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月の人型

蒼が、不意に顔を上げた。

「…来る。」

イスリークは驚いて、蒼が窓越しに見上げた空を見た。きらっと光ったかと思うと、一つの玉は宮のどこかへ、もう一つの玉は見る見る人型になって、もう一つの光の玉が降りて行った方向へとそれを追って飛んだ。

蒼は立ち上がった。

「我の居間へ!」

蒼がここに来て初めて慌てた様子であるのに、イスリークも急いで蒼の後を追った。蒼は、走るのではなく軽く浮いて飛んで行く。イスリークもそれに倣って、宮の奥へと向かった。


そこでは、あの地の人型二人が、美月が起き上がるのを見守っていた。そしてもう一人、見慣れた体格の男がじっとそれを見守っている。蒼がその人型を見て、堪え切れないように叫んだ。

「十六夜!」

その男は、振り返った。

「…誰だ?初めて会った気がしねぇな、イスリーク。」

イスリークは頷いた。

「それは我も最初思ったことぞ。イサヤ、主か?」

相手は頷いた。

「月になったと美月から聞いた。しかし、オレはなぜだかこうして人型になる方法を、誰にも教わらなかったが知っているんだ。なんていうか、感覚で…。」

碧黎が言った。

「そうであろうの。魂の奥で覚えておるはず。何しろ、主が身を持ったのは、今生が初めてのことぞ。おそらく、あの滅んだ身よりも、こちらのほうが扱いやすいはずぞ。」

イサヤは、じっと碧黎を見た。

「…お前にも、見覚えがあるような気がする…。」

碧黎は薄く微笑んだ。

「なんとの。主にも情というものがあったのか。見覚えがあるだけでも、まずは重畳よの。」

イサヤは、訳が分からないと言う顔をした。美月が、頭を振って寝椅子から起き上がった。

「…なんだか、変な感じよ。初めてのはずなのに、何度もこんなことがあったような気がするわ。」

イサヤが微笑んだ。

「美月…。」

美月はイサヤを見上げた。そして、驚いたように口に手を当てた。

「イサヤ?!その、髪…、」

「え?」

イサヤは、自分の髪を触った。何かおかしいのか。

「青銀色になっておる。」イスリークは言った。「瞳の色は変わらない。主、その外見にしたのか?」

イサヤは、目を見開いて傍の鏡を見た。その、アッシュがかった暗い茶色だった髪が、青いような銀色に変わっていた。瞳は、以前と同じ、金色のような茶色だった。

イサヤは、自分の髪を触りながら鏡を見つめた。

「…何もしてねぇよ。人型になって降りて来たら、こうなってただけだ。」

蒼が、黙ってその姿を見ている。目は、薄っすらと涙を浮かべているようだった。

「月が戻った。今の世は、霧が少ないとはいえ、やはり全く発生せぬ訳ではない。今までは蒼が一人でコツコツ消しておったが、これからは主がおる。前のように手が付けられなくなる前に、地道に消して行くことぞ。」と、美月を見た。「それからの、維月。主は、もうあの人の家には戻れぬ。月になったからだ。人の両親の記憶は、我が操作して全て消した。主の生きて来た道は、ここで消えた。」

美月は、ショックを受けて絶句した。イサヤが慌てて傍に寄って、美月の肩を抱く。

「なんてことを!せめて一言何か話してからではいけなかったのか。」

碧黎は首を振った。

「それは出来ぬ。考えて見よ、こやつの存在は敵方に知られておる。こやつ自身は守られてこうして無事であるが、これから先、両親という人が居ったら、利用されて殺されるやもしれぬ。どのみち、もうあの家には戻れぬ…待ち伏せされておるだろうが。こうするのが、双方にとって最善であるのだ。人と神とは相容れぬ。まして維月の命は神。遅かれ早かれ神格化して、こちらへ来ねばならなかったのだから。それが少し早まっただけぞ。」

美月がぽろぽろと涙を流した。お父さん、お母さん…もう、私のことを覚えていないの。私は二度と、あの家に帰れないの…。

イサヤが、それを見て美月を抱き寄せて髪を撫でた。

「美月…すまない。オレが巻き込んだせいで、こんなことになっちまった…。」

美月は首を振りながらも、イサヤの胸に顔をうずめて泣いた。でも、こうしないと、父も母も命の危険に晒される。月にならなかったら、イサヤの命もなかった。自分が、ここで我慢して、頑張らないと…。

美月は分かっていても、それでも涙が止まらなかった。

イスリークが、控えめに言った。

「イサヤ、もう大丈夫なら、国へ帰らねばならぬ。我の結界にはまだ何の兆もないが、主のほうがドミナスに近いであろう。ルイは主の領地を狙っておるからこそ、イエン殿を滅した。力は使えるのか?」

イサヤは、何かを探るように空を見上げた。

「…軍を進めてやがる。」イサヤは言った。「もう、ドミナスの隣の小国、ミトは陥落している。なんだってあんながむしゃらなんだ?あいつら…気があれほど少ないってのに。」

イスリークが、眉を寄せた。

「気が少ない?」

イサヤは頷いた。

「ドミナスから出て来る者は、皆半分あるかないかの気だ。」と、涙ぐんだまま見上げる美月を見た。「つまり、腹ペコの状態だってことだ。」

イスリークが、怪訝な顔をした。

「侵攻するのに、命の気を補充しないで出て参るものか?侵攻先で取れば良いといったつもりか。」

蒼が、首を振った。

「それは、我も覚えがある。もしかして、ドミナスは命の気が枯渇しておるのではないのか。」

イサヤとイスリークが顔を見合わせた。そういえば…。

「最近のドミナスは、人の世との繋がりを強化して、救援物資なるものを受けておった。ようは、食糧援助ぞ。しかし、神が食する必要はないゆえ、なぜにと訝しんでおったのだ。」

イサヤが舌打ちした。

「くっそう、オレは国の情勢が全く分からねぇ。日本に居たから、こっちのことなら分かるが、あっちのことはお前に任せるしかないな。」

イスリークが頷いて話し出した。

「ここ最近になって、ドミナスが回りの国に侵攻をし始め、主の父王が抑え込んでおった。ドミナスの結界が強くなったのは、その少し前、中が全く見えないので、あちらの状態が分からぬのだが、人の世の小さな戦があの地であったの。ドミナスの隣に位置する人の国同士の諍いぞ。どういうわけか、その人の国では、今は草すら生えておらぬらしい。」

「そこはオレはわかる。人の世を学んでいたからな。それは、化学兵器が使われたからだ。要は毒を撒いたんだよ…敵国が生きていけないようにな。」イサヤは、顎に手を置いた。「…なら、ドミナスが影響を受けていてもおかしくはない…。」

美月は悟った。では、飢えから逃れようと、近隣の国を押さえようとしているのね。

蒼が言った。

「こちらでも、同じようなことがあった。神の王とは、臣下に下るのを嫌がって自滅の道を歩むか、それとも攻め込んで来るか、どちらかよの。助けて欲しいと一言言えば済むものを…ま、臣下達がそれを嫌がることもあるし、一概に王ばかりを責める訳にもいかぬが。我は結局、その王の一族を全てこの宮の領地の横へ移動させて、こちらの気を無尽蔵に与えたがな。全ては、あの戦で無に帰してしまったが。」

イスリークが眉を寄せた。

「…もはや、事情を知ったからと終わるレベルではない。こちらは王が死んでいる。しかも、ルイはミトを陥落させたのであろう。少なからず命が散っておる。簡単におさめられぬの。」

イサヤとイスリークは、黙って考え込んだ。このままでは、ラミナスとミリオナの連合軍が、ドミナスを討ち果たすことになる…。

「一度戻るしかない。」イサヤは、空を見た。「父上の遺体が軍神達に運ばれてミリオナへ入った。こちらのドミナス軍が侵攻のため向こうへ回った隙にこっちへ来たみたいだな。オレ達も今なら敵に囲まれずに向こうへ行ける。」

イスリークは頷いた。

「すぐに参ろうぞ。」と、美月を見た。「主はここに居れ。一番安全な場所ぞ。今は、危険な情勢なのだ。我らが主を庇えぬ時があるやもしれぬ。ここなら、必ず守ってもらえる。」

イサヤも頷いた。

「そうだ。すぐに迎えに来るから、お前はここに居ろ。分かったな。」

美月は反論しようとしたが、確かに足手まといになってはいけない。イサヤは、自分を庇って体を失ったのだから…。

「わかったわ。気を付けて…無理をしないで。」

二人は頷いた。

「大丈夫だ。」

そして、イスリークはギリシュを呼ぶと、イサヤと共に空へと舞いあがって行った。

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