前代未聞の交渉 4
レリア視点に戻っています。
◇
「相談は君にとって悪い話じゃない。単刀直入に言う。……こっちの陣営に移らないか?」
バロー公爵家の別邸。自信満々すぎるこの館の主人の口から発せられた言葉を、レリアは最初から疑ってかかる。
「それは、何かの罠ですか? 同意した瞬間に王国庁の上官が出てきて、訓練を一からやり直し! とか失格の烙印を押されるとかでしょうか? であれば辞退したいのですが。辛いものも多いですし、一からやり直すなんてごめんです」
「レリア」
隣でジスランが呆れている声がする。けれど、レリアは引き下がらない。
「だっておかしいですわ。セス・バローともなれば、王太子選には十分過ぎるほどの準備をして臨んでいるはずです。それなのに、相手陣営から護衛を引き抜くだなんて。受けるペナルティを考えるとあまりにも浅はかですし、何よりもあなたは決選投票で優位にいる方です。エルランジェ公爵家陣営にいる私から見ても、それは明白だわ」
レリアの言葉に、セスは目を丸くした後で笑い出す。
「……くっ。面白い。私が見込んだ通りの方だ。私はただ単純に、あなたが素晴らしいから手を組みたいと言っているだけだ」
「丁重にお断りを申し上げます」
頑なに拒絶すれば、セスはますます食い下がる。
「もしこっちに移ってくれたのなら、相応の待遇を与えよう。もちろん王国庁への説明は私からする。王太子選が終わった後は、君と因縁の関係にある実家アルトワ侯爵家が没落するように裏から手を回そう。君が希望するなら、お母上が亡くなった経緯を調べてもいい」
「!」
心の中の踏み込まれたくない部分に触れられて、レリアはまなざしを固くした。
「……母のことを調べたのですか」
「少し時間がかかったけどな。随分酷い話じゃないか。正妻が第二夫人に嫉妬し、病気に見せかけて殺すなんて。アルトワ侯もうまくやれないのなら妾なんて持ってはいけなかった。きっと事件が起きた後で途方に暮れて、正妻に味方し隠蔽したんだろう? 許せないな」
大袈裟に同情して見せるセスは、人によっては慈悲深く誠実な為政者そのものなのかもしれない。けれど、レリアにとってもそうなのかというと、全く違うのだった。
「申し出はお断りいたします。丸一日家に帰らないとなると、主人が心配していると思います。お話がこれで終わりなのでしたら、ここで失礼してもよろしいでしょうか」
「え? いや、話を聞いていたか? 私は」
切り札として母親の話を出したセスにとっては、レリアの反応が意外だったようだ。明らかに目を泳がせる彼に対し、レリアはもう一度念を押す。
「しっかり聞いておりました。母の件については、夫のウィリアム・エルランジェが調べてくださると言っています。もちろん、立太子した後にです」
「!」
その言葉の意味を理解したらしいセスは、正義感に満ち溢れている普段の表情からは全く想像できない、冷たい瞳をした。
「随分と自信満々なんだな。君たちは王太子選のためだけに手を組んだんじゃないのか?」
(確かにその通りです。ですが、なぜなのかわかりませんが、この人にはっきりと言われると腹が立ちます……!)
セスの発言は正しくはある。レリアとウィリアムの再婚のきっかけは、王太子選を乗り切るためだった。けれどそんなことは分かった上で受け入れたのだ。
母親の死の真相についてもそうだ。ウィリアムは、ただ純粋にレリアの心を救おうとしてくれた。それなのに、目の前にいるセスは、それを自分との交渉の手段として利用した。
大切なものを踏み躙られたような気持ちになって、もやもやする。
――“人の感情は、理屈ではない”。いつかウィリアムは自分に向けてそう言った。その意味が少しだけわかる気がした。その瞬間、これまでに考えたこともなかった言葉が口から滑り出る。
「もし、あなた以外の皆にもそう思わせられていたら、この作戦は成功ですね」
「え?」
「仮に私たちが王太子選のためだけに手を組んでいたのだとしたら、任務から外れた瞬間に私はウィリアム様の敵にもなり得ます。あなたもそのように思っていたからこそ、私に寝返りを持ちかけたのでしょう」
「それはつまり――」
眉間に皺を寄せるセスに、レリアは微笑むのだった。
「私も人間です。ウィリアム様につくしているのは、ただ任務のためではないと。今気づきました」
「――その言葉は、本当か?」
インフルエンザにかかりました!A型です。




