仕切り直し
ギリシュは、暗い地下を降下しながら、気で光を発して必死にイスリークが落ちた先に目を凝らした。龍封じの術を掛けられると、全く気が使えなくなって人のように身動き取れなくなってしまう。
真下まで降りると、そこは剣山のようになった床だった。長く太い山形の針が、びっしりと床一面に上を向いて立っている。ここで、龍を殺そうと言うのか。いや、恐らく龍だけでなく、敵対する者達を王の間に呼び寄せ、力を奪っては床を開いてここへ落としていたのだろう。
「王!」
ギリシュは、イスリークが落ちただろう先を見た。すると、針と針の間、僅かな隙に横向きに身を差し込むようにして、イスリークが気を失って倒れていた。腕や足に少し切り傷があるものの、串刺しになってはいない。恐らく、咄嗟に落ちる時体勢を変えて、この形に落ちたのだろう。
「王、お気を確かに!」
「う…ギリ…シュ。」
イスリークは、僅かに目を開けた。良く見ると、頭からも血が出ている。この高さを落ちたのだ。他にも傷があるかもしれぬ。
「王、我の背に。我は、仙術を跳ね返す盾の呪文を前世習得してございます。すぐにあやつらも来るはず。一時脱出致しまする!」
イスリークは、首を振った。
「我より、美月…を。」
ギリシュは、イスリークを背に背負った。
「美月様のご希望でもありまする!まずは王のお体を!後は我にお任せくださいませ!」
ギリシュは、地下から軍神達が来ると考えて、再び上昇した。
頭上に見える床板を睨み付けていたギリシュは、いよいよという時に上に向かって気を発した。
「きゃあ!」
維月が声を上げる。床板が吹き飛んで、ギリシュはイスリークを背負ったまま再び王の間に飛び出した。
シンタの声が、慌てたように叫んだ。
「…戻りおった!」と、傍の軍神に叫んだ。「何をしておる!術を!」
しかし、先ほども術を放ったその軍神達は尻ごみした。この術は、大きな気を使う。連続して発するのは命に関わるのだ。その隙に維月を助けようとギリシュが動く。
「我がやるわ!」
スーラが叫んで術を放った。ギリシュは、盾の呪文を駆使してそれを簡単に凌ぐ。二度三度と放っても、それは同じだった。
「行って!」維月は叫んだ。「早く!イスリーク様を助けて!私は死なないわ!不死なのだもの!月に戻るだけよ!」
ギリシュは迷うようなそぶりをしたが、新たに入って来た軍神達を見て、さっと空中で身を翻すと物凄い勢いでそこを飛び出して行った。
「追え!逃がすな!」
シンタが叫ぶ。しかし、本気の義心相手にここの誰も敵わないことは、維月は知っていた。
シンタは、歯ぎしりして維月を振り返った。
「…余計なことを言いおって!滅してくれる!」
維月は、シンタを睨んだ。
「仙術など、皆知っておるわよ!気を遮断する膜も、破壊する術を知っているわ!あえてしなかっただけよ!それに私は死なないわ。月は不死よ!そんなことも知らないのね!私は、この身を失ってもエネルギー体としてここへ降りて来れるのよ。その方が便利なぐらいだわ!だって光に戻れるんだもの。誰にも私を捕えることなど出来なくなるわ!殺しなさい。大事な人質が、自由の身になるだけだけど!」
シンタは、握った拳を震わせた。月…厄介な女め!
「…地下へ放り込んでおけ!」
シンタは叫んで足音を立てながらそこを出て行く。
スーラは、龍封じの術を三度放って気を著しく失っていた。ふらふらとしながら、必死に維月を立たせ、促した。
「…さあ…戻るんだ。」
維月は、スーラを見た。
「あなた…無茶をし過ぎたのでは?」
皮肉ではなく、本当に気遣っているような維月に、スーラは戸惑ったような顔をした。
「我は筆頭軍神。これぐらいの気は、ある。」
しかし、確かに気を消耗しているのは確かだった。それも、かなり厳しいレベルまで落ちている。立っているのもやっとだった。
「駄目よ。他の軍神にやらせなさい。私には見えるの…このまま動いたら、あなたは気を完全に失うわよ。ここでこのまま、気を補充しなさい。心配しなくても、私はこのまま逃げられないわ。私はバカではないから、無茶しないわよ。」
スーラは、首を振った。
「王は我に命じられた。我がせねばならぬ。」
維月は、ため息を付いた。
「困ったこと…軍神って。」と、後ろ手に縛られた手を、器用に万歳の形から前にクルリと回した。「本当は見せたくなかったけど、これ少し緩いの。私の手首、この輪の中で回るのよね。だから、後ろに縛ってるつもりかもだけど、前にも回せるのよ。」
スーラは、驚いてそれを見た。
「主…そんなことを今我に言ってしもうて…」
維月は、苦笑した。
「仕方がないわ。二度も死んだら、いろいろ見捨てておけなくなっちゃって。」と、スーラに手を翳した。「少しだけよ?本当はイスリーク様にあんなことをした王に仕える臣下なんて、死んじゃえばいいって思ってるんだからね。」
フワッと湧きあがった気が、スーッとスーラに流れ込んだ。その気は、驚くほどに清浄で清々しく、一点の曇りもない美しい気だった。スーラは、その気が身を流れることで、何かが浄化されるような感覚がした。
「はい。これで、私を地下へ連れて行って、気が回復するまでは死なないわ。これ以上は補充してあげない。」
維月は、また手を後ろに回すと、ふいと背を向けた。スーラは、ためらいながら維月を連れて、地下の美奈を繋いである場所へと降りて行ったのだった。
「維心!」虎の宮脇へと到着したルイが、撤退して来た龍軍の先頭を、ギリシュに背負われて戻って来るイスリークを見て言った。「なんと!我が友のこんな姿を見るは前世今生共に初めてぞ!」
ギリシュは、頷いた。
「炎嘉様でありまするか?お久しゅうございまする。我が王は、龍封じの術に当たられ、このように。お命は助かってございますが、他の者なら一溜りもなかった。」
ルイは、頷いた。
「義心よの。ご苦労であるな。これはまだ若い。それに未だ維心の記憶を戻しておらぬ。ゆえ、あのような簡単な罠に掛かってしもうたのだ。維月を前に、この若い龍が後先など考えられぬであろうて。して、維月がどうであったか?」
ギリシュは頷いた。
「はい。お姿はお元気そうでありました。しかし、縛られて、マーラス王に囚われている。今生はまた人の体を使っておられるゆえ、月に帰るわけにも行かず、囚われの身に甘んじておられるようでありまする。自分は不死なので、イスリーク様を助けよと命を受けて戻って参りました。」
わらわらと治癒の龍達が寄って来て、イスリークを気で持ち上げると連れ戻って行く。その回りを、軍神達が囲んで、イスリークは龍の宮の方角へと運ばれて行った。ギリシュとルイはそれを見送った。
ルイは言った。
「…して、どうする?十六夜は何をしておるのだ。」
ギリシュは、答えた。
「自分は密かに維月様を探すと。正面から行っても、助けられぬと判断したようです。月の気配は気取るのが難しい。恐らく、十六夜は探し当てるでしょう。問題は、二人を連れ出せるかどうかです。」
ルイは、眉を寄せた。
「一人ならの。しかし、二人であろう。しかも、美奈殿は人であったのが神格化しただけ。力は弱い。そんなものを連れて、いくら十六夜でも気取られずに宮を出るのは不可能ぞ。何しろ、軍神がごろごろ居る。」
ギリシュは、頷いた。
「はい。力技では無理ようです。」
ルイは、宮を見た。
「…仕方がないの。我が参るか。我は、鳥であるから、龍封じの術のように面倒なものには掛からぬ。何よりの強みは、鳥には龍のような大きな力はないかもしれぬが、これといった弱点がないのよ。なので、突然に力を奪われてどうにかなることはない。昔、虎の王の蓮も、我にだけはどうにも出来ぬので口答えせなんだわ。もちろん、維心の力はどんな術でも操っておったゆえ、あやつの罠になど掛からぬし、維心にも逆らわなんだがの。イスリーク…友の力を持ちながら、まだ経験が足らぬの。早よう記憶を戻してくれねば、我が子守りをせねばならぬではないか。困った奴よ。」
ルイは肩を竦めると、宮へ向かって一人で降り始めた。
「炎嘉様!まさか、お一人で行かれるのですか?」
ルイは振り返って頷いた。
「それが一番良い。案じずとも、我に抗うことは出来ぬよ。それに、我は昔から口先だけは達者での。あやつを説得出来るのは、我しかあるまい。しかし、我が戻らなんだら、我が軍を率いてもう一度攻め込むのだ、義心。あやつらを盾にすれば、龍封じは使えぬ。分かったの。」
ギリシュは頷くと、そのルイの背を見送った。自分と同じように、前世維月を愛した炎嘉…。ならば、きっと助け出してくれるはず。
ギリシュは、炎嘉のことも、実は前世から密かに敬っていたのだった。




