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Happiness with you 〜幸せを渇望する少年たちへ〜  作者: 漱成
第三章「Happiness with you」
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第2節「崩壊」  ―今田 龍生、森 天音

「あーあー、分かったって!じゃあそろそろ真面目に話そーぜ!」

 

 さっきまで拗ねた様子だった山口が、手をぶんぶんと振りながらそう言った。

 

「わかった、わかった」

 笑いながら、俺はそう返す。少しいじめすぎてしまっただろうか。

 

 亮や森、西宮も声を上げて笑っている。それを見て、更に口角が上がってしまう。

 

 ――もちろん、全部が解決したわけじゃない。Xが死んだからと言って、彼を許せるわけじゃないし、俺たちの両親が帰ってくるわけでもない。

 

 だけど、こうしてみんなと笑いあえる日々が、焦がれたこの幸せが、今は何より愛おしい。

 

「そういえば亮、桜さんは元気?」

 不意に西宮が亮に話を振る。ひとしきり笑って、落ち着いてコーヒーを飲んでいた亮は、突然話を振られて目をぱちぱちさせていた。

 

「あ、……えと、多分元気。なんかもうすぐ次のツアー用の新曲出すとか言ってたな、それと毎日のようにテレビ出てる」

「そ、見た見た!昨日のNステ!『symphony』めっちゃかっこよかった!!」

 

 森が目をキラキラさせながら話に食いついてくる。そういえば森は桜さんの歌がめちゃくちゃ好きなんだったな。家ではみられないだろうし、大方別の友達の家かどっかで見たのだろう。俺もだし。

 

「ね、今田くんも見た?」

「見た見た。やっぱ上手いよな、あの人」

 

 言いながら、横目で亮の様子を窺う。案の定、どこか満更でもない表情を浮かべていた。

 

 そして、その表情から、

 

「……べ、別に普通だろ」

 という言葉が飛び出す。

 

「はいはい、お前もかっこよかったって思ったんだな」

 

 山口がからかうように口にする。亮はツンデレなところがあるから、結構こういうことが起こる。

 

「だっ、だから普通だったって言ってるだろ!……まあ、曲は普通に好きだし……ちょっとだけな?」

「素直になりなよぉ~、良かったんでしょ?」

 

 森が酒に酔ったおばさんみたいな絡み方をする。西宮は我関せずといった様子で、そんな様子をじっと見つめている。

 

 ――平和、だ。

 

 これからずっと、こんな日々が続くのだろう。

 ずっと、皆でこの「普通」を分かち合う。

 

 それって一体、どれほど幸せなことなんだろう。

 

 経験したことのない俺たちには、わからないことだけど。でも、これから俺たちは、それを経験していく。

 

 この晴れた空の下を、皆で歩いていくんだ。

 



 

 

 ――そんな風に、うまくはいかない。


 

 神様は、どこまでも不公平だ。

 

 ()()()()()()()()()()

 「普通」の幸せを、与えるだけ与えて、またすぐに奪うなんて。


 

 どうして。


 

 夜の闇の中、炎に包まれるマンションを見つめながら、ひたすらに問うた。


 

 *    *    *


 

 山口くんの葬儀は、私たちの間だけで、静かに行われた。

 

 葬儀といっても、遺体はすでに灰になってしまっているので、ちゃんと弔うこともできないのだけれど。

 

 山口くんが住むマンションを襲った炎は、それはもう、文字通りの大火災だったらしい。マンションに住んでいる住民たちのうち、山口くんを含めた20人以上が亡くなってしまったらしい。

 

 出火元は、山口くんが住んでいた部屋らしい。原因はまだ不明だけど、それだけは間違いないとのこと。

 

 ……なんて、淡々と言ってみたけど。

 

 私も本当に突然のことで混乱する気持ちと、ひたすらに悲しい気持ちと、そんないろんな気持ちがないまぜになって、今もどうしていいのかわからない。

 

 中身のない棺と山口くんの浮かべる、どこか寂しさを孕んだ様な、それでいて底抜けに明るいような笑顔に向かって焼香をした時の光景は、いまだに目の奥にこびりついて離れない。

 

 ――そして、何より心配なのは今田くんだ。

 

 一番の親友で、理解者だった山口くんを失った彼の憔悴ぶりは、見ているだけでこちらまで胸が張り裂けそうなほどだった。

 

 毎日ルーティーンを崩さず、自分のことは全部自分でこなす今田くんが、今はまともに生活していないことが、そしてあれからずっと家から出てこないことが、何よりそれを物語っている。

 

 最近は私がちょくちょく家に出向いて(スペアキーが家のポストに入ってたから拝借した)軽く一階のリビングやキッチン周りの掃除をしたり(基本的に部屋にいるから、一階にいる分には何も言われない)、料理をして部屋までもっていってあげたりしている。持って行ってしばらくしてからもう一回見に行ったらちゃんと空のお皿とお盆が部屋の外に置いてあるから、食べてはくれてるんだと思うし、自殺を考えているわけでもない……と思う。

 

 今日も家にやってきて、今は料理をしているところだった。

 

 勿論、栄養バランスにも気を遣う。蛋白質とかは特に、意識しないと足りてないことが多いらしいから、意識して多めに取り入れるようにしている。今日のメニューは白米とお味噌汁と、卵たっぷりのマカロニサラダ、それから鶏むね肉のソテー。お味噌汁にも卵を結構使っている。いわゆるかきたま汁、的な何か。

 

 ご飯を炊飯器にセットして、「炊飯」ボタンを押す。ピッと音がして、炊飯が開始される。

 

 今田くんのおうちは結構お金持ちだったみたいで(両親とも医者だったか何だったか)、炊飯器も結構いいやつだ。めっちゃ炊くのが早くて助かっている。今田くんが毎日苦も無く暮らせてたのは、二人が大量に遺したお金があったからなのは知ってたけど、こういうのを見ると、やっぱりそうなんだなぁって改めて実感する。

 

 それから、お湯を沸かして豆腐とかニラとか玉ねぎとかを切って鍋に入れて、卵も割っておく。ある程度具材が煮立ったら、さっき割った卵を投入して、しばらく煮て、味噌を適量投入したら完成だ。順番が違うかもしれないけど、そこまで気を遣う余裕は正直、ない。私も一人暮らしだったけど、自炊はあんまりしてこなかったから、慣れないことが多いんだよね、料理って。

 

 さて次はサラダでも作るかと思って、野菜を切っていると、上でドアが開く音がした。

 おっと、今田くんはトイレかな、と思っていると、なんと私の予想に反して、階段を降りる音が聞こえてくる。

 

「え」

 

 思わず声が漏れる。階段を降りてきたのは当たり前だけど、今田くんだった。

 

「い、今田、くん?」

「……森」

 

 今田くんは、やっぱりちゃんとご飯を食べてくれているのだろう、顔色はそこまで悪くなかった。ただ、とても疲れた表情をしていて、あと目の下にうっすらと隈ができている。発せられる声も、いつもの彼に似つかわしくない弱々しさで、その声色がより一層私の胸を締め付けた。

 

「久しぶり、……だね」

 やっとのことで、そう口にする。我ながら情けない言葉だと思ったけど、それに対しては今田くんは何も言わなかった。

 

「手伝うよ」

 今田くんはそんなことを言って、キッチンまで来て、私の隣に立った。

 

「え、え?」

 突然のことに頭がついていかず、変な声を出す私を見て、今田くんが、ふっと笑った。

 

「あ……」

 ポロっと言葉が漏れる。

 

「いつもありがとうな、森。俺の我儘に付き合ってくれて」

 手を洗いながら、彼はそう言った。

 

「あ、えと……」

 何も言えず言葉に詰まる私に、続けて今田くんが言う。

 

「やっと、整理がついたんだ」

 

 語る横顔を見つめる。

 

「みんなはもう、前を向いて、それぞれの人生を生きてる。俺みたいなのを心配して世話を焼いてくれるような、森みたいなやつもいる」

 その横顔は、どこか晴れやかな感情を湛えていた。

 

「だから、俺ばっかりいつまでもへこんでても、しょうがないよなって。何より、お前たちはこんなに強いのに、俺だけこんなんじゃ、ダサいよなって」

 

 私は静かに、言葉の続きを待つ。

 キャベツを刻みながら、今田くんは続けて言った。

 

「だから、こんなのはもう、やめにする。いつまでも引きこもってぐずぐずしてるのはもう、やめだ」

 

 なんだか私まで晴れやかな気持ちになってくるのだから、不思議だ、言葉って。

 

「……でさ、森。一つ、提案なんだけど」

「……えっ、あ、うん?」

 

 突然話を振られて、慌てて返事をする。


 

「良かったらなんだけど、……ここで、一緒に住まないか?」


 

「……ふぇ!?」

 

 またまたまた変な声が出る。でもこれは仕方ないと思う。

 

 

 いやだって、同棲のお願いだよ?年頃の男の子と女の子だよ?

 

 

「……えっと、別に変な意味じゃないんだけど……」

 動揺している私に、戸惑いがちにそんな言葉がかけられる。うん、そりゃそうだよね。

 

「えっと、ごめん」

 反射的に謝る。

 

「……別にいいって」

 少し笑いながら、今田くんはそう言う。私は恥ずかしさで全身から火が出そうだった。

 

「……なんかさ、やっぱ一人でいるのって、寂しいんだよな」

「うん」

 

 次に出た言葉に、心から共感する。一人ぼっちというのは、本当にさみしいし、つらいものだ。

 

「ずっと世話焼いてくれてたのもすごく助かったし。今度は俺も、何かお返ししたいしさ。……どうだ?」

 言われて少し考える。想い出の詰まったあの家を離れるのは、少しだけ寂しい。お父さんやお母さんを置いて行ってしまうみたいで、なんだか引け目も感じる。

 

 ……だけど、私も、前を向きたい。

 そのためには、進まないといけないんだ。

 

 だから。

 

「……うん!」

 

 私は思いっきり、頷いた。

 今田くんは顔をほころばせると、

 

「……よし、じゃあさっさと作って、晩飯にするか」

 そう言った。

 

「……そうだね」

 そう返して、目の前の作業に集中する。

 

 

 二人でやっているのに、静かに過ぎていく時間。

 だけど、気まずさは全然なくて、寧ろこの静けさが、とっても心地よかった。

 

 

 *    *    *

 

 

 一人で歩く夜道は、結構怖い。

 

 二人で相談して、今日はいったんお互いの家で過ごして、明日荷物の移動とかをして、本格的に同棲を始めることになった。だから、今はこうして、家までの道を急いでいる。

 

 この人気のまるでない夜道を歩くのも、ここ最近ですっかり慣れてしまった。最初はああ言ったけど、正直恐怖心は、大分薄れてしまっている。

 

 ……楽しみだな。

 

 明日からの生活に、思いをはせる。

 

 毎日にぎやかで、楽しい生活になるのかな。いや、今田くんは結構静かなプライベート過ごしてそうだからそれはないか。いやでも、もしかしたら意外と独り言が激しかったりするのかも?

 

 想像するだけでも、楽しかった。だからきっと、明日からの生活は、想像を絶するような楽しいものになるに違いない。

 

 ……友達が二人、死んでしまった。その事実は消えることはないし、これからもずっと、私たちの心を少しずつ、しかし確実に蝕んでいくだろう。

 

 でも、それを上回るくらいの楽しさを分かち合える、仲間がいる。

 

 もう、後ろは振り向かない。きれいごとっぽいけど、きっと二人も、そんなことは望んでないと思うから。

 だから、前を向いて進んでいく。



 

 前を

 向いて




 

 *    *    *



 

 ――その日を境に、森が俺の家を訪れることは、二度となかった。




 

 *    *    *


 

 

 がくり、と、膝が折れる。

 

 ……おかしい、おかしい、おかしい。

 

 絶対におかしい。

 だって、生きているうちでこんなに痛い事なんて。

 


 ……ああ、そうか。


 きらり、と。

 薄れていく意識の中で、何かが光った。 

 

 

 亮や美桜ちゃんは、こんな怪物と、闘ってたんだね。


 

 *    *    *


 

 生きる希望を失った。

 確かに前を向いて、歩いて行ける。


 

 そう、思っていたのに。

 信じていたのに。




 

 君も、俺の世界から、いなくなるんだね。




 

 風に髪が激しくたなびく。

 暴れる髪を押さえつけ、静かに歩みを進める。

 

 

 

 そして俺は地を蹴り、夜の闇に飛び込んだ。

 

 

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