表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

虎の宮跡

そこは、かつて虎の神が君臨し、そして時の龍王に反旗を翻して一夜にして討たれたという地の、跡に建てられた砦なのだという。

マーラスという、彼の地では並び立つラミエナとミリオナ、そして後に続くドミナスに続く、大国があった。それを治めていた王、シンタは、眉を寄せながら窓からの景色を眺めた。

本当は、分かっていた。人が愚かしい戦などを起こし、それにより草木を枯らしてしまう薬を撒き、そのせいであの地全域が汚染しつつあることも。

しかし、その薬剤は神である自分達にも対処のしようがないもので、命の気の枯渇も近いだろうことは、容易に推測出来た。しかし、民達全てを連れて移住出来る地などあるはずはないと、半ば諦めていた。バラバラに避難するよう申し渡すべきなのか、と考え始めていた矢先、戦のあった人の国の、真横に位置するドミナスが動いた。その時、マーラスも既に国土の三分の一は汚染されていた。ドミナスはこちらへは侵攻せず、やはり汚染の少なかった隣へと侵攻した。ミリオナを目指しているのは分かった。

その時、シンタは思っていた…この地は、全域が冒される。侵攻しても無駄だ。

人の世の大学へ留学していたことのあったシンタには、それが分かったのだ。しかし、他の国の王達には教えるつもりはさらさらなかった。皆滅ぶがいい、と思っていたからだ。そうすれば、遠い地で滅んだと聞いた神達と同じように、皆居なくなり、自分の一族だけになる。そして、誰も意を唱えなくなった所で、愚かしい人を廃して、どこなり良い土地へ移住すればいいと思っていたのだ。大国ミリオナもだが、何よりラミエナの王、ルーク・イスリークには絶対に逆らう事が出来なかったからだ。あの力を前に、自分が人を廃そうとすれば、恐らくこちらが消されてしまう。シンタはそう目論んでいたのだ。

それが、一転休戦となり、あろうことかこの地の全ての神を、かつての神の地へ移転すると言って来た。最初、そのような無謀な事をと一笑に附したシンタだったが、休戦した上この地の危機に気付いたイスリーク達に抗う術もなかった。民達を守るためにはと、その移住の案を受け入れた。

それは、一方的だった。国の序列に合わせて振り分けられたのは、見て明らかだった。ミリオナは静かで美しい景観の大きな宮へ、ドミナスは二番目に大きく南に位置するかつて鳥が守った地へ、そして龍族ラミエナは、かつての戦をも耐え抜いた、中央を大きく占める最強の龍王が治めていた地へ、それぞれ移住がなされた。

小国の王達は、何の不満も無く、美しく頑強な宮々に感嘆の声を上げ、感謝し喜んでいる。だが、シンタは違った。これでは、あの地と同じ。この国はやはりラミエナやミリオナ、ドミナスに押され、日の目を見ることはない。その国の王である自分も、永遠に地の王にはなり得ないのだ。

しかも、この地では神は人に干渉してはならないと言われ、力を見せることも自由には出来なかった。つまり公に、人の世に王として出ることは、もう無いのだ。

かつてこの地から、龍王に反旗を翻したという虎族の気持ちが分かった。この地に不満があるのではない。同じ王でありながら、指図を受ける事が我慢ならないのだ。

シンタは、立ち上がって空を見上げた。あちらに龍の宮があるはず。彼の地では大層に地の利があった龍軍も、突然に異国の地で襲われたらどうなるのであろうの。

シンタはほくそえんだ…そう、我の軍神達は、もう動いておるわ。今、油断しているこの時しか、もう機はなかろうよ。


美月は、もう維月だった。美月としての記憶は鮮明で、確かに美月であるのだが、それでも維月だった。なぜなら美月は、維月の曾祖母の名であったからだ。その名は、自分でありながら既に自分ではない…。そんな気がしていた。

イスリークのことは、敏感に感じ取っていた。イスリークにすれば、同じ体の別の女であるように思うのだ。イスリークが愛したのは、美月。なのに今は、維月という別の女になってしまったという感覚でいるのは、維月の陰の月の力が気取っていた。しばらくは、離れていた方がいい…。

維月は、そう思っていた。

「維月。」イサヤの声が呼ぶ。しかし、今の自分にとっては、十六夜だった。「お前、オレの人の母親に会いたいと言っていただろう?」

維月は頷いた。

「ええ。美奈さんね。イエン様が亡くなられて、心細いのではないかと思って。」

十六夜は頷いた。

「そうなんだ。一気にやつれちまって。オレも、結局は死んだ訳だろう。月になって命は繋いだが、母上にしたら別人だろうよ。」

維月は、下を向いた。それは、イスリークも同じ…。

「…じゃあ、今から連れて行ってくれる?」

十六夜は眉を跳ね上げた。

「今からだって?あのな、オレもここの結界だとか、蒼と話があるんだよ。そうそうここを離れられないんだ。」

維月は頷いた。

「だったら、自分で行って来るわ。別に襲われる心配もないし。」

十六夜は首を振った。

「お前、それ人の体だぞ?エネルギー体の時と同じように思ってたちゃダメだ。軽々動けないんだからな。捕らえられても、物理的に逃れられないんだぞ。光に戻れないんだから。」と、ため息をついた。「分かった。連れては行くよ。で、また迎えに行く。それでいいか?」

維月は頷いた。

「ええ。しばらく白虎の宮で滞在して来るわね。美奈さんの話し相手にしてもらうわ。」

「まったくお前は、変わらねぇなあ。」

十六夜は苦笑すると、維月を抱き上げて、離れた隣に位置する白虎の宮、今はミリオナの宮へ、飛んで行ったのだった。


維月は、懐かしくその宮を見た。かつて、志心に連れられて来た美しい宮。あの時は、維心と離れていても、念でやり取りしたものだ。立ち合いをした訓練場、歩いた庭…。今は、全てがまだ色褪せたままだった。

「やっとここまで来たんだ。」十六夜は言った。「最初は荒れ果てていてな。建物はさすがに神が建てただけあって残っていたが、他はボロボロ。次は庭師の仕事だな。」

維月は頷いた。

「そうね。1200年も放置されていたのだもの…よく建物だけでも無事だったこと。」

十六夜に連れられて中へ入ると、気配を気取った王のレキヤが慌てて出て来た。

「イサヤ!もう忘れたのかと思ったぞ。もう少し度々戻って来ぬか。」

十六夜は笑った。

「だからオレは月なんだよ。用があったら月に言いな。答えるから。」と、維月を見た。「オレの嫁だ。母上に会いたいというから連れて来た。お元気にしておられるか?」

維月は、苦笑した。こんな時は言葉がイサヤになる。混ざっているとはこういうことだな、と維月は思った。レキヤは答えた。

「相変わらずであられるよ。早くイエン様にお会いしたいとそればかり。確かに仲の良いお二人であったしの。分からぬでもないが。」

十六夜はため息を付いた。

「維月と話して、少しは気が晴れたらいいがな。」

維月は頷いて、十六夜について回廊を歩いた。レキヤが維月の顔を覗き込んだ。

「また維月と言ったの?美月ではないのか。それに…何やら、変わった気よ。珍しい…このような気、初めて感じる。」

維月が、困って十六夜を見た。十六夜が維月とレキヤの間に割り込んだ。

「こらレキヤ、いくら王だといって、維月だけは駄目だ。前世から、それはたくさんの神が維月維月と追い掛け回してな。だが、維月には維心とオレだけ。奪おうとしたら、いくらお前でも封じちまうぞ?」

レキヤは、慌てて両手を軽く上げた。

「おいおい、主の妃に手を出そうとは思わぬぞ。我ら従兄弟同士だろうが。」

十六夜はふーっと息を付いた。

「だといいがな。オレとイスリークだって従兄弟同士だしよ。」

レキヤは、ハッとした顔をした。そう言えば、美月はイスリークの妃、しかも正妃だと聞いている。それが、イサヤと一緒にこの宮へ、しかもイサヤの母親に会う為など来て大丈夫なのだろうか…。

しかし、イサヤと美月は、並んで仲良く美奈の部屋へと歩いて行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ