ドミナス
ドミナスの王、ルイ・エンタ・ドミナは、空を見上げていた。
臣下の筆頭、ミドルが頭を下げた。
「王、王妃様のお気がつかれたとのこと、治癒のもの達によると、なんとか気は安定したとの事でございます。」
ルイは、ホッとしてミドルを見た。
「そうか。して、日本に行ったもの達の報告は。」
ミドルは暗い顔をした。
「ミリオ王は、討ち果たしたとのことでございます。しかし、軍神筆頭のレクスが、ラミナ王に討たれ申した。」
ルイは、拳を握り締めた。
「…連れ帰ってやるよう申せ。よく仕えてくれた。」
ミドルはまた頭を下げた。
「は!」
ルイは、窓の外に昇る朝日を見つめた。眼下の地には僅かな草が点々とするだけ、他は木一本も生えていなかった。ここまで、酷くはなかった。僅か数年、人がこの地の近くへ来て小競り合いをしていたかと思うと、空を飛ぶ鉄の塊が何かの霧を撒き、みるみる木々は無くなり、動物も死に絶えてしまった。
それに伴い、豊かだった命の気が驚くほどに少なくなり、国民は飢えに苦しんだ。今では、神であるのに食さねば死する。なのに何の作物も実らない地になっており、全ては人の世からの輸入に頼っていた。
しかし、ドミナスはラミナスやミリオナとは違い、金もダイヤモンドも産出しない。元々何の産業も持たなかった、必要なかった神の国が、今や人の世からの食糧援助がなければ生きて行くこともままならなかった。
その援助も、とても充分ではない。ルイは、王として皆を気の充分にある地へ移すしかなかったのだ。
王妃は、身籠っていて気の枯渇に悩まされていた。このままでは、出産に耐えられぬ。
ルイは、急ぐよりなかったのだ。
小さな隣国を挟んだ隣はミリオナ。ミリオ王は、ルイが小さな隣国へ侵攻するのを決して許さなかった。今の気を失ったドミナスの軍では、決して強国の軍には太刀打ち出来なかった。ミリオナを弱体化させるには、王と王子を廃するよりない。
ラミナ王のルーク・イスリークは、たった一人で全て滅ぼすことが出来るほどの気を持つ王。あれが出て来て、抑えられる前に、何としてもミリオナを抑えねばならぬ。
ルイは、ミドルを見た。
「して、ラミナ王はどうした。王子は?」
ミドルは首を振った。
「イサヤ王子とラミナ王の行方はようとして知れず。まるで掻き消えたかのように居なくなったのだと。」
ルイは、眉を寄せた。
「ラミナ王は侮れぬ。このままミリオナに侵攻するよりないが、今動ける軍神達があちらへ行ってしまっておるゆえ…すぐに、呼び戻せ。すぐにミリオナへ侵攻する準備をせよ。」
ミドルは、頭を下げた。
「は!」
そして、そのまま出て行った。
イスリークは、落ち着かぬ気持ちで居た。
ドミナスのルイの動きが気に掛かる。今やイエンもイサヤも不在の王宮で、侵攻されれば一溜りも無いのは分かるからだ。そして、自分が居ないラミナスも、恐らく不安に過ごしていることだろう。筆頭軍神のギリシュも、自分についてここへ来ている。両方の国が危ない…。
まさか、ドミナスが、ここまで思い切ったことをするとは思わなかった。ルイは、愚かな王ではない。隣国へ侵攻し始めた時も、何か訳があるのかと書状を送って問うたが、答えは返って来なかった。
蒼が、イスリークに話し掛けた。
「何か、興味のあることでもあったか?」
イスリークは、図書室という、書庫へ来ていたのだ。イスリークは言った。
「維心という神について調べておった。」イスリークは答えた。「1800年王として君臨し、その後転生してまた数百年君臨した王。」
蒼は頷いた。
「我は、ここをその維心様に与えられた。」蒼は懐かしげに言った。「あの頃、我は人から月になったばかりだった。維心様の妹の瑤姫を妻に頂いて、子も二人成した…皆、とうに死んでおらぬがの。懐かしいことぞ…あの頃、我はまだほんの40から50歳ぐらいであったの。」
イスリークは驚いた。
「では、蒼殿は維心に神として育てられたのか。」
蒼は頷いた。
「そう。全ては維心様が居たからこそ、あったもの。我は、それからいろいろなものを失った。父、母、姉、妹、弟、筆頭軍神や、龍達…兄弟のように話した、維心様の長男。全てが、我より先に寿命を迎えて去った。あの頃の我の傍に居ったものは、今は誰も残っておらぬ。」と、図書室を見回した。「ここもの、あの頃コンピュータを導入してデータを管理しておったのだ。だが、人の世が滅んで、もしも老朽化しても部品が手に入らぬことを懸念し、皆総出でデータを書籍に変えて行ったのだ。写真も印刷して残した。今は、1200年以上もコンピュータは使っておらぬの。今の人の世にも、またコンピュータは復活しているが、我はここには要らぬものかと紙に統一しておる。」
イスリークは、手元の書籍に目を落とした。カラー写真で残る維心は、確かに自分によく似た姿で、目の色は正に同じだった。顔立ちも、なぜかそっくり写し取ったかのようで、その横に写る妃の維月は、美月をもう少し年上にしたような姿だった。
「…姿まで、持って参るものなのか。これは我がもう少し生きれば、なるだろう風貌。美月も然り…。」
蒼は、首を傾げた。
「分からぬな。我は転生したことがないゆえの。だが、前回の主らの転生した姿は、正にそのままだったの。1200年も前のこと、我もすぐにはわからなんだ。まさかと思っておったのだ…転生はせぬと言い置いて死して逝ったゆえ。」
イスリークは、イサヤを思った。我らは皆、同い年。おそらく何かを考えて、こうして一緒に転生したのだろう。記憶は、戻ることはあるのだろうか。此度の転生に、何を思ったのだろう。
「…あれらは、いつ月から戻るのだ。」
蒼は、いきなり話題が変わって驚いたが、答えた。
「すぐにでも。まだ二人とも混乱しておって力がうまく制御出来ておらぬ。主は、早く戻りたいと望むか?」
イスリークは頷いた。
「我が民達が心配ぞ。皆、我の力に依存しておるゆえ…今侵攻されたら、ひと溜まりもない。」
蒼はじっと考え込むような顔をした。
「月は、万能ぞ。望むなら、全ての敵を一度に滅することも可能だ。ただ、我らはそのようなことはしないだけ。ただ、見ておるのみよ。」
イスリークは、顔をあげた。
「では、イサヤと美月は敵を抑えられるか。」
蒼は、頷いた。
「いとも簡単にの。正確には、イサヤだな。美月は陰の月といって、裏側なのだ。あまり力は持たぬ。イサヤは大きな力を手にしている。扱えるかどうかが問題なだけぞ。」
イスリークは空を見上げた。月…なぜか気になったあの星は、前世深く関わったからなのか。美月…。前回転生しても我の妃だった。そして、また惹かれた。なんと愛おしいものぞ…。
イサヤは、気が付いて回りを見た。いや、正確には見ようとした。しかし、いつもの感じではない。何か浮いているようで、しかし地に足を付けているような安定感があった。
地上が、小さく広域に見える。これが、死するということなのか…ならば美月が見たい。美月はどこだ…。
《イサヤ。》
極近くで、美月の声がした。イサヤはびっくりした…まるで自分の体の中から聞こえるようだ。そう、同じ体の中に、美月が居る。
《美月…どうなった?オレは死んだのか?》
美月は首を振ったようだった。
《いいえ。私達、月になったの。イサヤの体が滅ぶから、地の化身が私達を一緒に月に上げた。私の体は今、空の状態で月の宮にあるわ。》
イサヤは、なぜかあまり驚かなかった。自分は、月だった気がする。何か、とても遠い記憶の中で…。
《なあ美月、オレは、なんだか月だった気がするんだ。夢を見た…体を作って地上へ降りた。イスリークとお前とオレ、死んでも一緒だと約束していた気がするんだ。ただの夢なら、あれはかなりリアルだったぞ。》
美月は驚いたような声を発した。
《まあイサヤ、私、覚えていないの…でも、ここの神達はそう言うのよ。私達が、月だったって。》
イサヤは驚いた。では、あれは夢ではない。
《美月…ならばオレにはどうすればいいのか分かる。人型になって、地上へ降りる方法も。まだ何となくしか思い出さねぇが、感覚で知ってるんだ。美月は、人の体に戻るのか?》
《ええ。》美月は答えた。《私も何となくだけど、蒼様に教えてもらって何とか出来そう。じゃあ、戻る?イスリーク様が、待ってるわ。お国が大変なのでしょう。》
イサヤは、父王の死を思い出した。そうだ、オレが民を守らなきゃならねぇ…父上の葬儀もして、送らねば。
《行こう、美月。》イサヤは言った。《夢見てる場合じゃねえ。》




