第1節「再会」 ―山口
それは、全国の高校生が、今か今かと待ちわびるとき。
その時がやってくると、高校生はもはや学生ではない。学生という名の、その身を縛る鎖から解き放たれるその時、俺達高校生は勝鬨をあげ、一斉に夏の街へと繰り出すのだ。
その時の名を、人はこう呼んだ。
「夏休み」と。
……というわけで、夏休みが始まった。
「海!」
「花火!」
「山!」
「川!」
「……おい」
夏休み初日。俺達は早速皆で集まり、「夏休みなにする会議」を駅前のカフェにて執り行っていた。
というか、思い思いに行きたいところを言っているだけだ。
あ、ちなみにここに凛はいない。凛は凛で他に友だちをいっぱい作ってるから、そっちと遊ぶので大忙しなんだと。
「ショッピング!」
「カラオケ!」
「カフェ巡り!」
「勉強会?」
「決める気無いだろ……」
亮がげんなりした表情で嘆く。4人で示し合わせて亮をいじめていただけだったので、決める気なんて勿論なかった。
「悪い、悪い」
ケラケラと龍生が笑う。亮は少し拗ねたような表情を作って顔を背けてしまった。こいつは本当に感情がわかりやすい。
「悪かったって。ちょっと遊んだだけじゃんかよ」
笑いながら、俺もそう言う。
「そうね、そろそろちゃんと決めましょうか」
西宮もささっと話の軌道を戻してくれる。大体こういう役回りを買って出てくれるのは西宮だ。悪ふざけにも便乗するが、度が過ぎた
らさっと話を戻してくれる。ふざけすぎる俺や龍生からしたらありがたい。
「ってか、今わざわざこんなこと話し合う必要あるのか?その時その時に決めたらいい気がするんだが」
ちょっとホッとしたように、亮も話に戻って来る。
「亮よ、……お前は、何も分かっていない」
重々しい口調で、俺はそう言う。
「分かってないって」
何が、と亮が続ける前に、言ってやった。
「こうやって、みんなで集まってグダグダ話して、そして何も決まらなかったね、で笑って帰るくらいが青春ってやつなんだろうがよ」
フッ……と、ちょっとカッコつけて見せる。
案の定、
「……なんかダサい」
と、我らが毒舌担当の西宮からoutが出される。
しかし、
「……山口くん、厨二病抜けきれてない感じ?」
「なっ?」
「おくすりだそっか?」
まさかの森からもダメ出しが入った。みんなが一斉に笑い出す。俺ががっくりと肩を落としてみせると、また笑ってくれた。
……そういえば、森も少し変わった。今まではただふわふわしたやつだったけど、今はなんか、ちょっと西宮っぽくなった。西宮の悪いとこが伝染った、ってのかな。
「もういいぜ、そんなに言うなら俺、帰るし」
試しに少し拗ねて見せる。
「バイバイ」
普通に手を振られた。笑顔で。
* * *
というわけで、家に帰った。
……いや、流石にあのあと直帰したわけじゃないぞ?あのあともちゃんとみんなで話して、俺の言った通り何も決まらずに帰ってきただけだ。
とりあえず靴を脱いで、ソファにダイブする。
「痛って」
顔をしかめる。思ったよりソファが硬かった。当たり前だ。何年この家に住んでんだ。何故わからん。
そのまましばらく固まって、痛みが引くのを待つ。しばらくして痛みが引いてから、晩飯の準備でもするかと立ち上がる。
晩飯っつっても、今日みたいに準備がめんどくさい時はカップ麺だ。何故かクソ親父が遺していった金をやりくりしてどうにか回しているが、そろそろ限界が来るかな。もともとそんなにたくさん持ってたわけじゃなかったし。
高校に内緒でバイトを探している最中だが、見つかるまでは安物で済ませることになる。カップ麺の値段も意外とバカにできないから、そろそろちゃんと自炊でもしたほうが良いんだろうと思っている。
なんて考えながら、さっさと歩いてキッチンに向かう。
戸棚から適当にカップ麺を一個引っ張り出し、やかんに火をかけてからぺりぺりとカップ麺のフタを剥がす。このタイプのやつは先に入れるものも後に入れるものもないからあけて熱湯を入れるだけでいい。楽だし、安い。
お湯が湧くのを待つ間、やかんのそばを離れて居間に行く。本当は火元にいないと駄目なんだろうが、なにもしない時間というのが、俺はどうも好きじゃない。
……整理でもするか。
例のクソ親父だが、正式に死んだということだから、今まで放っておいたあいつの遺品整理を始めている。といっても本当にわずかしかないが、気乗りがしなさすぎるせいでこういうすきま時間にちょっとずつ進めることしか出来ていない。
……ん?なんだこりゃ。
アルバム、だった。結構ずっしりとした重さがある。ぱらぱらとめくっていくと、色々と写真が出てきた。
例えば、クソ親父とお袋の結婚式と思しき写真。俺が見たこともないような服装で着飾っていて、幸せそうに笑う二人は、完全に折れの知らない顔をしている。
例えば、俺が生まれた時の写真。
「へえ」
思わず声に出る。
……息子の誕生を素直に僖ぶくらいの感情は、こいつらにもあったんだな。
じゃあ名前くらいちゃんとつけろよ、と少し苦い気持ちになりながら、更にページを捲る。
「ん?」
誰だこいつら?結婚式のようだが。
……あ。
何度も見た顔、だった。
……亮の父さんと、母さんの結婚式。
なんでここに、その写真があるんだ?
と思いつつ。まあうちのクソ親父と寮の父さんは仲が良かったらしいし、そんなに違和感のあることでもないか。
にしても、やっぱ桜さんビジュやばいな。美しい衣装を着ているはずなんだけど、美しいと言うより圧倒的に可愛いが似合う。やっぱいつも思うけど、この人中学生だろ。
とか馬鹿なことを考えながら、次のページをめくる。
思考が止まった。
「は……?」
写真自体は、恐らく普通の写真だったのだろう。だけどそれは、あまりにも恐ろしく変わり果てた――。
……バシャ。
「……は?」
冷たい。いや、寒い?なにか水っぽい、妙に油っぽいものが……。
ぽつ、ぽつ、と音を立てて、何かがアルバムに吸い込まれていく。液体状の、冷たく滴り落ちるなにか。つんとした匂いのするなにか。
……なんだこれ。
ゆっくりと、後ろを振り返る。
誰だ……?
誰かが少し屈みながら、ゆっくりと後退していく。誰か、……人?
そう言えば鍵を閉め忘れたな、と、ぼんやり思った。
男はそのまま玄関にまで出ていく。そして懐から、何かを取り出した。あれはなんだ。俺は目を凝らす。小さな箱状のなにかだ。よく見えない。俺はもっと目を凝らす。
……我に返ったのは、男が取り出したライターの先に、炎が灯るのをみたときだった。
「はっ!?」
勢いよく立ち上がる。被った液体が激しく散ったが、構うものか。
逃げろ。一刻も早く、あの男から逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ。とにかく遠ざかれ。早く遠くへ。一刻も早く。すぐに早く早く。
濡れて重たい身体を必死で動かしながら、後ろを振り向く。
「あ……」
炎が、まっすぐに俺を目指して、這っていた。
視界が紅く染まる。
身を激しく焼く苦痛。吸い込んだ空気が、肺を焼き焦がしていく。
きらり、と。
何かが光った。
そんな、気がした。
……やっと。
やっとまた、会えたな。




