妃
軍神が居なくなったのを見て、十六夜は一番奥の部屋へと向かった。思った通り、そこには結界が張ってある。元より月に結界は関係ないのですんなり中へ入ると、そこには美奈が座っていた。
「母上!」
美奈は、十六夜を見た。
「イサヤ!ああ…美月ちゃんが連れて行かれてしまって。何だか騒がしいし、案じていたの!」
十六夜は頷いた。
「美月は大丈夫です。オレと同じで、今は不死だ。それより先に母上をお連れしなければ…美月より、母上の方が救出が難しいのです。」
そう、美奈は結界に掛かるし、飛べない。明らかに難しい。しかし美奈は首を振った。
「私はもう良いのですよ。お父様に会えると、むしろ穏やかな気持ちでおるのですから。」
十六夜は眉を寄せた。
「母上…オレは知っています。父上は、やるべき責務を果たされたので命を落とされた。なのであちらの地へ向かわれたのです。母上も、もし責務を果たされていたなら、恐らくあの日、共にあの家に来られていて共に逝かれていたでしょう。あれから部屋にこもりきりであられた母上が、その後責務を果たされたとは思えない。恐らく、ここでは死ねぬでしょう。父上にお会いになるなら、責務を果たされるのです。ここでじっとして居てはいけませぬ。」
美奈は、衝撃を受けたような顔をした。
「そんな…私の責務とは、何なの?」
十六夜は、首を振った。
「分かりませぬ。皆それを探りながら生きるのです。世のために、自分が成せること…それをお考えになるのが一番かと。」
その時、気配が近付いて来るのを感じた。維月…それに、軍神か。
共に連れ出す事が出来るかもしれない、と十六夜が思っていると、結界が外れ、戸が開いた。
「!何者!」
維月を連れて来た軍神が構えた。十六夜は、冷静に手を上げた。
「やめて!」維月が慌てて叫んだ。「十六夜、スーラは三回龍封じを放った後なのよ!」
十六夜は、ハッとしてそのスーラという軍神を見た。よく見ると、冷や汗をかいている。十六夜はため息をついた。
「簡単に仙術なんかに手を出すんじゃねぇよ。龍封じは、命を削る術だ。盾の術に跳ね返される…ギリシュは知ってただろうが。」
維月が言った。
「義心が来ていたこと、知ってるの?」
十六夜は頷いた。
「気を読んでな。イスリークの気が無かったが…。」
維月は、視線を落とした。
「イスリーク様は記憶がないから…シンタにはめられて、回りの軍神からの術を受けてしまったの。それで下へ落ちて…」と、身を震わせた。「でも、息はあったわ。義心が助けあげて来た時に見たけれど、大きな怪我をしていたようには見えなかった。きっと、きっと、大丈夫…。」
震える維月の肩を、十六夜は抱いた。するりと簡単に手の拘束が取れる。
「ああ。イスリークは大丈夫だ。さあ、ここを出るか。」
スーラが、ふらつきながらも言った。
「行かせる訳には行かぬ。」と、手を上げた。「主らを阻止する。」
維月はスーラに言った。
「ダメよ!私がさっき補充したのはほんの少し。根本的に気が枯渇しようとしてるのよ!」
スーラは冷や汗を流しながらも言った。
「それでも、阻止せねばならぬのだ!我の使命ぞ。」
十六夜が、前に出た。
「駄目だ、維月。知ってるだろうが、軍神は王に絶対服従なんだよ。」と、手を上げた。「だが、殺すのは寝覚めが悪いしな。寝てな。」
一瞬だった。
スーラは、気を発する暇も無く驚いたような表情のまま、そこへくずおれた。十六夜は、スーラを見降ろした。
「変わらねぇな。神ってのは…いつの時も。」
維月は、頷いた。
「ええ。欲を追い求める王と、それに従うしかない軍神達…。こうして新たに繁栄しようとしているのに。過去の轍を踏むことにしかならないのかしら。また、黒い霧は私達の手におえないような事になるのかしら…。」
十六夜が、黙って維月の手を取って、美奈を促して連れて出ようとした時、目の前に軍神達数人と、侍女数人が現れた。十六夜が思わず構えると、突然に皆一斉に頭を下げ、足元に倒れるスーラを見て、二人の軍神が黙って運び出し始めた。そして、残った軍神のうち、一人が膝をついた。
「大変にご無礼を致しましてございまする、維月様、美奈様。我は次席軍神、サジル。王の命を受け、お迎えに参りました。」
十六夜がサジルを見た。
「…どういう風の吹き回しだ?シンタはこいつらを監禁しておるのではないのか。」
サジルは、十六夜を見上げた。
「そのような。只今、ルイ様が起こしになっており、維月様をお迎えに参られておりまする。我が王は、美奈様を妃にお迎えになりたいとこちらへお連れした由。それに、侍女だと思うておったかたがまさか龍王の妃であったとは…此度のことは、ただただ我らには戸惑うばかりのことでありました。イサヤ様には、こちらへ美奈様へご対面に参られたのでございますか?」
美奈が、小さく息を飲んだ。十六夜は、維月を見た。炎嘉が…四方丸く収めようとシンタに入れ知恵したのか。しかし、確かにこの略奪の世…そんなことがあってもおかしくはない。それに、そうなると維月が侍女ではなかった時点でイスリークへ詫びの知らせを送らなかったこと以外、シンタには何の落ち度もないことになる。イスリークも、攻め入ったことは正しい。本当ならば妃を奪われた時点で敵対行為とみなして、滅ぼしてしまうか自分の管轄下に置いてしまわねばならないが、これなら全て殲滅しなくても兵を退くことが出来る。神の世は、複雑なのだ。対面や、しきたり、力関係や、その他いろいろの柵があるのだ。それを皆うまくまとめる…。炎嘉は、前世よりそれを何百とこなして来た手練れだ。血を流さずに場を収めることの出来る能力を持つ、数少ない力のある王だった。
維月も、同じように思ったのか、ただ黙って十六夜を見上げている。侍女達が、進み出て美奈に頭を下げた。
「美奈様。どうぞこちらへ。お部屋へご案内致します。」
美奈は、助けを求めるように十六夜の方を見た。十六夜は、じっと美奈を見つめている。だが、何も言わなかった。
「美奈様…。」
維月が、たまらず小さな声で言った。十六夜も、やっと口を開いた。
「母上…オレも、シンタに話しを通してから、またお話に参ります。」
立場があるのだ。シンタが略奪婚の相手として美奈をさらったとしたら、それは神の世では合法なのであって、異議があるならきちんとした筋から話さなければならない。
美奈もそれを分かっているので、仕方なく侍女達に頷き掛けて、侍女達について出て行った。
それを見送ったサジルが、維月を見た。
「では、維月様は、これへ。ルイ様がお待ちでございます。イサヤ様は、いかがなさいまするか?」
十六夜は、答えた。
「オレは、維月と一緒に行かないほうがいいだろう。後で、シンタ殿に話しに参るとお伝えを。」と、維月を見た。「炎嘉なら大丈夫だ。考えがあるんだろう。オレは母上のことを国に話せねばならない。」
維月は、頷いた。
「ええ。また詳しく話して。」
十六夜は頷くと、そこを出て行った。サジルが維月に頭を下げた。
「では、維月様。ご案内致します。」
維月は頷いて、サジルについてそこを出て行った。




