間の記憶は、ほとんどない。そういう意味では、私はしあわせなのかもしれないな、と思う。

 そういえば、玲人は。あの時は廉次だったけれど、疾風の命を必死で救っていたな、と思う。

「……カオスリーンに、何か言われなかった?」

 私は、不安に駆られながら玲人に問う。玲人は、ニコリと笑った。

「何も。運命を変えるのが、俺たちの仕事だから」

 玲人はそう言って、私の手を握り返した。

「カオスの雫は、選んだ対象の本来の思考を捻じ曲げる関係で、暗い感情を加速させることがある。しかし、それは、カオスリーン様の本意じゃない」

「そうなの?」

 玲人は私の手を引きながら、『立ち入り禁止』と書かれた大ホールの扉を開いた。

「意外に思うかもしれないが、カオスリーン様は、ハッピーエンドが好きでね」

 パーティの行われた大ホールに、玲人は私を招き入れた。ホールは、花瓶の残骸や料理などは片づけられたものの、テーブルなどは海上警察が到着するまで、そのままにしてある。

 この辺の扱いが原作でどうであったかは、私の記憶にはないが、それほど変わってはいないであろう。

 このホールは船の底の方にあるため、窓は天井の方に僅かにあるだけ。そこから、明るい太陽の光が差し込んでいて、キラキラとシャンデリアが輝いて見える。部屋は明るいとは言えず、しんと静まり返った中、玲人は私の頬に手を当てた。

「生きているときに、会いたかったな」

 ボソリ、と、玲人は呟く。じっと見つめられて、私の胸が早鐘を打った。どうしたらいいのか、わからない。

「この手も、指も……俺のものじゃない」

 寂しそうに玲人がそう言った時、ぐらりと船が揺れた。

「うわっ」

 私は立っていられなくなって、玲人の胸に倒れ込み、玲人はそばにあったソファに倒れ込んだ。



 船長の岸田は、浅田の身体を抱えたままソファから、身を起こした。

「突風でも吹いたのか?」

 思ったよりずっと近い位置にあった浅田の顔に岸田の頬が触れたらしく、浅田の顔が熟れたトマトのように色づいた。

「す、すみません」

 浅田は慌てて、岸田から身を離そうとしたのを、岸田はぐっと引き寄せる。

 びっくりした顔の浅田の肩越しに、天井のシャンデリアがキラリと輝いたのが見えた。

 岸田は、少し残念そうに首を振り……そして言った。

「浅田君、関係者を集めてくれ……謎はすべて解けた」




 翌日。

ホールに集められたのは、探偵の岩村、栗山保、栗山朱美。そして、雪野さゆり。梨田晶に野城達郎。家庭教師の高城に、顧問弁護士の安村、船長の岸田、そして私という面々である。

 名探偵、皆を集めて、さて、と言い……という場面であるが、

「さて」と、言ったのは、船長の岸田であった。

「まず。皆様にご報告を申し上げたい。シリウスの瞳が、見つかりました」

 集められた者たちが騒めき、岸田はニヤリと笑った。

 本来、このセリフは、岩村幸彦のものである。しかし……もはや、私では、話を修正することはできない。

 下手な介入は浅田自身の身を危うくするからだ。

「どこに?」

「そもそも、犯人は誰?」

 栗山親子が口々に問うのを、岸田は目で制し、すらりと腕を伸ばし、シャンデリアを指さした。

「ま、まさか?」

 キラキラと輝く宝石が、シャンデリアにぶら下がっているのが見え、皆が騒めく。

「ど、どうして、あんなところに?」

 サラマンダー梨田も含めて。私と岸田以外の人間の目が、シャンデリアに釘付けになった。

「どうしてなのかは、私にはわかりかねます――犯人については、岩村幸彦さまのほうがお詳しいかと」

 岸田の言葉に、シャンデリアをあんぐりと眺めていた岩村は、我に返ったようで、ふうっと溜息をついた。

 咄嗟に、犯人の推理を振られても、動揺したように見えない。さすがは名探偵である。ハッタリも、超一流である。

 岩村は、少しだけ思案するそぶりを見せ、軽く首を振った。

「では、ご説明いたします」

 岩村は口を開いた。

「実は、乗客名簿で、乗船の記録があるのにもかかわらず、現在行方がわからなくなっている人物がおります」

 岩村は、私の方をちらりと見た。

「こちらの浅田利乃さんが、事件のあった夜更けに、この船から、救命ボートをおろしたと思われる光景を目撃された――そうですね?」

 私は、コクリと頷いた。

「普通に考えれば、救命ボートで犯人は逃げ出した、と、思われます」

 岩村は私を凝視した。少し、怖い。

「さて。名簿に乗船の記録があるのに、現在、船のどこにもいないと思われる『渋沢』なる人物ですが……船室に荷物もなければ、隣室の乗客は一度も顔をあわせていない。これは、何を意味すると思われますか?」

 探偵風をピューピュー吹かせて、岩村が辺りを見回す。岩村の目が、梨田晶と合い、軽く睨みあう。

「渋沢氏の部屋は、浅田君の担当だったよね?」

 船長の岸田が、私の顔をちらりと見ながらそう言った。

 私は、ゴクリと息をのみ、思わず、弁護士の安村こと徹と家庭教師の高城こと真奈さんに視線を送る。二人とも、私をじっと見つめたまま、何も言わない。

 ここで、『渋沢』=『梨田』だと、私が証言すれば、勝利条件2は満たされる。

 私は、岸田の顔を見た。

――なぜ?

 その想いは、私の中を駆け巡る。私は、岸田に助けられた。でも、それとこれとは、話は別のはず。

 大切なのは、これが『物語』として、『美しい』か、どうかであろう。

 私の心は、決まった。

「私、出航した時、渋沢さんに会いました。金髪でサングラスをかけた方でした。昼食の時間をお聞きになって、お部屋に入室されたのを見ました」

「……本当ですか?」

 岩村幸彦の視線が痛い。……でも。浅田が証言するのは、『原作』どおり。たとえ、勝利がすり抜けていったとしても、私は、『浅田利乃』としては、正しいはず。

 私の言葉に、ふうっと大きく息をついて、朱美が笑った。

「岩村さん、宝石が戻ってくれば、私はそれでいいわ。犯人は海へ逃げたのでしょう? だったら、あとは警察に任せましょうよ。せっかくの船旅を、台無しにしてしまったもの。他のお客様には、僅かな間だけでも、楽しんでもらいたいわ」

「そうだな。船の旅を楽しんでもらうために乗っていただいたのだ。不快な思いで帰ってもらうのは、申し訳ない」

 栗山保は、朱美の言葉を受けて、そう言った。

「わかりました。そういうことに、致しましょう」

 岩村幸彦は、静かに目を閉じて、そう言った。



 朱美がダンスに興じている。相手をしているのは、弁護士の安村。

 岩村幸彦は、家庭教師の高城と何か話をしている。楽団に合わせて、情感たっぷりに歌い上げているのは、雪野さゆり。

 私はホールの片隅に陣取った、船長の岸田、梨田と野城に紅茶を入れ、自分も勧められるままに岸田の横に座る。

 職務的にはアウトだけれど……物語のエンディングが近い。

「ねえ、浅田さん、帰港したら、船を降りて、喫茶店でも開かない?」

 にっこりと、梨田がそういった。つい頷いてしまいたくなるカッコよさである。

「……やめてください。浅田は、この船の大事なクルーです」

 岸田が不機嫌そうにそう言い、紅茶を飲みほした。

「今回は諦めるよ。でも、次回は、譲らない」

 謎のセリフを吐きながら、野城は紅茶を口にする。

「船長、そろそろ、操舵室に戻らないと?」

 私がそう言うと、岸田はくいっと私の身体を引き寄せて、頬にキスをした。

「え?」

 真っ赤になった私に、「お礼くらいもらってもいいだろう?」と、小さな声で、岸田が呟く。

 そして……私の意識はゆっくりと、浅田から遠のいていった。


『怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦』

 勝利条件、未達成。カオス側の勝利。


 物語のその後の歩み


岩村幸彦 探偵業を続ける。サラマンダーとは宿命のライバル。

栗山朱美 雪野さゆりと組み、音楽家として大成。

梨田晶  怪盗サラマンダーとして暗躍。

野城達郎 サラマンダーの片腕として、地味に暗躍。

高城   岩村と恋仲になる。

安村   朱美と婚約。栗山財閥を支える。

国広聡  事業に失敗し、コンビニの店員として生計を立てる。

栗山保  栗山財閥をさらに大きくする。

岸田啓二 豪華客船プロキオン船長として、大海を旅する。

浅田利乃 豪華客船客室乗務員として、大海を旅をする。岸田に強引に迫られて、婚約中である。


 拙作をお読みいただき、ありがとうございました。

『テンプレートは好きですか?』は、一端、ここで『完結』とさせていただきます。

『えー? 終わってないじゃん!』と、思う方もいらっしゃるかもしれません。

実際、この作品は、『エンドレス』エンド。本来、終わりのない戦いであります。

 また、機会がありましたら、続編を書くこともあるかもしれませんが、一度閉めることにいたします。

 このような趣味に走った作品を、お読みいただき、本当にありがとうございました。

 ご意見、ご感想など頂けると、滅茶苦茶喜びます。

 少しでも楽しんでいただけたのであれば、光栄です。


2016/5/19 秋月忍


 

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