突然に
美奈は、座ってじっと空を見上げていた。美奈は、死んでも良いのでイエンとの思い出が詰まった、あちらの城に残ると最後まで城から動かなかった。だが、十六夜が迎えに行って、無理矢理にこちらへ移したのだ。今の美奈には、あちらへ自分で飛んで帰ることなど出来ない。なので、こちらへ来てから、ずっと空を見てばかりだった。
「母上。」
十六夜は、美奈に呼びかけた。美奈は、ゆっくりと振り返った。
「イサヤ。…いえ、今は十六夜であったかしら…。」
十六夜は、苦笑した。
「どちらでも。どちらもオレです。」
美奈は、隣りの維月を見た。
「美月ちゃん…。」
維月は、微笑んだ。
「おばさま、お久しぶりです。お話し相手にして頂けないかと、イサヤに頼んでこちらへ連れて来てもらいましたの。」
美奈は、頷いて手を差し伸べた。
「いらっしゃい。あなたと話したら、少しは楽になるような気がするわ。」
維月は頷いた。そして、十六夜を見上げると、言った。
「では、私はここに居るわ。また、迎えに来てね。」
十六夜は頷いた。
「ああ。すぐ来るよ。夜はオレもこっちで寝るようにするから。今夜もあっちで話し合いが終わったら、すぐに来る。」
維月は微笑んだ。十六夜はそんな維月の頬に触れてから、美奈に頭を下げた。
「では、母上。また今夜参ります。」
美奈は頷いた。
「ええ、イサヤ。あまり無理はしないようにね。」
十六夜は頷くと、その部屋を出て行った。それを見送ってから、維月は美奈に歩み寄った。
「おばさま…いえ、美奈様とお呼びした方がよろしいですわね。」
美奈は、微笑んだ。
「どちらでも良いのよ。私も、あなたと同じように元は人であったのですもの…神の気を持っていた人だったの。私も、妹も。そして、王に見付けられて、愛されたのよ。」と、目を潤ませた。「美月ちゃん、私の悲しみがあなたには分かるかしら…私は、イエン様をとても愛していたの…。死する時も共にと、王はおっしゃっていてくださったのに。なのに…敵の手に落ちてしまうなんて…。私を置いて、一言も無く、逝ってしまわれるなんて…。ただ、イサヤに会いに行って参ると、いつもと同じように出て行かれたのに…。」
美奈は、溢れる涙を手で押さえながら、泣き崩れた。維月には、その気持ちが本当によく分かった。前世、維心が先に逝くと思った時、生きた心地がしなかった。いつもいつも、民のことばかり考えて、一人でさっさと出て行ってしまう…そんな維心を案じて、とても耐えられないと、維心から離れて出て行った時もあった。維月は、美奈を抱き締めた。
美奈は驚いたような顔をして、維月を見上げた。
「美月ちゃん…?なんだか、気の色が変わったみたい…。確か、イサヤを助けるために、一緒に月になったのだと聞いたわ。美月ちゃんも、もしかして何かが転生した姿なの?」
維月は頷いた。
「はい。美奈様、私は前世維月と呼ばれた陰の月。イサヤは十六夜と呼ばれた陽の月。私達は、陰陽でつながっておりました。それは、今も同じ。私達はこちらへ来て記憶を戻して、前世守ったこの地を、また守ろうと約束したのです。なので、美奈様のお気持ちはよく分かります…私達は、二度も死んだのです。でも、あちらで確かに会えた。そして、共に過ごしておりました。美奈様には、信じられない世界かも知れませんが、確かにイエン様は、あちらで待っておられまするわ。美奈様のことを…。」
美奈は、まだ涙を流しながら維月を見つめた。
「本当…?また、確かにイエン様にお会い出来る…?」
維月は頷いた。
「はい。それに、あちらからは力があればこちらを見ることも出来まする。イエン様は、きっとご心配なさって美奈様をご覧になっておられまするわ。だから、そのように悲しまないで。」
美奈は、維月に抱きついた。
「ああ…!早くお会いしたいの…!離れておるのは耐えられないわ…!」
維月は、美奈の嘆きが伝わって同じように涙を流した。きっと、私も一人取り残されたら苦しくて堪らなかったろう。いつも、共に来てくれたから…そう、いつも。十六夜と、維心様と共に…。
しばらく、そうして居たが、美奈が落ち着いて来たので、外へ出る事にした。ここへ来てから、一度も外へ出ていないのだという。
二人は、庭は荒れているので、宮の近くの森へ散策に出掛けた。
「まあ…これほど美しい宮であったなんて。」美奈が、森から見える白い、かつては白虎の宮と呼ばれていたその建物を見て言った。「ここの神は、相当に優れていたのでしょうね。」
維月は頷いた。
「はい。とても美しい白い虎で…王の志心様は、それは紳士的な優しいかたでした。それが、黒い霧に憑かれ、見る影もなく…」維月は、その時のことを思い出した。「正気に戻られた一瞬に、殺せと言われたのですわ。私には出来なかった。でも、その時の龍王とその血族は、命を懸けて霧に憑かれた全ての神や人を滅し、力尽きて逝きました。前世の私とイサヤは、残った黒い霧を全て滅するために全ての気を放ち、同じように死んで後を追いましたの。」
美奈は、感慨深げにじっと宮を見つめた。
「1200年も前に、そのようなことがあったなんて。それでも宮は、こうして残ったのね。」
維月は頷いた。
「はい。今は…ただただ神の宮々に、かつての神が居た頃が懐かしいですわ。それぞれの歴史を持ち、繁栄していたのですもの。でも…今、次々に転生して来た神達との再会を果たしています。皆、あちらでこちらの世を憂いて、いろんな術を駆使して記憶を留めたまま戻っております。なので、こちらも再び繁栄するのではと、期待しておりますの。」
美奈は、頷いた。
「そうね。私達がこちらへ来ることで、再びこの地の繁栄を促せたら…。」
二人は、美しく沈んで行く夕日を、しばらく二人で眺めていた。すると、維月が言った。
「さあ…暗くなってしまいますわ。宮へもどりましょう。皆が案じまするでしょう。」
そして踵を返すと、そこには見慣れない軍神達が立っていた。
「…まあ。帰りが遅いから迎えに来てくれたの?」
美奈が、険しい顔で維月の手を引くと、自分の後ろに隠そうとした。
「これは、我が国の軍神達ではないわ!」
「え?!」
維月は、驚いてその軍神達を見上げた。確かにかなり険しい顔をしている…何かを決意したような。ここには、レキヤの結界があるのに。つまりは、それを破れる力を持っている軍神達なのか。
睨み付ける美奈に、相手は言った。
「…これは、元王妃。このような場所におるとは、手間の省けたことよ。あなたに用があったのだ。共に来て頂こうか。」
維月は悟って、美奈の前に出た。
「そのようなこと!美奈様はご体調がすぐれないの。どこにも参りませぬ!」
相手は一瞬息を飲んで、じっと維月を見た。
「…なんと…変わった気の女よ。一瞬我を失いそうになったわ。」と、手を上げた。「良い土産よな。主も参れ。」
グイと何かの力に掴まれるのを感じたが、突然に美奈が維月を突き飛ばした。
「私に用があるのでしょう!ただの侍女です。私を連れて参りなさい!」
軍神は、美奈を気で掴んで持ち上げた。
「元より主は連れて参るわ。しかし、そやつもな。」
維月は、咄嗟に避けようとした。しかし、前の時とは違って、この体は実体を持つ。描いたようにすんなり動かなかった。
「きゃあ!」
二人は、軍神達に囲まれた。
「さあ、参ろう。これほど簡単に行くとは、やはり王のおっしゃった通り、移住の混乱の最中とは油断の多いことよ。」
美奈と維月は、それぞれ気で縛られた状態で、軍神達に小脇に抱えられて連れ去られた。その最中、維月は必死に月に向かって叫んだ。
「十六夜!十六夜助けて!」そして、なす術も無く、気で当て身を食らわされた。「維心…様…!」
維月は、気を失った。
「美月!」
美奈が叫ぶ。軍神はふんと鼻を鳴らした。
「なんとうるさい女よ。おとなしくしておったら手荒に扱われることもないものを。」
二人は、軍神達と共に夕闇の中へ消えて行った。
イスリークが、ハッと顔を上げた。今、美月が呼んだ…?
イスリークは、居間で巻物から目を離して月を見上げた。今、美月は月の宮に居る。自分の知らない、維月という女の記憶を戻して。同じく記憶を戻したイサヤと、同じ記憶を話し、そして愛さずにはいられないあの気を戻して…。
イスリークは、ため息をついた。愛している。確かに美月であろうと維月であろうと、自分の心は微動だにしなかった。だが、美月は違う。イスリークという自分ではなく、昔生きた維心という神を愛しているのだ。維月になった美月は、それは愛情深い目で自分を見た。一点の曇りもない、ただ愛しているという感情のみの慕わしい視線…。その瞬間、イスリークは我を忘れそうになったが、次の瞬間、悟った。これは、自分に向けられた愛情ではない。維心に向けられた愛情なのだと…。
イスリークは、未だ維心ではない自分を呪った。なぜに、自分だけ思い出さぬ。なぜに、自分は維心ではないのだ。ここの皆も、維心という神に心酔し、偉大な歴代最強最高の龍王だと誉めそやす。しかし、自分は維心ではない。イスリークという、ラミエナの王でしかないのだ。
イスリークは、また巻物に視線を落とした。維心…いったい真実どんな王だったのだ。それほどまでに完璧な、維月や美月にあれほどに愛されるほどの人格者であったのか。自分には、無理だ…。自分はこの自分でしかないのに。
イスリークの、巻物を持つ手は震えた。維心にならねば、美月に愛されない。だが、そんな神にはなれない…。




