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地は、人や神が信じられなくなって1200年ほど、もう、あれほどに悲しく辛い思いはしたくはなかった。

一度目の時、子を成すことがどんなことか分からずに月に上げ、それは片割れであるもう一人の地との軋轢を生み、長く離れていることになった。

二度目、命を落として黄泉に居た二人を再び呼び戻し、親の気持ちというものを味わってみたいと赤子の時から共に過ごし、大切に育て上げた。娘は大変に懐き、それはかわいかった。何者にも代えがたいほど、幸せな時で、息子のほうも、ぶっきら棒ながらこちらを気遣う姿にかわいさを感じ、親になるとは何と良いことであるのかと思った。

それが、突然に奪われた。しかも、それが二度目であった。

あれほどに大切に育て上げた二人を、人や神が作り出した、負の念の塊である黒い霧が闇へと成長し、それが自分の手から奪って行った。

そして、目を掛けていた力の強い、良い神達が霧の影響から地を守ろうと、命を捨てて戦い、消えて行った。

なぜに、霧を生み出す事の無い者が、霧を生み出す者を守る為に死んで逝かねばならぬ。

地は、もう地上には用はないと思った。

そして同じように心に傷を負った自分の片割れと共に、地、深くへと帰って行った。もう、二度と戻らぬつもりで…孫に当たる蒼にだけは、時々に気になって話掛けたが、地上へ戻るつもりは全くなかった。

特に何も手を出すこともなく、ただ過ぎ行く時の中、徐々にまた豊かになって行く人を見て、地は過ごしていた。地上に居た時のような目まぐるしい変化はなかったが、穏やかで静かな毎日だった。

そんな地の耳に、1200年の間聞くことの無かった声が聞こえた。

《お父様!どうか十六夜を助けてくださいませ!》

地は、我が耳を疑った。我が娘の声。聞き間違うはずはない。だが、あれは遙か昔に逝ってしもうたのではないのか。今更に、そんな声を聞くはずはない。子が恋しいあまり、空耳というものであるのか…。

そんな地に、片割れの声がためらいがちに言った。

《今、我が子の声がしませんでしたか?》

地は、驚いた。あの声は、我の心から出たのではないのか。

《主も聞いたのか。》

相手は頷いたようだった。

《吾子の声を聞き間違うはずはありませぬ。助けを呼んでおるのでは。行かぬのなら、我が行く。》

《待たぬか。》

地が片割れを止めようとすると、また声が呼んだ。泣きながら叫んでいるようだった。

《お父様…!どうか、どうか十六夜を助けてくださいませ。このままでは、黄泉へ逝ってしまいまする…!》

おお、維月!

地は、瞬時にそこを抜け出し、その気が呼ぶ、月の宮へと飛んだ。


美月は、イサヤの手に顔を擦り寄せて泣きながら待った。やはり、地は来てくれないの。私では、駄目なのではないの…。1200年も、出て来なかったというのに。私が呼んだぐらいで、来るはずはない…。

目の前に、青い髪に青い瞳の神がフッと現れた。すぐにその後ろに、赤い髪に赤い金色の瞳の女の人型が現れる。美月は驚いて二人を見た。二人は、美月を見て同時に叫んだ。

「維月…!ああ、転生しておったのか!」

美月は何がなんだか分からずに、涙を流したまま茫然としている。青い髪の人型が、美月の握る手の先の、イサヤを見て言った。

「なんと…十六夜よ。主までこのように身を持って生まれておったとは。」と、手を翳した。「…遅かったか…。」

美月は、地を見た。遅かった?イサヤは助からないの?!

蒼が、険しい目で見て言った。

「やはりそうか。碧黎よ、では主にしか助けられぬな。」

碧黎と呼ばれた地は、片割れを振り返った。赤い髪の女の人型は、頷いた。

「…だが、十六夜だけを上げる訳には行かぬ。意識がないゆえ…定着するかどうか…。」と、美月を見た。「維月、主も前世と同じように、共に参るか。」

美月は何のことか分からなかったが、イサヤが助かるというのなら何でもすると、頷いた。

「はい。助かるのなら、何でも致します。」

イスリークが、横から言った。

「ならぬ。何をすると言うのだ。美月をどうするつもりよ。」

碧黎は、イスリークを振り返った。

「…なんと。やはり主も居ったか。維心、聞き分けよ。月に上げるだけよ…これらに、前世と同じく月の命を与える。さすれば、体を失っても死ぬことはない。我らのように、実体化すれば良いだけのこと。」

イスリークは眉をひそめた。

「我は維心ではない。」

碧黎は横を向いた。

「分からずとも良い。主は維心ぞ。生まれる時、母は死ななんだか?」イスリークが、ハッとした顔をしたが、碧黎はそんなことは気にせず、美月を見た。「十六夜の体がもう滅ぶ。維月、主は十六夜と共に行くのだ。主の体はここに残して、我らが維持しておくゆえ、上がって十六夜が落ち着いたら、この体へ戻れば良い。」

蒼は、碧黎に言った。

「碧黎、母上は記憶がないのだ。我が力の使い方を教える。」

碧黎は、美月を見た。そして、悟ったように頷いた。

「…そうか。我を引っ張り出すために、蒼が言わせておったのだの。」と、美月の髪を撫でた。「良い。これは間違いなく我らの子の命。こうしてまた会えるとは…。」

イスリークが、不安げに美月を抱き寄せた。

「…美月は本当に、大丈夫なのか。」

碧黎は頷いた。

「主は何度生まれ変わっても変わらぬの。案ずるでない。我が愛娘を死なせたりはせぬわ。」と手を上げた。「さあ、十六夜の横に横になるのだ。参る!」

美月は、イスリークを見た。イスリークは、美月に軽く口づけた。

「我が傍に居るゆえ。」

美月は頷いて、イサヤの横へ横になった。イサヤ…一緒に行くなら、私は怖くない。月なる…どういうことか、わからないけど…。でも、この神達からは、悪意は全然感じない。きっと、大丈夫よ…。

美月は、目を閉じた。

閉じた目の中で、光がパアッと広がったかと思うと、何かに引っ張られて体を抜けるような感覚の後、空へと飛び上がって行った。


イスリークは、二人の体から出た白い光の玉が、空へと打ち上がって行くのを見守った。

それは月へと一瞬にして到達し、碧黎が手を上げて見上げる中、美月とイサヤの気配が月に宿った。

こちらでは、イサヤの体が霧のように霧散して行くのを見た。横の美月の体は、赤い髪の地が手を翳して何かの力で包んでいる。イスリークは不安げに、美月の手を握った。

「美月…。」

美月に体には、何の気配もない。体は完全に機能を失っていた。

「心配はありませぬ。」その女の人型が言った。「こうして我の力が包んでおる限り、この体が滅ぶことは有りませぬ。」

碧黎が、頷いて言った。

「そのうちに、維月はここへ帰る。十六夜がエネルギー体を作れるようになれば、すぐにでもの。まあ、記憶を戻すのが一番いいのだが、それが無くても、直に慣れるであろうよ。」と、蒼を見た。「蒼…もしも、今の維月に親がおるならば、そやつらの記憶を消さねばならぬ。これは、説明して理解出来るものではなかろう…維月はもはや月。人には戻れぬ。」

イスリークは、碧黎を見た。

「それは…美月にも言わずに、そのようなことを。」

碧黎は首を振った。

「いずれ、あやつは神になった。それはわかっておろう、気が神であったのだから。本来なら、人に生まれたことが間違っておったのだ。のう、維心よ。主、やはり王であるのだな。何度生まれ変わっても変わらぬものよ…あれほどに維月と共に平凡に生きたいと望んでおったのに、今生でもこうして皆の世話か。」

イスリークはためらった。なぜに分かる。王になど、なりたくないと思っていた。平凡に、美月と穏やかに過ごせたらと…。

「…我は、本当にその維心とかいう神だったのか。その、生まれ変わりと。」

碧黎は頷いた。

「そうよ。主らのこと、恐らく思い出すこともあるやもしれぬ。ま、今はこの地を平らかにすることを考えよ。主は何度生まれても、地の王ぞ。」

蒼が頷いた。

「しばらくここに潜まねばならぬであろう。主の軍神達と、侍女と侍従に会って来るがよい。そのあと、部屋に案内する。ここで学べることは、学んでおくが良い。」

イスリークは、黙って頷いた。ここで、何かを掴んで戻ることが出来れば…。

空が、白みかけていた。

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