1.馬鹿な女は愛せない?
「――すまない。このエルランジェ公爵家には、君のように馬鹿な女を置いておく余裕はないんだ。離縁してほしい」
見目麗しい夫から告げられた言葉に、レリアはぱちぱちと目を瞬いた。
「あの、旦那様。私が馬鹿ですと……?」
「そうだ。申し訳ないが、そのせいで俺は君を愛せない」
げんなりしている夫は、心なしかやつれていた。一方、まさかそんなと驚くばかりのレリアのお尻の下からは、媚びるような甲高い声がしている。
「ちょっと! あなたねえ……いつまで私をクッションにする気? 退きなさいよ!」
「あっ、ごめんなさい。あまりにも心地よくて」
「はぁ!?」
レリアの言葉に気色ばんだ令嬢は、キャサリン・ガルシア。レリアの夫、エルランジェ公爵であるウィリアム・エルランジェの幼馴染であり、愛人とも囁かれる女だ。
ことの起こりは、つい数分前のこと。屋敷の一階に設けられた吹き抜けの大階段を一人で登っていたレリアは、おもむろに振り返った。
そこでは、夫の愛人キャサリンがレリアの背後にぴったりくっついていて、今まさに階段から下に向かって勢いよくダイブするところだった。
その瞬間、なぜか階段の下に大量のクッションが転がっているのが視界に入り、レリアは瞬時に『夫の愛人が自分を嵌めようとしている』と理解した。そして、これはいい機会だ、と喜んだ。
コンマ数秒、瞬時に決断を下したレリアの身体は滑らかに動く。階段の手すりを掴み、反対の手でキャサリンの体を支えるふりをしたレリアは、暴れる彼女と一緒に盛大に階段から落ちた。
(おそらく、キャサリン様は私に階段から突き落とされたことにしたかったのでしょうね。でも、一人で濡れ衣を着るのは遠慮したいです)
結果、愛人のキャサリンはクッションの上に落ち、レリアはキャサリンをクッションとして着地に成功。落下後、ほどなくしてレリアの夫ウィリアムがこの現場に駆けつけ、レリアはそのまま離縁を言いつけられてしまったのだった。
これが、今しがた起きたことの顛末である。
一方、無事レリアの下敷きになった愛人のキャサリンは、自分で用意したらしいクッションに包まれて泣いている。
「ウィリアム……階段から落とされて痛かったけど、ついにレリア様と離縁してくださるのね。私、うれしいわ」
「キャサリン? なぜ君がそんなに喜ぶんだ? というか怪我は? 痛くないのか」
愛人のはずのキャサリンに心底どうでもよさそうな視線を向ける元夫となった男に対し、レリアは真っ直ぐに目を輝かせた。
「旦那様……いえ、ウィリアム・エルランジェ公爵閣下! これまでお世話になりました! 離縁を言い渡されましたので、これにて失礼させていただきます」
「レリア? キャサリンだけでなく君もずいぶん嬉しそうだな? だがまず医師を呼ぶ、動くな」
「数々のご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます。ですが、いい経験になりました!」
「は? 経験?? なんの???」
心底意味不明そうに顔を引き攣らせる元夫に対し、レリアはすっと立ち上がり美しく礼をしてみせた。瞬間、一階のロビーに集まっていた使用人たちがはっと息を呑み、戸惑いの空気に包まれたのが伝わってくる。
(それはそうですね。だって私、ここできちんとご挨拶をしたことなどありませんでしたもの)
領地経営はおろか、まともな挨拶すらもできず、金ばかりを食い尽くしていく馬鹿な女。当然夫にも愛されることはなく、冷遇されて愛人以下の扱いが相応しい存在。
それが、馬鹿すぎる公爵夫人、レリアへの皆からの評価だったのだから当然だろう。けれど、そんなことは任務を終えた今となってはどうでもいいことだ。
レリアはつまんだスカートの裾を優雅なしぐさで払う。
「では、皆様のご多幸をお祈りします。お元気で!」
呆気に取られる元夫たちを放置し、満面の笑顔でひらひらと手を振ったレリアは、爽やかにエルランジェ公爵家を後にしたのだった。
すっっごく久しぶりの長編連載にドキドキして死にそうです……!
二年ぐらいあたためてきたお話ですので、ぜひブックマークしてリアタイで読んでいただけるとうれしいです。
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