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2.田所健之助という男

2.田所健之助という男


しかし、何故、そうまでして田所さんの命令を聞くのか疑問に思うかもしれない。

それもちゃんと理由がある。

まず僕の暮らす学生寮がバリバリの縦社会であるから上級生である田所さんの命令には逆らえないというのと、もうひとつは、やはり田所さん本人が恐ろしいからだ。


田所さんの命令を慣行できない場合、恐ろしいお仕置きが待っている。

以前、僕の同期村山が「なんか腹減ったな。お菓子買ってきて。お前の分も買ってきていいから」と命ぜられた。

軽く「いいですよ」と答えたものの田所さんのオーダーは「俺、8分の5チップな」というこれまた過酷なものだった。

村山は愚かにも「そんなもの売ってるわけないじゃないですか」と取り合わずに、なんとポテトチップうすしお味を買ってきた。


それ以来、村山の眠れない日々が続いた。

何か心配事があって眠れないのではなく、物理的に眠れないのである。


だいたい午前2時、村山が深い眠りに入ったころ田所さんはそっと村山の部屋に入り、村山の耳にヘッドフォンを装着してあげる。

ノンレム睡眠に入った村山がより深く眠れるよう、心地よい音楽でサポートしてあげようというわけだ。

村山は洋楽が好きで、特にニルバーナにはまっていた。

ニルバーナで一番いい曲は「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」

独特の退廃した雰囲気に、カート・コバーンのリビドーが炸裂する名曲中の名曲中だ。

村山はよくこの歌を口ずさんだり、興が乗ってくると食堂のテーブルをドラムを模して指でたたいたり、そこにないギターをあるかのように振る舞い、演奏する真似をしたりしていた。

村山のニルバーナに対する気持ちは痛いほど伝わってくる。

田所さんもそれがわかっているのだろう。

田所さん自らオーディオの電源を入れて、CDをセットしてあげる。

そして、あらかじめボリューム調節つまみを目いっぱい右にひねった後、再生ボタンを押してあげる。

しばらく村山はう、ううんと唸りながビクンビクンと動いていたが、やがて、歌がサビに入り、感極まったのだろう。ギャーーーーーと絶叫して、人間がこんなに早く動けるのかというくらい早く跳ね起きた。


音楽の力は偉大である。


それを見て、田所さんは穏やかな表情で「おやすみ」と言いドアを閉める。


そんな夜が3日間ほど続いたある日、田所さんの部屋に入るとどこで手に入れたのか大量の8分の5チップが置いてあった。

田所さんはそれをぽりぽりと食べながら漫画を読んで笑っていた。


村山の部屋からはオーディオセットが消えていた。

あんなに音楽が好きだったやつに一体何があったのだろう?


 田所さんの逸話はもちろんこれだけではない。


 これは、聞いた話だが、ベトナム国旗事件というものを起こしている。


 僕の暮らす学生寮は奇妙に右に傾いている。

別に建物が傾いているのではなく、戦時中の陸軍中野学校のような、日本を神国とみなし、天皇陛下を生き神様とするような雰囲気があるのだ。

その中では日本国旗「日の丸」はことさら特別の意味を持つらしく、毎朝うやうやしく寮の中庭に掲揚される。


そして、田所さんが新入生の頃、上級生との間で何か諍いがあったらしい。

詳細は知らないが、田所さんの態度が悪いとかの理由で、上級生に正座をさせられ説教されたと聞いている。

そのことがよっぽど腹に据えかねたのだろう。

次の日に田所さんはベトナムへ飛んだ。

成田空港から7時間だ。

そして、3日後に帰ってきて、中庭の国旗掲揚台に真紅のベトナム国旗をたかだかと掲げた。

朝、寮生および管理人が目を覚ますと青空にでっかいベトナム国旗がバタバタと風に靡いていた。

澄み切ったブルーの空に、真紅のベトナム国旗が泳ぐ様は、それはそれは美しかったという。


地域の住人も町に突然ベトナム国旗が掲げられ、日本がベトナムに占領されたのか?と驚き、これまで目白通りを素通りしていた右翼の街宣カーは道路に一時停止をして、寮の様子をじっと見るし、日本共産党議員が笑顔で「これは、これはどうしました?」と尋ねて来るし、ピザ屋でアルバイトをしていたベトナムからの留学生グエン・ド・アン・ニエン君は喜んでピザのトッピングを増やしてくれるし、まさに目白の珍事と呼ぶに相応しい事件だったらしい。

田所さんは、このことで寮サイドにこっぴどく怒られたらしいが、最後には「うるせえ。ガタガタぬかすと次はカンボジアの国旗を掲げてやるぞ」と言い放ったとのことだ。


これを機に、寮サイドも、上級生も田所さんに関わるのは面倒くさくなったらしく、それ以来、田所さんはアンタッチャブルな存在として、寮の中でも、町内でも、恐れられ、面倒くさがられている。

 

 そんな、田所さんであるが、実は意外に人望がある。

 田所さんには特殊な能力があって、それを目当てに人々が寄って来るのだ。

その能力とは恋愛相談に乗るのが異様にうまいということだ。

男子大学生と言えば、頭の中の97%くらいが女のことで占められているので、田所さんの元へはそんな恋愛に悩んで、先っぽから我慢汁をしたたらせた子羊たちが足しげく通ってくる。

そして、田所さんのアドバイスを受けて、股間をパンパンに膨らませて帰っていくのだ。


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