交渉人
十六夜は、龍達が攻め入り、敵があちらに夢中になっている隙に、そっと王宮の裏側から地下へと、気配を探って降りていた。やはり美奈は母親のせいか、気が読み取りやすい。維月の気配は上にあったが、しかし維月は命を落とすことはない。なので、先に美奈を探して降りていた。
気を遮断する膜も、中に入れば関係なかった。膜の中は、本来狭くするべきなのだ。そうでなければ、中に入り込まれると、その中の気は普通に読み取れる。なので、人一人に限定するか、部屋一つ一つに膜を張る必要があった。
そういう所から見ても、シンタがまだあまり仙術に慣れておらず、策を講じるには急ぎ過ぎた事が見てとれた。
地下には、牢のように格子のついた、部屋がいくつかあった。ここはまだ、罪の軽い者を入れて置く場所なのは、十六夜にもわかった。
十六夜が慎重に奥へと足を進めていると、不意に何か上が騒がしくなり、大きなバタン!という音が聞こえた。何事かと慌てて維月の気を読むと、維月の気はまだ上にあり、激しく乱れていた。まさか、イスリークに何か…?!
すると、またバタン!と音が聞こえた。そのあと、たくさんの気がこちらへ向かって降りて来るのを感じ、十六夜は慌てて気配を消して身を隠した。
「急げ!一番下だぞ!」
軍神達が叫んでいる。十六夜がもっと下へと意識を向けると、そこにはギリシュの気がした。飛び回っているようだ。
捕らえられたのか?助けなければ。
咄嗟にそう思って行こうとした時、ギリシュの気が一気に上に向かって上昇し、放たれた。
再び今度はバタン!といった後破壊されるような音がして、ギリシュが上に飛び出したのがわかった。
わーわーと軍神達の声が、上からも下からも聞こえて来る。そのうちに、ギリシュの気が去って行ったのを感じた…維月の気がまだ上にある。つまりは、ギリシュは維月を目の前にしながら助け出せなかったのだ。
いったいどんな術を使っているのかと十六夜は思ったが、まだ軍神達が往来しているので、そのままじっとそこに潜み、美奈を救出する隙を伺った。
炎嘉であるルイは、宮へ降り立っていた。
その姿を見た軍神達は、慌てて回りを囲んだが、ルイは涼しい顔で言った。
「ほほう、礼儀を知らぬ。我は話しに参ったのだぞ?シンタはどこぞ。」
軍神達は、険しい顔で言った。
「王は誰にもお会いにならぬ!この有事に何を申す!」
ルイは、その軍神を見た。
「有事だからこそ、あれは我と話さねばならぬ。」と、向けられた刀を見た。「やめておけ。主らでは我には勝てぬわ。無駄に死にとうないであろう?我とて無駄なことはしとうない。」
ルイに視線を向けられただけで、その軍神は震えた。確かにこの気…勝てる気がしない。
「し…しばし待て。王にお伺いして参る。」
ルイは首を振った。
「良い。勝手に参るわ。シンタに、王の間で待てと伝えよ。」
ルイは、炎嘉の時に勝手知ったる宮の中を、迷いなく歩き出した。軍神達は、止めようと刀を振り上げた。
「勝手なことを!待て!」
ルイは、振り向き様手を上げる事もなく、軍神達を気で吹き飛ばした。壁や床に叩きつけられた軍神は、怯えた顔でルイを見た。
「まだ分からぬか。シンタでも敵わぬ我が、主らごとき触れる事も出来ぬわ。早ようシンタを呼べ!」
軍神達は、転がるように出て行った。ルイはため息をついた…ほんにあれで軍神とは、片腹痛いわ。
ルイは、王の間に向けて歩いた。
王の間は、見る影も無く破損していた。床板は吹き飛び、遥か下には針の山が見える。ルイはまたため息を付くと、そこを飛び越えてシンタを待った。
すると、そこへ必死な表情でシンタは飛び込んで来た。そしてルイを見ると、冷や汗をかきながらもフッと笑った。
「ルイ殿…何をしに来られた。我は主に用はない。」
ルイは微笑した。
「我にはあるからの。しかしまあ、大層な事をしでかしたものよな、シンタ。せっかくに落ち着いたと思うておったのに。甚だ迷惑よ。」
シンタはふんと鼻を鳴らした。
「案じずとも、ドミナスに何かするつもりなどないわ。」
そう、いくら探しても、ここの秘伝の巻物には鳥を封じる方法はなかった。イスリーク程ではないにしろ、王の力だけで見れば、このルイはかなりの大きな気を持つ。敵対するには、もっと策を練ってからだと考えていたのだ。
「ふふん。龍は封じられても、鳥は出来ぬであろう?」シンタが目を見張ったのを見て、ルイは笑った。「知っておるわ。あのなシンタ、主は我らには敵わぬ。かつてここら一帯に君臨した神の、生まれ変わりが我らぞ。記憶を持っておっての…こちらへ来て戻った。なので、主には我らに勝てぬ。イスリークとて、記憶を戻せば我でも勝てぬ。ほんに忌々しいことではあるがな。」
シンタは、ルイを見た。
「忌々しい?ならば我と組んで、まずは龍を滅ぼせばよいではないか。出来るはずぞ!」
ルイは、ため息をついた。そうか。わからぬの。
「仕方がないの…主はまだ若い。かつて同じ龍封じを使って、地を己が手にしようとした輩も居った。しかしあの術は掛けるのにかなりの気を要するのにも関わらず、あっさり解ける。しかも盾の術に長けた者には掛けられぬ。軍神達はそれで命を落とすのに、リスクは大きいの。イスリークは知らなんだゆえ不意を突かれて掛かったが、もう次はこうは行かぬ。それに…あれが前世の記憶を戻せば、無敵ぞ。知識は膨大で、そして容赦ない。イスリークは甘いが、かつての龍王維心は女子供に至るまで全て滅した非情の王ぞ。主を殺すだけでは済まぬ。全て目の前でなぶり殺しにされた上、主を最後に殺してくれと頼むまでいたぶるだろうよ。しかも、たくさんの神達の酒席の座興のように晒されて、見せしめとしてな。」
シンタは、ぶるぶると震えた。ルイはほくそ笑んだ。維心は確かに皆殺しにしたが、そんな風に殺しを楽しんではいなかった。だが、臆病なシンタには、これぐらい言うのが一番なのだ。
「だが…イスリークは我をもはや許すまい。」
ルイは、シンタが軟化したのを見て、言った。
「…そうよの、そこは困ったことよ…なぜに先に我に相談せなんだか。イスリークの妃が混ざっていたのは偶然であろう?主は美奈殿を見初めて、妃にしようとさらわせたのではないのか。ならば略奪の世、誰も文句は言えぬ。美奈殿は独り身であるしの。ま、その侍女だと思っておったのがたまたまイスリークの妃で、困ったことになって退くに退けなかった主の気持ちもわかるしの。」
シンタは驚いた顔をした。
「いや…しかしルイ殿…、」
ルイは、険しい顔で首を振った。
「シンタ、それが一番ぞ。美奈殿を妃に迎えよ。幸いあれは美しい。世の理は、それで丸く収まるのだ。一族を滅ぼされたくなくば、我の申し出を受けよ。」と、シンタを睨み付けた。「そうでなければ、我は我が兵と共に龍軍にくみしてここへ攻め入る。世を乱す者、放って置く訳には行かぬ。」
シンタは、その目に震え上がった。そして、力無く頷いた。
ルイは、微笑した。
「そうか。ならば妃をこれへ。イスリークの妃は我が連れ帰る。」
シンタは、もはや言いなりだった。すぐに軍神を呼び、維月を連れて来るように命じたのだった。




